白黒チェックメイト

クロイノ

第1話「【白の国】の双子は、」

あるところに、二つの国がありました。

国民が皆白い髪と白い瞳をもつ美しい国を【白の国】と呼び、黒い髪と黒い瞳をもつ不気味な国を【黒の国】と呼びました。

【白の国】はかつて天使が作った王国とされ、天使の末裔である国王は不思議な眼の力で民を導いていました。



その日国王の眼前に現れたのは、二人の子ども。

「……」

「あなた、私は……」

妻である女王は貧血でふらふらとする体を起こしながらも、産んだ子供を守るように国王を見る。そこにはしたたかな、母親の強い瞳が。

「私は、どちらかを殺すなんてことは、できません」

この国では双子や三つ子は不幸の、悪魔の象徴とされている。人間であるなら獣の如く一度に多くの子を産むことはできないといわれて、その噂がまことしやかにささやかれ続けているからだ。だからこそ民衆は、母親たちは秘密裏に我が子を殺める。

強い瞳で国王が周囲を見る。辺りにはごく数名、出産に立ち会った側近や召使がいる。

「この出来事は、外に漏らしてはならぬ。あくまで我らが子は一人とする」

青く輝く目が側近たちを見回せば、周囲の者たちが緊張した面持ちでその言葉を飲み込む。

この場にいる8名で、この子供を守っていかなければいけないのだ。

そう言って女王から優しく生まれたての双子の妹の方を受け取ると、その顔を覗き込んだ。その寝顔はまるで天使のようで、この愛しい存在に手をかけるなど考えられなかった。

「……お前には、苦労をかけさせてしまうかもしれないな」

カレネ。女の子が生まれたら、そう名付けようと決めていた。

国王がやさしく名を呼べばその声に反応したのか、赤子はパチリと目を開けてまた元気に泣き出す。

この子はきっと、賢い子になるだろう。

赤子の青白い瞳がその血縁を証明していた。



城の外れに、物置として使われている大きな塔がある。

「王子様は塔が好きねえ」と貴婦人方が噂をすれば、背の低い王子は立ち止まってそちらを見た。

「塔には父上が作ってくださった秘密の遊具があるのです」

父と母との打ち合わせ通りのそのセリフを吐けば、貴婦人の一人は「大変お気に召していられるのね」と少しあざ笑う様に言い残しその場を去る。

御年7歳となった【白の国】の王子、レナートは少々不服そうに頬を膨らませたが、これから塔に行けるのだと思えばこんなものに時間を割いている場合ではないと速足で歩きだした。二年ほど前に急いで走っていたら派手に転んで父に叱られた覚えがあるために、そんな情けないことはもう二度としないようにと周囲と足元をしっかりと見まわしながら足を速める。

