第23話「【タイマー】は、ぶっ潰す」

「───タイム!!」


 ぴた──────……。



「「「へぇ?!」」」


 大勢の観客が見守る中、動きを止めたギルドマスター。


「え? あの……」


 そして、ルビンはと言えば、ギルドマスターに背を向けスタスタと……。

 途中で一度立ち止まると、

「あ、セリーナさん。ギルドマスターの部屋ってどこ?」

「は? あ、あー……二階の奥です」

「どーも」


 ニッコリ


「は、はぁ? あの、どこへ……? まだ試験中───」


 ニチャァ……。


「ちょっと、ギルドマスターの部屋へ」


 スタスタスタ。


 ポカーンと、全員が見守る中。ルビンはまったく平静の態度で訓練場から出ていってしまった。

 そして、皆の視線がくるーりとギルドマスターの方を向くと、

「な、なんでアイツ硬直してんの?」

「あれどーなってんだ?」

「い、息してねーぞ?!」

「うそ、死んでる……?」


 死ね、ルビぃぃぃぃいいいン!! の表情と恰好のまま硬直したギルドマスター。

 ピクリとも動かない。


 それはあたかも……。


「じ、時間が……」

「止まってる───?」


 ザワザワと騒ぎ出した野次馬の冒険者連中。

 なかには先日の『鉄の拳アイアンフィスト』とルビンのトラブルを目撃していた者もいたのだろう。


 だから、改めて見るルビンの御業に驚愕しているようだ。


 ざわざわ


 ざわざわ


 徐々に増え始める観客。

 野次馬、好奇心、後学のため───。


 そして、

「………………これは、やっぱり時間魔法───ど、どうしてルビンさんが」


 わなわなと震えるセリーナ嬢。

 彼女は何か知っているようだ。


 震える口のなかで、小さく「禁魔術タブーマジック……禁魔術タブーマジック」と呟いているようだ。


 そこに、

「お待たせー……」


 ふぅ、よっこらせっと、オッサン臭い口調で帰って来たのはルビンその人。


「いや~……色々あったけど、」


 ニッコリ。


「───とりあえず全部持ってきた」


 すごくいい笑顔で笑うルビンがそこにいた。


※ ※


「ぜ、全部って…………え? それ、マスターの部屋の……」

「うん。なんか高そうなものとか、貴重そうなものとか、アイツが机に隠してたものとか目ぼしいものは全部!」


 ニッコリ。


「「───全部!」じゃないですよ!! それ、あれですよ!! その壺ぉ! 確か、金貨50枚はするとか言ってマスターがすごく大事にしてましたよ!」


「え? これ? ただの壺じゃないの?」

「ち、ちちちちち、違いますよ!! 帝国の植民地で作られた貴重なものらしくて、その壺のために皇帝がかの地を征服したとまで言われる幻の───……」


 やたらと詳しく解説してくれるセリーナ嬢に感謝しつつ。


「ふーん。じゃ、一個目はこれね」

「は? 一個目って……え?」


 ルビンは、ギルドマスターの前に壺を持ってくると慎重に角度を調整。

 地面おいて、ギルドマスターの攻撃の直撃地点を予想していた。


「うーん、このへんか?」

「ちょ……。ちょっと、なにやってるんですか? その壺は高価で希少なもので、壊したらとても弁償できませんよ?」


 あわあわとパニクって、セリーナが壺に駆け寄ろうとするも、その前にデーンと荷物を置いて通せんぼする。

「ちょ! ルビンさん!…………ってこれ? 全部マスターの私物とかぁぁああ?!」


 ギルドマスターの部屋にあった目ぼしいものを絨毯に繰るんで持ってきた!

 それをどうするかって?



 決まってるだろう……。



「セリーナさん、安心してよ。俺が壊すわけじゃないから、弁償しなくていいよー」


 よいしょっと、ここかな? ジャストミートな感じ。




 「死ね、ルビぃぃぃぃいいいン」の表情からの憤怒の一撃。

 三節棍が直撃するそこに───……高そうな壺を置いた。




 ニッコリ。




「じゃあ、始めようか。ギルドマスター、グラウス!!」



 パチン。



 ………………そして、時は動き出す。




「───死ね、ルビぃぃぃぃいいいいいいン!!!!」




 ギルドマスターの時が戻り、凄まじい一撃がルビンを──────……もとい、マスターの大事にしていた壺に命中!!!




