14

 どうでもいいけど、リカルドさんって頭の風車をいつ取るのかしら?

 晩餐の席にカラカラカラカラと乾いた音が響き渡るから、どうにも気になってしまうのよね。


 ラフォス伯爵家のダイニングには、わたしとメイナード、リカルドさん、そしてエリオット様の四人。ぽつんぽつんと会話はあるけれど、これといって盛り上がることもなく、カラトリーのこすれる音やリカルドさんの風車の音ばかりが響くから、ちょっと気まずい。

 メイナードは涼しい顔をしているけれど、エリオット様は王子の訪問の多少なりとも緊張しているみたいだし、リカルドさんはなにを考えているのかまったくわからない。この人マイペースすぎでしょう⁉


 問題の町にはここから馬車で数時間。明日、エリオット様が案内してくれることになっている。

 ちょうど話題が途切れてしまって、しーんという音さえ聞こえてきそうなほど静かになったダイニングにわたしは香草とエビのサラダを食べながら心の中で嘆息した。


 うー、気まずいよー。

 やっぱり嫌がるセルマを無理やり連れてくればよかったかしら?


 セルマは「使用人が主人と同じ席で食事はできません!」って突っぱねたけど、エリオットさんと遠縁だから本当は同席してほしかった。その方が会話も弾んだと思うし。

 わたしは何か話題になるものはないかろダイニングの中を見渡して、壁際の棚に綺麗な彫刻が施された木の箱があることに気がついた。


「エリオット様、あちらの箱は? とても繊細で美しい彫刻ですね」


 話題みっけ! とばかりに飛びつけば、エリオット様は背後を振り返って箱を確認した後、にこりと微笑んだ。人の好さが現れるようなきれいな微笑みだわ。


「あれですか? あれはオルゴールですよ。例の町で最近見かけるようになりまして、美しかったので僕も一つ。中には宝石を埋め込まれたものなどもあるので、このあたりでは若い女性の間でひそかに流行しているようです」

「オルゴールですか。あとで手に取ってみてもよろしいですか?」

「ええ、もちろんかまいませんよ」


 はっ! しまったもう話題が終わってしまった。

 もっと広げればよかったと後悔しながら、ちらりと隣のメイナードに視線を向けて助けを求めてみたのだけど、メイナードはわたしが話題にしたオルゴールをじっと見つめていて気がつかなかったみたい。

 あら、あのオルゴールがどうかしたのかしら? メイナードも気に入ったの?

 不思議に思って訊ねようとした直後、メイナードの目の前に座っていたリカルドさんが顔をあげた。


「我はこのニンジンを所望する」


 ニンジン?

 リカルドさんは給仕を捕まえて、メインディッシュの付け合わせに添えられていたニンジンのグラッセを持って来いと言い出した。

 甘く煮たグラッセは確かにおいしいけれど、これ、たくさん食べるものではないと思うわよ。

 それだというのに、リカルドさんは困惑する給仕に「たくさん持って来い」って偉そうに命じていて、わたしは軽い頭痛を覚える。

 だーかーらー、リカルドさん、自由すぎるのよ!


 申し訳なくなってエリオット様を見やれば、彼はきょとんとした顔をしていた。そうでしょうねー。わたしもはじめて会ったときは珍獣かと思ったもの。せっかく作ったタルトをバクバク食べてくれるし、遠慮なんてまったくないし。

 エリオット様は優しいから、ややして我に返ると、給仕にリカルドさんのためにニンジンを持ってくるように言ってくれているけれど、わたしはそれに対しても当然のことのような顔をしているリカルドさんに一抹の不安を覚えつつ、彼の同行を決めたユーグラシル様を少しだけ恨んだ。






「お嬢様、夕食を食べに行かれたはずですのに、どうしてそんなに疲れた顔をなさっているんですか?」


 夕食を終えて部屋に戻るなり、セルマが怪訝そうな顔をした。

 部屋でお留守番をしていた小虎が走ってきたから抱き上げて、わたしはソファに腰を下ろすと、ダイニングであったことをかいつまんでセルマに説明する。

 するとセルマは額に手を当てて、「わたくし、リカルド様はどうにも苦手です」と言った。ここへ来るまでの道中も、リカルドさんは散々自由な行動をとっていてセルマは眉をひそめていたし、セルマは生真面目な性格だから合わないでしょうねー。

 わたしも、ここまで行動の読めない人ははじめてよ。

 悪い人ではないんでしょうけど、何と言うのかしら? なんだか、人間版のびっくり箱みたい。


 ここへ向かう前、ユーグラシル様がリカルドさんのすることは無視していていいと言ったけれど、はらはらして到底無視できそうにないわ。

 疲れてしまったから、今日は早く休もうかしら。お城にいるときはメイナードとおしゃべりしてから寝ることが多いけれど、さすがにここでは続き部屋じゃないし。

 わたしは入浴をすますと、いつもよりも早めにベッドにもぐりこむ。


「おやすみなさいませ」


 セルマが部屋の灯りを落として出ていくと、本当に疲れていたみたいで、あっという間に眠りに落ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る