塔の目の前へやってくれば胸元の小さなカギを取り出して、鍵穴に差し込む。この時間がもどかしくて仕方がない。

重い扉を開けば、塔の中の冷ややかな空気が足元からレナートを冷やしていく。

ギリギリ彼が通れるくらいの隙間を開けて素早く扉を閉め、かび臭い空気を吸い込むと彼は双子の妹の名を呼んだ。

「カレネ……?」

塔の内部を反射しながら声が響くと、レナートに向かって真横から勢いよく少女が飛び出した。

「レナート!!!」

「うわっ!」

不意の事で彼女の勢いに負けたレナートがぱたりとしりもちをつけば彼女もまた倒れる。

「もう、また風邪ひいたっていうから心配でオニロに薬の作り方を教えてもらおうかと思ってたわよ!……って大丈夫?」

固い床に体を打ち付けたせいかひりひりと痛む自分の尻をなでるレナートに心配そうにカレネが声をかける。

「うん……イタタ……」

「もー、しっかりして!王子様でしょ!」

カレネがレナートを立たせてやりその尻をはたいてやればもうしわけなさそうにレナートが笑う。

「カレネ様。不用意に王子にお怪我をさせないでください」

凛とした深みのある男性の声が響くと、カレネはレナートの背後に隠れるように回り込んだ。

「げ、フォルティ…!」

塔の奥から現れた背の高い男性兵、フォルティの眉間にはしわが寄っている。これは相当怒っている、と付き合いの浅いレナートでもわかるほどの不機嫌さだ。

「げ、じゃありません。いいですか。あなたは秘匿された存在で、王子はたまたま塔に遊びに来ているだけです。それなのに『人為的な怪我』をしたとなればどんな騒ぎになるか。わかりませんか?」

「うう……」

「いいですか、そもそもカレネ様は…」

説教が始まりそうだ、と間に挟まれたレナートがおろおろしていると、「はいそこまで」と明るい男性の声が割り込んで聞こえてくる。

背後から現れた華奢な男性は説教をしようとしていたフォルティの口に一口分には少し大きいパンを詰め込みその口を封じた。

「さ、お二人とも。お昼の用意ができましたよ」

穏やかに微笑んで見せるその男性にようやくカレネはレナートの背後から抜けだすと、静かになったフォルティをちらりと見てから男性の方を見る。

「やっぱりオニロは私の味方ね!」

そこのアタマカチカチフォルティさんとは違うもの、と付け足せばフォルティがいまだ口に入れられたパンを食べきれないままもごもごと反発している。

その様子を見かねたオニロは困ったように笑って見せる。

「……いいですか、カレネ様。ボクはもちろん、フォルティだってあなたを思って言っているんですよ。将来ここから出る時が来たら、困らないようにね」

オニロの履いた靴が上がっていく階段を打ってコン、コン、と音を立てる。

カレネは「はあい」と間の抜けた返事をして、レナートの手を引く。

「ご飯、食べてないんでしょう?とりあえず食べてからお話ししましょうレナート!」

「うん、そうだね」

カレネに導かれるようにらせん階段を上がれば、まるで先ほどまでの物置のような景色が嘘のように生活感にあふれた空間が広がる。ろうそくの灯がぼんやりと照らすその空間はまさに家という感じだろう。

