第16話 通学路(つうがくろ)

小学校は近所の家と家の間の小道を抜けて自宅から徒歩5分。中学校は学校の始まる音楽が流れ始めてから家を出ても、走っていけば授業に走間に合う2分の距離。しかし、高校はそんなに近くはないが、それでもまっすぐ行けば歩いて15分の所にあった。しかし、いつも通学時間は40分。直線的(ちょくせんてき)な普通(ふつう)の通学路では行かないからである。

 家から歩いて海岸の松林(まつばやし)が続く堤防(ていぼう)道(みち)まで三分。そこから波打ち際に出て、砂利(じゃり)や砂(すな)の混(ま)じった海岸を学校の前まで行く。海には二~三百メーターほどの沖に、ちりめんじゃこを取っている船が浮かんでいる。反対を見れば松林(まつばやし)があり、その向こうには遠くの山が見えるだけ。他に人はほとんどいない。太平洋(たいへいよう)独り占めである。その景色(けしき)の中を、一人大声で好きな歌を歌いながら学校に向かう。そんな登校(とうこう)で気分が悪くなるはずもない。学校の授業も少なくても午前中は気分が良い。午後になって面白くなくなっても、帰りは同じ道を大声で歌いながら帰るとストレス発散(はっさん)になり、家に帰るころには、学校であった嫌なことなどはどこかに吹き飛んでいる。

 それでもダメなときは、砂浜に座って小学生の頃や中学生の頃のこの砂浜での思い出に浸っていると気分は治まる。

嫌なことがあった日には、翌日夜明け頃から海岸に出て海を眺める。海の夜明けはけだるさを感じて、眠気を誘うのだが、夜が明け始め空がしら~としだすと、すこぶるさわやかな気分に心が満たされていく。時々、そうやって海の朝風(あさかぜ)を浴びると心が和(なご)む。

 小学生の頃には、同級生数人、みんな海水パンツだけはいて家を出てこの海岸に集合し、波打ち際で波と戯(たわむ)れた濡(ぬ)れた砂で砂(すな)遊(あそ)びをした。

それに飽きると、小さな流木(りゅうぼく)を集め、海岸に落ちていたトタン板を上に置き、近くにいる大人に頼んで火をつけてもらい、集めた貝類をその上で焼いて食べたりした。

ひとしきり海岸で遊び、そのまま砂浜を町に流れる河口(かこう)に向かう。上流に向かい、大人達が子供のために川の一部を堰(せ)き止めて作った川の中のプールで泳いだり水遊びをし、体についたベチャベチャする海水(かいすい)の塩分を洗い流しながら友達のおばあさんの家に向かう。

おばあさんはいつもスイカやトマトでみんなを迎えてくれた。家に準備していない時にはおばあさんは「そこの畑(はたけ)に行ってビニールハウスの中のスイカでもキュウリでもトマトでも好きなものを取ってきて食べや。」と言ってくれた。遊び疲れた喉(のど)の乾(かわ)いた少年たちには、スイカはもちろんだが、その頃の、齧り付(かぶりつ)けば甘い中身があふれ出てくるあの柔(やわ)らかいトマトは、何物(なにもの)にも代えがたい、贅沢(ぜいたく)な、幸せな味だった。

 そんな事を思い出していると、嫌なことは全て忘れてしまう。そして、誰にも聞かれないことを幸いに、大声で歌いながら家に向かってまた歩き出す。

 不意に肩を誰かに叩かれたような気がし、びっくりして振り返ると同級生が笑っていた。そして、「だいぶうまくなったな。」と言った。

 誰もいないと大声で歌って歩いていたが、私と同様に砂浜(すなはま)を通学路にしていた同級生がいたらしく、やつの少し離れた後方にも、女の同級生が二人ばかりこちらに歩いてくるのが見えた。太平洋独り占めはどうやら今日はお預け。しかし、明日は必ず…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る