墜ちた大精霊編
アグニダンジョン
「ここがアグニダンジョンか」
王都から徒歩で数時間程の距離にダンジョンは、地獄への入り口のように大地に大穴を空けていた。
丸く切り取られたような大穴には、端から螺旋を描くように階段が下へ続いている。この階段は誰が作ったでもなく、ダンジョンが発見された時から存在している。
ダンジョンが人を誘うためか、はたまた別の何かの意思か。分かるのはこのダンジョンには墜ちた大精霊が巣くっているということだけだ。
「デッカい穴だなー!」
「ていうかルシウス手ぶらかよ? 食料とかはどうすんだよ?」
「ん? 荷物ならここにあるけど」
ルシウスは
「……は? 何だよこれ!?」
「あぁ、真祖とやったときに転移ゲートみたいな次元の裂け目を出してるのを見てさ、うまく使えないかなと思ってやってみたんだ」
もう驚き疲れたとばかりにエリーが溜め息を吐いて「やってみたんだ、って……はぁ、まぁいいわ。ルウ、それに私たちの荷物が入る余裕はある?」
「ん? あぁ悪い悪い。全然入るよ。ここに入れてくれ」
白雷隊の全員が、抱えていた荷物をルシウスの空けた次元の裂け目へ放り込んでいく。全てを入れると、魔力が霧散し、幻だったかのように消えていく。
「ルウ君、これすごい便利だね」
「ホントだぜ。あたしが潜る時は大抵荷物持ちって足手まといを連れてたんだけどな」
イザベラが呆れるように掌を上に向けて裂け目が消えた後を見つめる。
「またみんなにも教えるよ」
「ありがとうございます。それにしてもその魔法だけで食べていくには困らなそうですね」
「じゃあ降りようか」
荷物を手放して身軽になった七人が螺旋状の階段を降りていく。そして下へ着くと、入り口に並ぶ冒険者の列にうんざりした様子で足を止めた。
「なぁおい、あれに並ぶのかよ?」
「いつ入れるのかしらね……」
「これは……想像してなかったな。ダンジョンってこんなに並ぶもんなのか」
呆然と立ち尽くしていると、イザベラがスタスタと列の横を歩いていき、振り返る。
「何してんだ? あたしがいりゃこっちのS級専用の入り口が使えるぜ」
「イズイズ愛してるー!」
「さすがイズさんだぜ!」
戦闘以外にイザベラが精通していると期待していなかったルシウスだが、さっそく大きく無駄な時間を削減でき、心の中でイザベラに謝罪していた。
「よし、行こう!」
長い列を横目にイザベラについて進んでいくと、巨大な入り口とは別に小さな横穴のような入り口が鎮座していた。
「これか? 随分小さいんだな」
「S級なんてほとんどいねぇからな。これでも滅多に使われねぇから十分なんだろうよ」
イザベラが入り口横に立つ眼鏡をかけた男に近づいていき、冒険者タグを胸元から取り出して見せている。
「うおぉ……なんてとこから出すんだよ……」
年頃のレウスはイザベラの胸部が発する強烈な引力に目を釘付けにされていた。
「レウスはえっちだなー。ボクだってすぐにボインボインになるんだから!」
「レ、レーナちゃん……そんなこと大声で……」
アリスが顔を赤くして、レーナの服の裾を引いている。レーナがアリスのほうを振り返り
「アリスちゃん結構あるよねー! でもボクがすぐに追い越しちゃうんだからー!」
「はいはい。レーナもアリスも行くわよ」
胸部装甲の話をしている二人の隣を、エリーが手をヒラヒラさせながら通り過ぎていく。
「エリーはボクといい勝負だ! 負けないぞー!」
レーナのその台詞にエリーが振り返る。その表情は笑顔であったが、どこか恐ろしいものを感じる表情だった。
「レーナ?」
目が笑っていない笑顔というのは、こうまで怖いものかと、レーナとアリスは小走りでエリーの後ろをついていく。
「俺はエリーは絶対怒らせないように気をつけるぜ……」
