第3話 「神様」

放課後になった。カオリさんと一緒に、並んで歩いて帰った。彼女に小人を見せるためである。




 秋の風になびく彼女の黒髪が、とても美しく見える。僕は少し恥ずかしい気持ちになった。




「いいの? 行って」


 彼女は再度確認するようにそう言った。






「来ないと、見られないだろう?」




 そんなことを言いつつ、もしこれでカオリさんを家に招待して、いざ見せようとしたら小人がいなくなっていた、なんていうオチになったら嫌だなあ、なんていうことを考えていた。






 もしそうなったら彼女に申し訳なさすぎる。




 けれども家について、玄関を開けて、部屋の中に彼女を入れたとき、僕は発狂しそうになった。声を張り上げて正気を失いそうになった。






 小人が、文明を作っていた。




 数十人単位に増えてしまった、無数の小さな小人が、棚の上とか、壁際とか天井とかに街らしきものを作って、そこで暮らしていたのだ。




 見た時、一瞬だけジオラマのように見えたが、五ミリくらいの、その小さな小人はせっせと動きまわっている。




 重力を無視して、当然のように壁を歩き回り、水路を引き、木片で家を作って居住していた。




 まるで……外国にいる新種の虫が、グロテスクに巣を作ったみたいなその文明は、僕の部屋をおそろしいほど浸食していた。






「いやあああ」




 とカオリさんは遠慮なく悲鳴を上げた。無理もない。僕だって驚きだ。




「……そんな」




 彼女は目に涙を浮かべて動揺している。これは大変だぁ、と僕は心から思った。






「うそでしょう」


 彼女はそう言いながら僕の方を見た。




 嘘ではないことが、実際に目の前で巻き起こっている。僕はどう言えばいいか分からなかった。




 まさかこんなに小人が増えて、文明を築き上げるなんて。ほんと予想外だ。






 蟻のように蠢くその無数の小人たちを、僕らは呆然としながら見つめていた。




「これは、予想外だよ。まさか、こんなに」


 僕は弁明するようにそう言った。




「今朝、見た時は三人だった。文明もなかったし。文明も、なくって、ただ、ただ小人がいただけ……」




 たじたじになって説明する僕の腕を、カオリさんはガッと勢いよく引っ張った。反動で、僕は地面に倒れてしまう。




「ケンジ君、きいて」


 彼女は紅潮した顔を、僕のほうに近づけてきた。


 僕は、ドキッとしたが、黙って話を聞くことにした。




「なに?」




「このことは、他の人には言っちゃだめよ。もちろん家族の人にも、難しいかもしれないけど、これは私と君だけの秘密だよ」




「僕だって、ことを荒げるつもりはないけど。それは、なぜ?」




 当然のことながら、カオリさんは非常に興奮しているようだった。






 彼女の表情からは、単純に驚きとか、動揺とか、そういう感情も伺えるけれど、なんだか……それとは別に、何かに期待しているような、何かを企んでいるような、そんな妖艶な雰囲気もあった。






「ねえ。ケンジ君。見て、あんなにたくさんの小人たちが棚の上で文明を築いているわ。ねえ、アナタのお部屋で、アナタだけの世界で、ジオラマみたいに文明をつくっているのよ。ねえ、この意味分かる? あのね、アナタ、この文明の神様になれるのよ!」






「……神様?」




「そう! 神様!」




 と、彼女は言った。実際、カオリさんが何を考えているのかは理解できた。




 僕たちは、あの小人たちよりも体が大きいし、多分、知識も十分にある。




 川の流れをせき止めることも、小人たちが何時間もかけて作った建物を一瞬でぶち壊すこともできる。




 力の差を見せつけて、支配者になることも、誰かを助けて英雄になることも、たやすい。




「たぶんね、今の発展段階は、日本で言ったら、室町時代くらいかな。稲作が伝わって、建築技術が発達したけど、産業革命は起こっていない」




 それから彼女は一度、深呼吸をした。そうして、僕の両肩に手を乗っけてきて、ジッと目を見つめながらこう言った。




「お願い…………私に、この文明の神様をやらせて!」


 僕は笑いそうになってしまった。




「神様ごっこのつもりかよ?」


 と、僕が言うと。






「ごっこ、じゃない。私は本気でお願いしているの。ねえ、私、この文明の神様になれるんだったら何でもするわ。ねえ、なんでアナタ……どうしてこのモノスゴイ秘密を、私だけに打ち明けてくれたの? それも気になる。なにか裏があるの?」






「裏なんてないし、深い意味もない。君はおとなしそうだったし、隣の席で、話し掛けやすかったし、それにだいいち、男子の間では……君は、けっこう人気があるほうなんだ。それで、ぜひ話し掛けるきっかけになればいい、と思って……つい」






 カオリさんは、一瞬だけ驚いた表情になった。だけれども、


「本当に? 本当に、私に話し掛けるきっかけを作るためだけに、この重大な秘密を、私に打ち明けてくれたの?」




「そうだよ。他に理由があるのかい?」




「ねえ、私、この文明の神様になれるんだったら何でもするって言ったよね? この文明を私に譲って。お金ならあるだけ渡すよ。あっ、足りない分は、私の身体で払うから、だからそれで、この文明のことは秘密にして」






 彼女はそう言って、僕を押し倒しそうになったから、


「まて、まて、まて、まて、早いって! 早いって! 落ち着いて」




「ヒューヒュー。お二人さん、アツいねぇ」


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