 どがぁぁぁあああああああん!!




 パリーーーーーーーーーン。



「やった─────────って、壺ぉぉぉぉおおおおおおおおお???!!!」




 強化薬で増大したパワー!

 そして、さらに追加で飲んだであろう強化薬の過剰摂取により、2倍以上の威力に向上したギルドマスターの一撃が高価な壺を強襲しぃぃぃいいい───粉々に打ち砕いた!!!!!


「ひぃぃぃぃぃいいいいいいいい!!!! 俺の壺がぁっぁぁあああ!?」


 ガビーン! と音がしそうなくらいに顔面を蒼白にし、ギルドマスターが固まっている。

 あの一瞬で破壊してしまったのが壺だと気付いたのは見事。

 御見事!!


 だけど、なぜここに壺があるかまでは理解できない。

 できないから追撃する!!


「なんで壺がぁ?! このぉぉぉおおおルビぃぃぃぃぃいいいン!!!」


 そして、切り替えが早い!

 なかなかの胆力。


「ひゅう♪ やるね、ギルドマスター!!」


 壺を破壊してしまったショックは一旦置いておき、すぐに返す刀でルビンを攻撃するギルドマスター!!


 振り抜きからの──────振り上げッ!


「はい、タイム!」


 ぴた──────……!


「な!」

「すげぇ……!」

「あの、マスターが止まった…………?!」


 冒険者たちがその御業を目の当たりにして、驚愕している。


「……さて、セリーナさん。この中で高価なものってどれです?」

「へ?…………あー」


 ルビンが持ち出したギルドマスターの私物の山。

 それを軽く見渡したセリーナ嬢は、

「えっと…………。あれですかね?」


 あれ……。


 あー。

自動戦闘人形オートマタね」

 そこにあったのは、ギルドマスターが持ち出した魔導兵器。

 自動戦闘人形であった。


 ※ ※


「ふむ…………。この人形、なんで顔ついてんの?」

 なぜか、精巧に作られた美少女の顔。

 陶器で作られたそれは、まるで生きているようにも見える。


 だが、所詮は作り物なので表情に動きはない。

 体の奥底にはめ込まれた魔石が不気味に振動し、主の命令を待っている。


「──────……そういう趣味だとしか」

 え?

 これ実〇品?!


 ドン引きだわ……。


「おっし、ギルドマスターの可愛い子ちゃん。悪いけど、犠牲になっておくれ」

 よいしょ、よいしょ。

 時の止まったギルドマスターの向きを変えると、三節棍の一撃が自動戦闘人形に直撃するコースに……。


 ゆるせ。

 名も知らぬ人形よ───。


「はい、GO!!」


 パチン。

 指を弾いて時を動かすルビン。

 その直後───……。


「壺がぁっぁあああああああ!!──────っっって?!」


 全力の振り上げが自動戦闘人形を襲う!!

 強化薬を飲んで向上した筋力は華奢な自動人形を克ち揚げぶっ飛ばした!!


 ぱっきゃぁっぁぁぁぁぁあああああん!!


 ばらばらばら……。

 カラン、パリン……。


「しゃ……」

 

 ……しゃ?


 何が起こったかもわからず、絶望的な表情で自動人形も見上げるギルドマスター。

 空中のそいつは、かろうじて動いており「ギガガガ……マスター、ご命令を、ギガ───いつもの、プレ……お望、すか? ギガガ……」とかなんとか呟いて───……グシャリと地面に落ち砕け散った。


「シャーーーーーーリーーーーーーーーーーーーーーーーン?!」


 空中に舞い上がりバラバラと破壊されていく自動人形もとい『シャーリーン』!!

 その落下地点に猛スピードで向かう、ギルドマスター。

 その手で優しく自動人形───……シャーリーンを抱き起すと、さめざめと泣く。


「ちくしょう! なんてこった! なんでこんなことに……!!」


 シャーリーン、シャーリーン!!


