アイリーン、と夢現で、メイナードは大切な人の名を呼んだ。

 フォレスリードの意識が支配する体で、それが言葉になったのかどうかはわからない。


 ――アイリーン。


 体はフォレスリードの意識に支配されていたけれど、メイナードはずっと見ていた。

 アイリーンが、メイナードのためにグーデルベルグ国へ旅立ったことも、すべて見ていた。


 ――君が、危険なところへ行く必要はない。


 メイナードは自分がどうなろうと、アイリーンさえ無事ならそれでいいのだ。

 だから――


 ――アイリーン。


 どうかお願いだから、無茶はしないでくれと、メイナードは泣きそうになりながら祈る。

 祈ることしか、できないから。



     ☆



 何が起こったのか、アイリーンにはわからなかった。

 ファーマンを助けようと、彼に向かって癒しの力を注いだ――はずだったからだ。

 手からあふれた光は、ファーマンを包むことなく宙に舞った。

 光の帯のように揺らめきながら、その光が向かった先は――


「どう、して……」


 アイリーンは茫然とつぶやく。

 アイリーンの手からあふれた光は、アイリーンがその力を注ごうとした相手ではなく、揺らめきながら、一カ所へ集まっていく。

 そう――ヴィンセントの持つ、ルビーへと。


「アイリーン、離れて!」


 小虎が叫ぶが、アイリーンは動けなかった。

 舌打ちした小虎がふらつきながらこちらへ向かって来ようとするが、途中で血を吐いてその場に倒れこむ。


「小虎⁉」


 アイリーンは悲鳴を上げたが、それは小虎だけではなかった。

 キャロラインも、バーランドも、ダニーも、アイリーン以外の全員が苦悶の表情を浮かべて、床の上に倒れて打ち震えている。


「あなたが愚かな聖女で助かりました。何も知らなかったようですね」


 くすくすと耳障りな笑う声を立てながら、ヴィンセントが言った。

 ヴィンセントはアイリーンに向かって、手に持っていたルビーを放り投げた。

 カツン、と硬質な音を立てて、ルビーが床に転がる。


 見れば、それはもう、ルビーではなかった。

 台座だけが残されたただのネックレスだったものの残骸。ルビーは、まるで砂粒のように崩れ落ち、さらさらと宙を舞っていた。

 アイリーンは大きく目を見開いた。


「ルビーが……」

「最後の封印だけは、聖女でないと解けなかったんですよ。あなたの光の力だけが、この封印を解くことができる唯一のものでした」


 こうもあっさり計画通りに行くとは思わなかったと、ヴィンセントが嗤う。


(封印が……解けた?)


 わたしが、解いた?


 アイリーンは力なくつぶやく。


(じゃあ……メイナードは……?)


 闇の力は、フォレスリードの転生者であるメイナードの体に集まる。


 そうすれば、メイナードは――


「よく見ているといい。これから、世界は終焉へ向かい、綺麗な世界に再生するのです」


 アイリーンは茫然とした顔を、ゆっくりとキャロラインに向けた。

 キャロライン、バーランド、ダニー、小虎……、ファーマン。


(終焉?)


 みんな苦しんでいる。アイリーンは何の変調もないけれど、それはアイリーンが「光の聖女」だからだろうか。

 アイリーンはぎゅっと首からぶら下げているスピネルのネックレスを握りしめる。


「……みんな…………、メイナード……」


 見開いたアイリーンのアメシスト色の大きな瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。

 世界の終焉とか、闇の封印とか、漠然としすぎて何が起こるのかアイリーンには想像もできない。

 でも――みんなが苦しんでいる。


(メイナードが……逝っちゃう……)


 大切な人たちが、メイナードが、この世界からいなくなる。

 アイリーンはぎゅっと目をつむった。

 そして。



「――――――リアース‼」



 それが、アイリーンの答えだった。


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