第八話 魔女の沼地

00 ドリュアス

 ドリュアスは、大樹に宿る精霊だ。

 別名をニンフとも呼ばれ、自然界に宿る美しい乙女として知られている。


 森で迷う者がいれば快く導き、空腹を訴えれば木の実や水場を提供してくれる、そんな人懐こい性格もあり、彼女たちは古くから人々に愛され続けてきた。しかし精霊の命はり代である樹と繋がっているため、伐採ばっさいをするような狼藉者には容赦がない。ドリュアスの宿る枝にははちの巣が隠れており、ひとたび敵と認識されてしまえば、たちまち黒い昆虫の群れに襲われてしまうだろう。


 彼女たちは薄緑の肌と萌葱もえぎ色の髪が特徴で、身体の一部をつたや枝に変える能力を有している。また局部だけを葉やつるで覆うような格好のため、性に奔放ほんぽうな印象を持たれがちだ。しかし実際のドリュアスはとてもつつしみ深い乙女で、裸でいるときに人間の気配を感じると、すぐさま木に変身して隠れてしまう。見慣れない大樹の幹に翠色すいしょくの瞳が瞬くのを見つけても、決して驚いてはいけない。天真爛漫な大樹の精霊を脅かすのは、誰に罰せられなくても罪深い所業といえるだろう。


 こんな話しがある。森を訪れた若い男に、ドリュアスが恋をした。やがて二人は結ばれ、男は森と町を行き来しながら精霊との愛を育んだ。ある日、逢瀬の約束を忘れていた男は家で寝過ごしてしまう。いつまでも現れない相手の身を案じたドリュアスは、同胞や怪物の手も借りて彼を探しまわった。ようやく目覚めた男は慌てて森に駆けつけるが、事情を聞いたドリュアスは怒ってしまう。こらしめてやろうと考えた精霊は、蜂をけしかけて彼を森の奥へと追いたてた。出口のない自然の迷宮に囚われた男は、とうとう帰れなくなってしまう。しばらくして機嫌を直したドリュアスが迎えにいくと、彼はすっかり衰えて真っ白な髪の老人になっていた。人間と精霊は、時間の感覚に大きな隔たりがあったのだ。しかし男は彼女を恨んではおらず、約束を破った日の出来事を真摯に謝罪にした。その清い心に胸を打たれた精霊は、彼の命が尽きるまで生涯を共にしたという。


 ドリュアスは常に暇を持て余しており、娯楽に飢えている。もし彼女たちに遭遇したのなら、街の遊びを教えてあげると喜ばれるはずだ。愛と誠意を忘れずに接すれば、彼女たちと結ぶ友情は永遠に続くだろう。


  ――フラン・ビィ『精霊の系譜』(幻想書院、一七二五年)




【登場人物】

 ユウリス・レイン:黒髪の少年。公爵家の庶子。本編の主人公。十五歳。

 カーミラ・ブレイク:赤毛の少女。ブレイク商会の子。魔女。十六歳。


 セオドア・レイン:ブリギット国を治める公爵。ユウリスの父親。四十一歳。

 グレース・レイン:セオドアの伴侶。神聖国ヌアザの姫。四十三歳。

 イライザ・レイン:金髪の少女。レイン家の長姉。ウィッカの盟主。十六歳。

 アルフレド・レイン:金髪の少年。レイン公爵家の嫡男。十四歳。

 エドガー・レイン:金髪の少年。レイン家の三男。双子の弟。十二歳。

 ドロシー・レイン:金髪の少女。レイン家の次女。双子の姉。十二歳。


 キーリィ・ガブリフ:赤毛の男性。若手の元老院議員。三十七歳。

 エイジス・キャロット:市長。薄毛、ちょび髭の男性。四十七歳。


 ベアトリス・ブレイク:ブレイク商会の女主人。カーミラの母親。

 エドモンド・ブレイク:ブレイク商会の番頭。カーミラの父親。


 グレン・ファルマン:痩せこけた男性。ブリギット市の警察官。三十九歳。

 ランドロフ・カース:鍛冶屋の息子。愛称はランディ。十七歳。

 ロバート・カース:鍛冶屋の主人。ランドロフの父親。

 ジェシカ・バーグ:銀髪の女性。レイン家に仕える侍女。二十八歳。


 マーサ:ふくよかな老婆。ウィッカの盟主。

 アリスレイユ:銀髪の少女。ウィッカの盟主。

 キルケニー:長い鼻の老婆。カーミラとイライザの師匠。


 ガラード:金髪の男性。円卓の騎士。

 グィネヴァ・キャストゥス:金髪の女性。エーディンの王女。


 クラウ:白狼と呼ばれる雪原の魔獣。ユウリスの相棒。雌。

 ウルカ:亜麻色の髪の女性。怪物狩りの専門家。外見は二十代前半。


 登場人物イラスト(リンク先:近況ノート)

 https://kakuyomu.jp/users/nagarekawa/news/16817330654131674912

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