「うわぁぁぁああああああああああああああ!!」


 滂沱の涙を流すギルドマスター。

 そして、白けた目をしたセリーナ嬢と、冒険者の面々。

 大半がドン引きしている。


 うん、ルビンもドン引きだ。


「よくも……よくも……よくもぉぉぉぉぉおおお!!」


 いや、そんな目で睨まれても、ぶっ壊したのお前だぞ?

 ルビンは向きを変えただけ。

 その暴力を直撃させたのは、まぎれもなくギルドマスターだ。


「そんなに大事なら試験会場につれてくるなよ……」

 呆れた息を吐くルビンを意に介せず、ギルドマスターは憤怒の表情で立ち上がる。

 その手にはボロボロのシャーリーンを抱き、憎しみのこもった眼でルビンを見ると、

「このガキぁぁああ! もう勘弁ならねぇ!! 俺のシャーリーンをぉぉぉお!」

「いや、壊したのアンタだから」


「やかましい!! だが、お前の技は見切った。お前の新しいスキル───それは『高速』だろ! 目にもとまらぬ速さ───」

「え? 違うけど?」


 ルビンは特に隠す気もないので、あっさり否定した。

 だが、ギルドマスターが聞くはずもない。


「ぐははははは! 嘘をついて俺を欺こうと思っても無駄よ!! まだまだ奥の手はある!!」

「ちょ! ま、マスターそれ以上は!!」


 ギルドマスターの奥の手とやらを見て、セリーナ嬢が驚愕し慌てて止める。

 だが、

「黙ってろセリーナ!! コイツだけは許さねぇぇっぇええ! グビリ」

 そう言ってさらなる強化薬を煽るギルドマスター。


「ぐぅぅ……来た来た来たぁぁぁああ」


 ミシミシと筋肉が軋み、筋肉がさらに増大していく。

 そして、特に足が───!!


「おいおい、飲みすぎだろう?……死ぬぞ?」

「やかましい!! 見ろッ。この強化薬は敏捷に特化した特注品ッ! お前の『高速』に追いついて見せるわ!!」


「いや、だから『高速』じゃないって」

「やかましい! シャーリーンの仇!! それもこれも、全部お前のせいだ、ぶ っ殺してやらぁぁぁあああああ!!」


「あっそ、」


 ───タイム


 ピタ。


「勝手にほざいてろ。あ、セリーナさん、次どれ?」

「あ……………………まだやるんですね?」 


 ん? 当然でしょ。


「もちろん!」

 ニッコリ。


 今日一番のいい笑顔をしたルビン。

 セリーナ嬢はちょっとひきつった顔で笑っている。


「あ、あはは……」

「だって、マスターが言いましたよね? ギルドマスターがイイと言えば《・・・・・・・・・・》イイ・・し、ダメと言ったらダメ・・・・・・・・・───なんでしょ?」


 ……つまり。


「───まだ、イイ・・ともダメ・・とも言われてませんよ?」


 ニィィィ……。


 一瞬、訓練場の外が雲に覆われ、ほんの数舜だけ採光窓が薄闇に包まれる。

 セリーナ達の目には、その薄闇にルビンの顔が黒く曇り───……ギラリと目が輝き、口が不気味に吊り上がったように見えたのだが、うん。多分気のせいだろう。


「じゃ、次々行こうか──────」パチン!



 ※ ※


「ぶっ殺してやらぁぁああああ!!」

 パッキーーーーーーーン!!


 粉々に砕けるギルドマスターの愛用のカップ。


「あるぅぇえええええええ? なんで、俺のカップがーーーーーー?! この、ルビ」


 はいはい「タイムっ」───からの、設置。

 お次は、この兜にしようかな?


 はい、パチン!

 そして、時は以下略───。


「なんで俺のカップがこのルビン─────────ってあれぇぇ?」

 パッコーーーーーーーーーン!!


 真っ二つに割れた冒険者時代の思い出の兜。


「はぁぁああああん! 俺の兜ぉぉぉおお? なんで──────この、ルビン!!」


 ほい、「タイム!」──────か~ら~の、セッティング!

 お次は高そうな年代物の、おーさーけ♪


 へい、パッチン♪ からの───そして、時は動き出す。


「ルビン─────────あああああああ! 俺の秘蔵の酒がぁぁぁあ!」

 パリィィィイイイイン!!


