第四話 火竜の罪禍 後編

00 チェルフェ

 チェルフェは、火竜の通り名で知られるドラゴン種族だ。地底の溶岩地帯に棲息しているため、観測が非常に困難であり、繁殖方法、基本的な生態に関して、未だ明かされていないことは多い。核家族単位の行動はあるようだが、それ以上の纏まった群れは現在まで確認されていない。


 目鼻口を除き、全身は六角形の赤い鱗で覆われている。この外皮は非常に硬質で、魔力耐性を有し、ミスリルの刃すら弾くという。成体の雄には角が生えているが、幼体と雌には角がない。チェルフェの子供は本格的な成長期を迎えると、自ら生み出した溶岩の繭に身を包み、数年をかけて巨大な大人へと生まれ変わる。幼体の内は雌雄同体であるという学説もあるが、繁殖方法が不明であるため、確証には到っていない。


 チェルフェはドラゴン種族で唯一の草食としても知られている。岩壁や溶岩に含まれる魔力を主食としており、熱量変換の効率が驚くほどに良い。固い爪で岩盤を易々と削り、地底を自由に動き回るため、特定の棲息地域はない。強いて挙げるなら、活火山が存在する場所であることだろうか。


 外敵に対しては容赦なく、攻撃方法も単純だ。まず爪や尾による直接攻撃。そして体内の火袋から放つ灼熱の炎。吐き出される火炎は魔力を含まず、純粋な炎で構成されている。魔力の有無は多くの者にとって些事であるが、ハンターや闇祓いは魔力断ちの技で怪物に立ち向かうため、これは非常に厄介な問題だ。


 また火竜という通り名だが、チェルフェが寒さに弱いということはない。仲間意識が非常に強く、子を傷つけられた親の怒りは天地を震わせるほどだという。しかし本来は義理堅く、穏やかな気性であるため、他種族との交流も珍しくはない。


 例えばブリギット地方に生息するワオネルという小動物は、チェルフェと友好的な関係を築いている特異な種のひとつだ。ワオネルは好物である木の実をチェルフェに差し出し、見返りに地底でのみ育つ特殊な球根を分けてもらうという。しかし魔力を含まない木の実を本来、チェルフェは必要としない。ワオネルとの関係は、火竜の不思議な善意によって成り立っているようだ。


 嘆かわしいことだが、人間社会ではチェルフェの鱗が非常に高値で取引されている。特定種族に対する保護法案も、形骸化して久しい。そこには冒険者やハンターに庇護を与え、自国の影響力を保とうとする政治家達の思惑が絡んでいる。魔獣の密猟も後を絶たず、司法機関とのいたちごっこが続く現在、人間が最も恐ろしい怪物として後世に残らぬことを、ただ祈るばかりである。


 ――マリアン・ルブラン『怪物図鑑』(幻想書房、一八〇一年)




 【登場人物】

 ユウリス・レイン:黒髪の少年。レイン公爵の子。本編の主人公。十四歳。

 カーミラ・ブレイク:赤毛の少女。ユウリスの友人。十五歳。

 サヤ:下水道に住む少女。

 チェルフェ:サヤの連れている火竜。


 アルフレド・レイン:金髪の少年。レイン公爵家の嫡男。十三歳。

 イライザ・レイン:金髪の少女。レイン家の長姉。十五歳。


 ボイド:サヤの父親。三十代後半。

 セオドア・レイン:ブリギット国を治める公爵。ユウリスの父親。

 エイジス・キャロット:市長。薄毛、ちょび髭。セオドアの盟友。


 クラウ:白狼。ユウリスと共にある魔獣。雌。

 ウルカ:怪物狩りの専門家。二十代の女性。


 登場人物イラスト(リンク先:近況ノート)

 https://kakuyomu.jp/users/nagarekawa/news/16817330654131674912


【これまでのゲイザーは】

 御機麗しゅう、カーミラよ。わたしと恋人のユウリスは、竜の子供を親元へ送り届けるために、サヤを連れてブリギットの地下を探索することになったの。恐ろしい怪物をわたしの魔術で薙ぎ払い、とうとう迷宮の先にある遺跡都市まで辿り着いたわ。失われたドワーフの都、いまは誰もいないはずなのに、なーんかおかしな雰囲気なのよね。でも、とにかく行くしかないわ。さあ、ついてきなさい!

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