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 サヴァリエ殿下はグーデルベルグとの国交の回復に反対のようだけど、メイナードにはメイナードの立場ってものがあるのよね。


 メイナードはサヴァリエ殿下の発言に怒ったりはしなかったけど、困ったように眉尻を下げた。


「ここまで来て、今更それは言えないな」


「でも、少なくとも国で疫病が流行っていることは、事前に打ち明けておくべきだよ。国交が断絶していて、しかも離れたところにある国の内情――それも、流行しはじめた疫病のことなんて、僕たちが事前に知ることはできないんだから。もちろん、ダリウス王子に僕たちを嵌めようなんて気持ちはなかったのかもしれないけれど、それでも先に知っていれば対応を考えた」


「そうだとしても、今更それを聞いて、今回のことがあったからと言って、ほとんど話がまとまりかけている今の状況で手のひらは反せない。もっと言えば、事前にグーデルベルグの内情を探らなかったこちらの落ち度でもある」


「兄上は人が良すぎる」


 サヴァリエ殿下は眼鏡をかけなおして大きく息を吐きだした。


 でも、メイナードがこう答えることは、サヴァリエ殿下もわかっていたのよね? だから「念のため口外しない方がいい」って言ったのよ。グーデルベルグでの疫病騒ぎや、今回のダリウス王子が倒れた背景を知ったら、貴族院が黙っていない。国交回復の賛成派と反対派で割れて大騒ぎよ。せっかくメイナードががんばってきたことがすべて水の泡になる可能性があるの。だから、サヴァリエ殿下はメイナードと、ダリウス王子の治癒を行ったわたしにだけ伝えたんだわ。


 もちろん、エデルもその場に居合わせたと言うから、彼女の口からジオフロントお兄様には知られるでしょうけど――、お兄様もそれを吹聴して回るような馬鹿ではない。心裏はどうであれ、黙っていてくれるはずよ。


 王立大学でその騒ぎを聞きつけた人たちの口留めはすんでいると言うし、実際にその人間らしきものがダリウス殿下の体に吸い込まれるようにして消えたという現場にいたのは、サヴァリエ殿下とエデル、そして殿下たちの護衛をしていた騎士たちだけだって言うから、一番知られたくない部分の口留めはそれほど難しくない。


 本音はグーデルベルグとの国交回復の反対でしょうけれど、メイナードが首を縦に振らないのもわかっていたから、サヴァリエ殿下はできる限り最善の状況を用意しておいてくれたの。


「どちらにせよ、ダリウス王子が目を覚ましたら、何か知っていることがないか聞いた方がよさそうだな」


 そうね。ダリウス王子は兄のフィリップ王子に追手を差し向けているけれど、追っている側のダリウス王子までもが倒れるというのはちょっと不思議というか――、何かがおかしい気もするのよ。それに「消えた」という部分が、バーランド様が捕えた、ジェネール公爵家の庭でマディアスさんを襲っていた男たちが「消えた」という部分にもつながるような気がして、なんだかもやもやする。


 だって、バーランド様が捕えた男たちはダリウス王子がフィリップ王子に向けてはなった追手らしいもの。でも、今回襲われたのはダリウス王子。同じかどうかはわからないけれど、少なくとも「消えた」という共通点を持つこの二つの事柄に矛盾を感じてしまうのはわたしだけ?


 サヴァリエ殿下は肩をすくめた。


「この件は兄上に預けるよ。でも、よく考えて。兄上はこの国になくてはならない人だ。できれば、今のグーデルベルグには深入りしてほしくない」


 サヴァリエ殿下は真面目にそう言っているんだけど、それを知ってか知らずか、メイナードは朗らかに笑って、


「万が一私がいなくなってもお前がいるから安心だ」


 なんて言ったものだから、怒ったサヴァリエ殿下にクッションを投げつけられてしまったのだった。

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