 破片とともにまき散らされる琥珀色の液体。


「なんで、俺の私物がぁっぁあああああああああ! ぶっ殺す!!」


 いえす、「ターーーイム♪」 からの、ポジショニングぅ!


 お次はギルドマスターを動かして、大物の前に移動、移動~♪

 面倒だから、まとめて全部ぅぅ~…………。


 ズリズリと、時間の止まったギルドマスターを動かして、私物の山に移動させる。

 そこには、絨毯に包んで持ってきたギルドマスターの私物の数々。


 あとは、ギルドマスターの涙を流した強打スマッシュが降り注ぐ位置に誘導するだけ。


 当然、時間が停止しているギルドマスターには何が何やらわからないだろう。

 彼の体感時間は部屋に武器を取りに帰ってから1分もたっていないはずだ。


 なのに、なぜか次々と目の前に現れる私物の数々。

 ルビンを殴り殺すはずの一撃がすべてそこに降り注ぐのだ。


 きっと理解の範疇を越えているに違いない。

 こりゃ、楽しい!!


「はっはっは!」

「…………楽しそうですね、ルビンさん」


「楽しいですよ!」

 若干引いた目でセリーナがのけぞっている。

 だって、実に楽し気にルビンがギルドマスターの私物を破壊に導いているんだもん。


「さぁ、そろそろ止めを刺してあげようか」

 マスターの私物はこの一撃で大半が破壊させるだろう。


 そして、最後は締めだ。


「じゃ、パチンと言ってみようか!」


 パチンッ!──────そして、時は動き出す!


 かちん…………。


「───俺の私物がぁっぁあああああああああ! ぶっ殺すぅぅぅ……あーーーーーーーー??!!」


 ギルドマスター渾身の一撃ッッッッ、が、私物の山に突き刺さる。



 ドッカーーーーーーーーーーーーン!! と遺憾なく強化された一撃が降り注ぎ、私物の山を粉々に……。

 それを見ていたセリーナ嬢やら、冒険者の面々は「あちゃ~」と少々気の毒になって顔を覆った。


 だって、大切にしていた物だよ?

 引退した冒険者でギルドマスター。彼の半生を注いだ大切な品物の数々……。


 そう、それはギルドマスター曰く。

「───ノォォォオオオオオオオオオ!! お、お、お祖母ちゃんの形見がぁぁぁああ! あああああああああああああああああ!! 初恋のお姉さんにもらったペンダントがぁぁぁあああ!!」


 あああああああああああああああああああああああああああああ!!!


 俺の人生の大切なものがぁぁぁああああああああああああああ!!!!




 ドカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン……。


 パラパラパラ…………。



 地面にクレーターができるほどの一撃を受けてすべて粉々に……。


「あへあへあへ…………」


 粉々になった私物を山にして真っ白になって魂を口から吐き出しているギルドマスター。

 さすがに気の毒になった冒険者の何人かが目をそらしている。


 無理もないだろう。

 いくら「物」とはいえ、大事に大事に……大切にしてきたものを自らの手で破壊してしまったのだ。

 中には取り返しのつかない物や、二度と手に入らないものもあるのだろう。

 お祖母ちゃんの形見とか、とくに……。


「なんで……。ええ、なんで? ええ? おばあちゃーーーーん…………」


 ガックシと肩を落としたギルドマスター。

 シャーリーンの時より意気消沈してる。


 どれがおばあちゃんの形見だったのか知らないけど、相当にダメージをくらっている様子だ。


「…………まだやるかい?」

 ポキポキと拳を鳴らしながらルビンがギルドマスターを見下ろす。

 それを茫然と見上げるギルドマスター。


 凄まじいストレスにさらされたため、急激に老化しているようにも見えた。

 まぁ、大方───強化薬の反動とかなんだろうけど……。


「も、」


 も?


「もう、イイですぅぅ……」


 しおしお~と、あれ程威勢の良かったギルドマスターが項垂れてしまった。


「……セリーナさん?」

「え……? あ、は、はははは、はい!!」


「イイって言ったよね? どうかな? 俺の勝ちでいいんだよね?」

「あ……。は、はいぃぃ。こ、これにて実技試験を終了します!」


 あ、そっか。勝ち負けじゃねーや。

 実技試験・・・・だった、まいっか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る