「それには同意するよ」
「みんな胸がそんなに気になるんでしょうか。まだ十一歳なのですから、そんなに気にする必要は無いと思うのですけれど」
そう言うマリーは、イザベラを除いて間違いなく白雷隊の同年代で最大の胸部装甲を携えて、レーナとアリスを追っていった。
「このパーティ……目のやり場に困るぜ……」
「全くだよ……」
白雷隊は現在、男二人に女が五人。圧倒的に女比率が高くなっていた。
「まぁ……行こうぜ」
「そうだな……」
最後尾を少し前屈みになりながら、二人しかいない白雷隊の男が二人歩いていった。
◆
ダンジョンの一層、通常の洞窟エリアで、現れる魔物はゴブリンやコボルトなどの低級の魔物だけだ。
光源のない洞窟なのだが、何故か全体的がほわりと柔らかい光に包まれている。
「ここなんで明るいんだ?」
レウスが不思議そうに周囲をキョロキョロと見回している。
「さぁな。それは知らねぇが、深い階層に暗闇のとこもあるぜ」
「暗闇もあるんだ……そこはどうするの?」
アリスが不安そうに体を縮こませながら、イザベラに疑問を投げかける。
「あたしは大体火の魔法で視界を確保してたぜ」
「なるほど。光ならもっと楽に視界がとれそうだな」
イザベラは、さも当然のように自分の魔法で視界を確保していると言ったが、実はイザベラが特殊なのである。
深い階層ということは、当然魔物もそれだけ強力になる。魔力が生命線といっても過言ではないダンジョンで、その魔力を視界確保のためだけに使うことは普通はしない。
少しでも温存するために普通は松明や、視界を確保できる魔道具を購入して使うのだ。ただ、松明は確保できる視界が狭く、光量が小さい。魔道具は視界は松明より広く確保できるが、消耗品としてはかかる費用が高い。
それでもイザベラのような、豊富な魔力を持つ冒険者は少なく、身銭を切って視界を確保するのだ。そして、それでも実入りが上回るからこそダンジョンには人が集まるのだ。
「お、ゴブリンだぜ。俺がやる!」
レウスが剣を抜き、ゴブリンへ一足で飛びかかろうとしたその時--
「どーん!」
レーナが先に飛び出し、ゴブリンを拳で爆散させていた。魔石ごと吹き飛ばされたゴブリンは両足だけが残っており、少しするとパタンと意思を無くした足が倒れる。
「えぇー……」
剣を抜き、ゴブリンへ飛びかかる直前で対象を失ったレウスが、いたたまれない様子で剣を鞘に戻す。
「ボクの勝ちー! へっへーん!」
「こんの! そんな勝負してねぇよ!」
拳を握りしめながらレーナへと叫ぶが、レーナは笑って走り回っている。
「ちょっとあんた達、まだ弱い魔物しか出てこないとはいえ、初めてのダンジョンなんだから、もっと慎重にしてよ」
エリーの至極真っ当な言い分に、何も言い返すことがなくトボトボとレーナが戻ってくる。
「ははは! 怒られてやんの!」
「レウスにも言ってるのよ」
「はい……」
「まぁ実際あんたらに、この階層に脅威になるような魔物はいねぇよ。さっさと進もうぜ」
自分の家のように警戒もせず歩いていくイザベラ。突然横道からコボルトが襲いかかってきたが、一瞥もすることなく、一刀のもとに斬り伏せていた。
「イズの言う通りかもな。ずっと警戒し続けるのも体力の消耗が激しい。低階層の間は気楽にいこうか」
「そうね……分かったわ」
エリーはルシウスの言に納得が言ったのか、少し悩んで方針に同意を示した。
「それじゃサクッとレアな魔道具がありそうな深層までいくぞー!」
「「「「おー!」」」」
七人は道中の魔物を一撃で斬り伏せ、あるいは殴り飛ばしながら、階下への通路を突き進んでいった。
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