いつも通り居間のテーブルにつけば、その上に並べられた、簡素でありながら食欲をそそる料理が鎮座している。

「さ、いただきましょう」

席についた四名はそれぞれ手を組み祈りの言葉をささげる。

そしてそれが終わったものがひとり、またひとりとオニロお手製の食事に手を付けていく。

今日の食事は、ポトフ。焼き立てのパンが切り分けられ共に並ぶ。

「……うん、おいしい」

レナートはスープに口をつけるとその豊かな味わいに目を細めた。

「王子はいつもおいしいものを食べているはずなのに褒めてくださる」

その様子を見て嬉しそうにオニロが告げると、レナートは「オニロはなんでもできて羨ましいや」と呟いた。

「でもオニロ、このあいだ寝ぼけて本棚の角に頭ぶつけてたのよ。おでこが紫になるくらい」

くすくすとカレネが笑う横でレナートは心配そうにオニロの顔を見た。

「え……大丈夫…?」

「大丈夫です。たしかに一時痣はできましたが……」

ほら、とオニロが前髪をまくって見せればたしかにその白い肌に傷跡はない。

「お前も結構抜けてるよな」

そう傍らのフォルティが呟けば反発するようにオニロが頬を膨らませる。

「悪かったね。酔っぱらって浴槽に頭打った誰かよりはまともだと思うけど」

「なっ……!」

「あーあ、また始まった」

カレネがたしなめるように二人を見ればその視線に気づいたのか気まずそうにオニロとフォルティの二人は口を噤み、再び食事を再開する。

そんな様子を見ながら食事のペースの遅いレナートはにこやかに料理を口に運ぶ。

「ねえ、外では何かあった?最近とってもいいにおいがするの。お花の匂いかしら?」

カレネは人生の一度も外の世界を見たことがない。そのため遊びに来るレナートの話を聞くのが何よりの楽しみだった。

「そうだね。いまは百合がきれいに咲いてるからその匂いかもしれない」

「百合!あの凛としたお花の事ね!図鑑に載っていたわ」

カレネの指さす方向の本棚には真新しい図鑑がある。先日の誕生日に、と両親がこっそりと送ってくれたものだ。

「お母様たちに、『図鑑ありがとう、いつも楽しく見てます』って伝えてくれるかしら?私本当にあの本が好きなの!」

「女王陛下もお花が好きなお方だから、カレネ様はその血を引いたのかもね」

「そうなの?嬉しい!私もっともっとお花が好きになっちゃうわ」

心から嬉しそうにカレネが微笑む。その姿を複雑そうに見ていたレナートは口を開いた。

「……ごめんね。お母様たちにも会わせてあげられなくて」

その言葉を聞いてまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたカレネだったが、母に似た優しいまなざしでレナートを見るとその左手を取る。

「気にすることはないわ。レナートがお外で頑張って、いろいろなことを見たり聞いたりしてきた、そんな出来事を聞くのが好きだもの。毎日楽しいわ!」

「そう……?空も見えないのに、楽しいの?」

「ええ!」

そっか、と言ったきり話さなくなったレナートを、オニロとフォルティが見る。

「……さぁ、冷めないうちに食べてしまって。残り時間も限られているからね」

オニロが取り出した懐中時計がちくたくと時を刻む。

カレネは好物であるじゃがいもを口いっぱいに放り込むと右に座るレナートにニッと微笑みかけて見せた。



『飛べ飛べ、白き翼』

夜、オニロがこれから夜の番をするフォルティの夜食を作り終えたことを伝えようとその洗面所を覗けば、カレネはフォルティに髪を乾かされながらその美しい歌声で上機嫌に歌を口ずさんでいた。

『陽の光にその翼を焼かれようとも』

「ずいぶん上機嫌だね」

オニロがそう声をかければカレネはフフン、と得意げに笑って見せる。

「レナートに教わったのよ。昨日の演奏会で聞いたんですって!」

「へえ」

「カレネ様は歌姫の素質がありますね」

「本当?みんなの前でお歌を歌うお仕事ね!やってみたいわ!」

カレネの白いつやつやとした髪がランプの光に照らされて輝く。

「でも夜だからもう、お静かにね」

オニロが人差し指を口元に持っていけば真似するようにカレネもしーっとして見せる。

秘匿されている存在だからこそ、生活には細心の周囲を払わなくてはいけない。夜間は明かりも絞って、そのほとんどを塔の数少ない窓から差し込む月光の光のみで生活する。

こんなに不自由な生活に文句を言わず生活しているのはカレネが「外を知らないせい」か。

否。

これほどまでにレナートに外の出来事を尋ね、外に暮らす人間よりも多くを知ろうとする時点で、外の世界に興味がないはずがないのだ。カレネは不満を出さず、現状の生活に満足しているつもりなのだ。大人たちには見せないだけで、彼女だって外の世界を望んでいるのだろうと、日々の生活の中でオニロとフォルティは感じていた。

「カレネ様」

振り返ったカレネの目を見て、オニロの胸のあたりがずきりと痛んだような気がした。

――必要以上に期待を背負わせてはいけない。けれど、こんな不自由な生活に、一筋でも光を添えられればと、オニロはその質問を声に出す。

「もし外に出られたら、何をしたいですか?」

うーん、とカレネは悩んだ後、答えに行き着いたようでその顔がぱっと晴らす。まるで楽しい想像をするように綻んだ春の花のような笑顔が綻ぶ。


「レナートと一緒に、お花を見たい!」





忌み子の王女は幸せでした。

たとえ一生その塔から出られないとしても、彼女は幸せでした。


双子の兄に会えれば、それで満足でした。



――全てが変わる、その日までは。

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