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聞けば、メイナードは馬で来たらしい。
わたしたちがのんびり馬車で移動していた間に馬を飛ばしたんだから、そりゃわたしたちより早くつくわね。
だが、そんなことはどうでもいい。問題は、どうして彼がここにいるか、だ。
「リーナはどうしたんですか」
わたしが白い目を向けると、メイナードは少し気まずそうに視線をそらした。
どうでもいいけど、人ん家で我が物顔で茶ぁしばいてんじゃないわよ。
メイナードは元婚約者だけど、婚約破棄した今、わたしとあなたは無関係。わたしの心を傷つけてくれた罪は重いのです。出て行ってほしい。
だが、どうやらメイナードはわたしのブリザードのような心には気がつかない模様。
「アイリーン、話がある」
わたしにはございません。
わたしは「助けてー」という視線をファーマンに送ってみたんだけど、メイナードは王子で彼は騎士。ファーマンも、他の護衛の騎士たちも一礼して、リビングから出て行ってしまった。
セルマはじろりとメイナードをひと睨みしたけれども、やっぱりリビングから出て行ってしまう。
結果メイナードと二人きりにされてしまったわたしは、仕方なくソファに腰を下ろした。
「それで、お話とは?」
つーんとした態度でわたしが聞けば、メイナードは少し驚いたみたい。そうでしょうね。だって今までのわたしは、殿下に対していつも微笑んでいた優しい婚約者だったもの。でもわたしを捨てた男に愛想振りまけるほどわたしは聖女じゃないの! ……聖女だけど。
だが、昔からちょっぴり頭のネジの緩いメイナードはわたしの態度を勘違いしたみたい。
「アイリーン、私がリーナを選んでしまったから拗ねているのだな」
いーえ! 拗ねているのではなく捨てられて恨んでいるんです。拗ねていません。断じて!
メイナードは立ち上がってわたしの隣までやってくると、そっとわたしの手を握りしめた。
「すまなかった。わたしは大切なことがわかっていなかったようだ」
「……大切なこと?」
わたしが胡乱気な視線を向けると、メイナードは満面の笑みで頷く。
「そうだ。私は聖女にこだわりすぎるあまりに見落としていた。この――、気持ちに」
「……」
何を言っているんだろう。
わたしはさらに訝るような視線を向ける。
聖女にこだわりすぎるあまりに見落としていた気持ちとは、なんぞや?
メイナードはわたしの手の甲に勝手にキスを落として、言った。
「そう、君を愛している、この気持ちだ」
この時のわたしの気持ち、わかるかしら?
もうねえ、最後の最後に残っていたちっちゃい恋の欠片みたいなものが、バリンバリンに砕け散った瞬間で。
「殿下――、馬鹿ですか?」
思わず口に出しちゃったよ。
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