小人の部屋
あきたけ
第1話 「出現」
やあ。小人ちゃん。こんにちは。
僕は、この文明の神様だよ。
僕は、この文明でいちばん偉いんだよ。
君たちなんか、指で、
簡単につぶせちゃうんだよ。
君たちが、作って来たもの、
築き上げてきたもの、
みーんな。簡単にブチ壊せちゃう。
すごいチカラを、僕は持っているんだよ。
『小人の部屋』
棚の上を見た。小人がいた。僕は、とんでもないものを見てしまったのだと思った。
その小人は男性で、体に藁のようなものを巻いていた。原始人の格好である。背丈はおおよそ一センチくらいで、最初に見た時は、虫かと思ったが、よく見るとそれは人間だったので、僕は声を荒げて驚いた。
向こうは、不思議そうな表情をしながら、僕に干からびた米粒を差し出してきた。
それ、くれるのか? と僕は戸惑った。果たして受け取っていいものなのだろうか、
「それは、君の収穫なんじゃ……」
「うほ、うほほ」
しかし彼は、どうしても僕に米粒を受け取ってほしいようだったので、手を差し伸べるとその上に米を乗せてくれた。
「うほほほほほ、うほほほほほ」
と、彼は喜びの声を張り上げている。米粒を受け取っても、どうしようもないな、と思ったので、僕は親指と中指の爪でそれを挟んで、デコピンの要領で天井に向かって放り投げた。
天井に命中した米粒を、唖然とした表情でその小人は見つめていた。やがて跳ね返った米が棚の上にポトリと落ちた。
それを見て、小人の表情が変わった。
顔を青くしながら、僕に向かって跪いたのだ。本当に深刻な表情に見えたので、多分、この小人は、僕に最大の敬意を払っているのだと推測できる。
理由は分からない。けれどもただならぬ事態が起きていることだけは分かった。
僕は、頭を抱えた。頭が、お花畑のメルヘンチックなお嬢様がたの言う「妖精さん」というのを本当に見てしまったのかもしれないし、突然、霊感が開花して、人ではないナニカが見え始めてしまったのかもしれない。
もしくは、日ごろのストレスで統合失調症を発症し、幻覚を見ているのかもしれない。いずれにしても、相当のっぴきならない事態なのだ。
「うわぁー、どうしよう、どうしよう」
と、ワザとらしく取り乱して、部屋の中をウロウロするしかなかった。
その僕がウロウロしている間も、小人は頭を地面にこすりつけ、僕に対して「ははー」と敬意を表している。困ったものだ。
と、僕はスマホを取り出して、その小人の写真を何枚か撮影し、動画も取った。あとで誰かに見せよう。そう思って、僕は布団に入って目を瞑った。
目を覚ましたら、小人が二人になっていた。新しく増えたほうも同じく男性だった。二人の小人は、手に持った米粒をむしゃむしゃと食べている。
僕は血が凍る思いだった。
単に疲れているわけではなさそうだ。また、夢を見ていたわけでもなさそうだ。これは現実で、今現在に巻き起こっている事実で、それはとても奇怪な現象なのだ。
果たしてこいつらは、どこから発生してくるのであろうか。どこかに巣があって、そこから歩いてこの僕の部屋の、この棚の上にまでやってきたのだろうか。
僕はまじまじと彼らを見つめた。
「うほほ、うほほ」
「うほうほ、うほうほ、うーほほほ」
言葉にはなっていない声で、小人は、僕に対してコミュニケーションを取ろうとしてくる。彼らの意思が分からない。彼らの言葉が分からない。
僕は大学ノートを一冊取り出して、それを小人の観察日記にすることにした。
「ははあー」
僕が、小人についての考察をノートにまとめている間、彼らは跪いて敬意を表している。
あるいは「敬意を表している」と僕が勝手に思い込んでいるだけで、実際はとても馬鹿にされているのかもしれない。事実は分からないが、とにかくその意をノートにまとめて、それから十分程度、彼らの行動を動画に収めた。
動画を見返して、ユーチューブに投稿するか非常に悩んだ。
これは大変な事実である。
そうして僕がこの部屋に「小人を飼っている」なんていう時事が世間一般に知られたら、明日のニュースはこの話題で持ち切りだろう。
研究機関の人間や、マスメディアや、野次馬や、その他の色々な人たちがここへやってきて、小人を観察するに違いない。僕はそういう平穏な生活が乱されるのは望んでいない。
できるだけ温和に物事を運びたい。
だからやめよう。ユーチューブに投稿するなんていうことは。
しばらくそんなことを考えていると、いつのまにか小人はいなくなっていた。
自分たちの巣に戻ったのであろうか。さっきまで騒がしかった棚の上が、しんとなるのを僕は見つめていた。
そのうちに、今の今まで見てきたものは、実は幻覚だったのではないか、という考えになってきた。
それで、今しがた撮影した動画を見返してみると、やはりそこには小人が映っているのである。
「まじかあ」
と、僕は声を荒げた。
この異常な事態を、自分だけが知っている。そういう不安が、不安として確実に僕の心の中に積もっていって恐怖や、不気味さや、焦燥感がより一層、膨らんだ。
「もうどうしようもないや」
もともとストレスに強くはなかった僕は、半ば放心状態でそう呟いた。
時刻は真夜中の三時ちょうど。明日は学校がある。
早く寝なければ。そうして僕はもう一度、布団にもぐって目を閉じた。
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