第10話 小学校(しょうがっこう)の泣(な)き虫(むし)同級生(どうきゅうせい)

町のメインストリート、と言っても田舎(いなか)の町の事、車が2台すれ違うことができる程度の狭い道路であるが、を歩いていると、向こうの方から、なんだか悪そうな連中がこちらに向かって歩いて来た。それっぽい服装で、肩を怒らせながらこわもて風に横に並んで道を占領しながら歩いている。

『こいつらどっかの組のもんか?こんな八九三の組なんかこの町にあったかな⁉

こんな連中に、こんな狭い町の大きくもない通りで出くわすなんて嫌だな…。』と思い、下を見ながら『やり過ごそうかそれとも脇道(わきみち)に入って迂回するか…。』と考えていたら、その中の先頭の中央から一人がこちらに向かって小走りでやってきた。

『怖(こわ)‼』とびっくりしている私の前で、その男は突然止まった。

 びっくりして立ち止まった私に、男は優(やさ)しい声で

「おい‼ 俺だよ‼ 東村(ひがしむら)だよ‼ 久しぶりやナ‼」と声をかけてきた。

小学校の同級生だった。

「おお‼ 東村(ひがしむら)か‼ どうしよった‼ 元気か‼」と私も返事しながら、懐(なつ)かしさのあまり彼の肩に手をかけた。

 その瞬間(しゅんかん)、残りの男たちが我先(われさき)にこちらに駆(か)け寄り、

「お前‼うちの兄貴に何をするンじゃ‼」と怒鳴(どな)ってきた。

またまたビックリしてどうしようかと思っていると、

「お前らよせ‼ やめんか‼ こいつはわしの友達や‼」と東村(ひがしむら)が怒鳴りながら彼らを制(せい)した。

それを聞いて、一団は「失礼しました!」と言って少し離れて行って、東村(ひがしむら)を待ち始めた。

東村(ひがしむら)は小学校時代の優しい顔ですまなさそうに言った。

「勘弁(かんべん)してな。お前を見て、懐かしくてたまらず駆け寄ったらこんな迷惑(めいわく)を掛けてしもうたきに申し訳ない。びっくりさせたな。すまん。元気そうで何より。またどっかで会おうな。」

東村は、ニコニコしてはいるが、どこか寂しそうにそう言って、連中(れんちゅう)を促(うな)して一団を引き連れ去っていった。

 彼は小学校の同級生。1年生から4年生ごろまでは同じクラスで一緒(いっしょ)。学校が終わると家にカバンだけを投げ込み、小学生の足では歩いて20分程かかる彼の家に行き、よく海岸や近所のお寺で遊んだ。母親によく言われた。「お前は毎日『ただいま!』と学校から帰ってくるが、帰ってきているのはその声とカバンだけ。」そんな調子だから門限の五時に間に合わず、たびたび締め出されたこともあった。

 そんな仲の良かった彼の家にある日行くと、数匹の子猫が段ボールの箱の中にいた。

かわいいと見ていると、彼が泣きながら玄関に出てきた。どうして泣いているのかと尋ねても泣くばかりで答えない。

するとそこに彼のおばあさんが現れ、

「ほら、泣いててもしょうがないろう。家では飼(か)えんからどこかに捨てておいで。かわいそうやけどしかたがないぞね。友達が来てくれたから一緒に浜にでも捨てておいで!」と二人を外に送り出した。     

 二人で家を出たがどうすればいいかわからず、しばらく子猫たちの段ボールを抱えたままそこらを歩き回った。浜に行ったが二人とも子猫たちを捨てる気になど到底(とうてい)なれず、相変わらずグスグスと泣きながら、夕暮(ゆうぐ)れ近くまで砂浜に座って、子猫たちを見ていた。

もうどうしても帰らないといけない時間まで砂浜にいたが、どうしようもなくなり、二人で子猫たちの段ボールを持ったまま彼の家に帰った。

 おばあさんがいえの玄関で私たちを待っていた。

二人は「ごめんなさい。どうしても捨(す)てれんかった。よう捨てん!」二人はこらえきれずに大粒の涙を流し、泣きながらそれだけ言うのが精いっぱいだった。

おばあさんは『仕方がないね。』とばかり二人を抱きしめて「わかった。わかった。もういいよ。」と言ってくれた。私は泣きながら彼に別れを告げ、逃げるように走って家に帰った。数日後、子猫たちはあちこちに引き取られていったそうだ。それ以降(いこう)、彼の家に遊びに行く気にならず、彼ともいつの間にか疎遠(そえん)になった。そしてある日突然彼は転校していった。

 あの子猫事件は忘れることはできないし、彼と二人で流した涙も忘れられない。

あの優しかった彼が、あの大泣きをした彼が、どうしてあんな悪の中に足を踏み入れることになったのか、私には理解出来ない。だが、人にはそれぞれ事情があり、色んな事があるから、何かが彼にその道を選ばせたのだろう。しかし、あの時の二人の涙は本当だし、彼の優しさは今も変わっていない事は、あの目と、去り際の態度で、私にはよくわかった。彼は今でもあの時の友達には変わりないのだ。

どこかでもう一度彼と会ったら今度はゆっくり話ができればと思っている。

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