19

 時刻は少し遡る――


「ファーマン・アードラー……、教会の――教皇の『犬』」


 バーランドがファーマンに向かって冷ややかに言っても、メイナードは驚かなかった。すでに事前にバーランドから知らされていたからだ。


 当の本人であるファーマンと、それからロバートは驚いているようだったが。


 バーランドからファーマン・アードラーのことを聞かされた時はメイナードも驚いたが、逆を言えば、それですべてがわかった気がした。


 バーランドは第二騎士団の副隊長でありながら、公爵家が抱える諜報部隊を使って様々な情報を仕入れてはメイナードに報告してくれる頼れる友人兼側近だ。


 アイリーンの護衛に聖騎士が紛れ込んでいて、それを国王も知っていたということを怪しんだバーランドは、ファーマンの素性とともに今回の聖女の選定の儀式についても調べ上げた。


 わかってしまえば簡単なことだ。


 そもそも、その可能性に気が付かなかった父である国王も、それからメイナードも愚かだったのだ。


(……父に、教皇が、次期聖女はリーナだろうと言った時点で怪しむべきだった)


 リーナは確かに癒しの力が飛びぬけて高い。聖女の多くが癒しの力を持った女性だったという過去の例を見ると、その予想は的を射ているようにも思えた。だが――


 教会は、聖女を欲している。


 亡くなった前聖女が選ばれたのは半世紀前――、だから、国王も自分も、その事実を失念していたのだ。


 教会が聖女を欲し、王家がそれを防いでいた過去の攻防を。


 聖女が誰なのか、事前にわかれば苦労はしない。だが――、選定前にアイリーンをメイナードの婚約者から外し、リーナをあてがったということは、少なくとも「リーナ」が次期聖女ではないとわかっていたのではないか?


 そして、国王に進言して婚約破棄を急がせたアイリーンが聖女である可能性は――、その時点でかなりの確率だったと予想できる。


 もちろん、その事実を知るものは教皇だけか――限りなく教皇に近いものだけだったろう。


 選定の儀式に立ちあった神官たちも、リーナが聖女だと疑っていなかった。


(そして……、護衛に聖騎士を紛れ込ませる、か)


 もちろん、アイリーンが領地へ向かうかどうかまではわからなかっただろう。だが、教皇はあらゆる手で、メイナードの婚約者でなくなったアイリーンのそばに教会関係者を忍ばせる手はずは整えていたはずだ。


 すべては、当代の聖女を教会に引き込むために――


 ファーマン・アードラーという聖騎士がアイリーンの恋人に収まったのは、教皇の策略通りなのかどうかは知らないが。


 そして、ここにいるロバートの表情で確信した。ロバートは少なからず今回のことを知っていたようだ。でなければ『教皇の犬』という言葉に反応するはずがない。


 ファーマン・アードラーは聖騎士でありながら、教皇にかなり近いところにいた人物だった。教皇の身辺護衛以外にもその任務があったと考えていい。俗に教皇の犬と呼ばれる教皇に近しい教会関係者は何人かいるが、まさかファーマン・アードラーもその一人だとは思わなかった。


「どこまでが策略で、どこまでが真実だった?」


 アイリーンをメイナードから引き離すのは教皇の策略。


 では、アイリーンと恋仲だと告げたファーマンの気持ちは、どこまでが嘘でどこまでが真実だった?


(返答次第では、ただじゃおかない)


 メイナードもアイリーンを傷つけた。理由があったことでも、その事実は変わらない。だけど、ファーマンのアイリーンに対する気持ちがすべて嘘だったら許せない。たとえメイナードには怒る資格がないと言われたとしても、だ。


 アイリーンはどこまでもまっすぐで純粋だ。人の嘘や悪意を読むのは昔から得意ではない。よくも悪くも騙されやすくて――、だからこそ、本当は聖女になんて選ばれてほしくなかった。


 ファーマンがメイナードから視線を外すのを見て、拳を握りしめる。本当はこの場で殴りかかってやりたいけれど、時間が惜しかった。


「ロバート、悪いがお前たちは信用しない。教会の管轄だという言い訳は聞かない。攫われたのはアイリーンは教会の関係者ではなく一般市民だ。そして、元とはいえ私の婚約者。苦情は一切受け付けない。……行くぞ、バーランド」


 メイナードはバーランドを連れて部屋を飛び出した。


 残された部屋ではロバートとファーマンがただ黙ってうつむいていて――、そして、少し離れた場所でやり取りを聞いていたセルマは、メイナードが出ていった扉を見つめて、ぼそりとつぶやいた。


「……少しは見直しましたわ、殿下」


 どうかお嬢様をお願いします――

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