第85話 隠し部屋とダミーと

「ここでですか?」

「いいや、この奥でだよ」

「奥って、ここが図書館の端っこですよね? 窓も無いですし、扉も入ってきた所にしか無いですけど」

「慌てない慌てない」


 エルダネスはそう言うと椅子から立ち上がり、壁に取り付けられている魔灯に近寄ると、それに向けて手を伸ばした。

 そして台座の部分を掴むと右に左にと数回リズムよくひねる。

 閲覧室の中で光と影が躍る。


「なんだかチカチカする」

「すぐだから我慢してなさい」


 その言葉と同時。

 ガチンという何かがはまり込む様な音がしてエルダネスは手の動きを止めて横に退く。


「この魔灯には仕掛けがあってね。ああやって決まった順番に動かすと上にスライドして――」

「隠し扉が開くんですか!?」

「いや。ダミーの鍵穴が現れる」


 エルダネスが笑いながら指さす先には、確かに小さな鍵穴らしきものがスライドした魔灯の下から姿を現していた。

 だが、それはダミーだと彼は言う。


「かなり面倒な仕組みだけど、今さら私がこの仕組みを変更出来るわけでもないからね。じゃあ次だ」

「次って、その鍵穴に鍵を差し込むんですか?」


 僕の言葉をエルダネスは鼻で笑う自分の首に掛けていたネックレスを指でつまみ持ち上げる。

 するとそのチェーンの先から一つの古ぼけた鍵が姿を現した。

 鍵穴はダミーじゃなかったのだろうか。


「君は何を言っているんだ? さっき私はなんと言ったかもう忘れたのかい?」

「たしか、あの鍵穴はダミーだと」

「そう、ダミーだ。そして僕がこれ見よがしにぶら下げているこの鍵があの鍵穴にはすっぽりはまる」

「えっ。でもダミーなんですよね?」

「ああ。もちろん」


 その返事に頭が混乱していると、エルダネスはその鍵を首から取り外し僕に投げつけた。


「わっ」

「ためしてみるかい?」

「良いんですか?」


 僕はその何の変哲も無い古い鍵を指先でつまみながら尋ねる。

 するとエルダネスはとんでもないことを口にした。


「良いよ。最悪死ぬけどね」

「死――良くないじゃないですかっ!」

「最悪の場合だぞ。普通の健康な人なら数日からだがしびれて動けなくなるくらいだから安心していいよ」

「いやいやいや。これお返ししますね」


 僕は顔を青ざめながら鍵をエルダネスに返す。

 この人、危険だ。


「まぁ冗談はここまでにして、あの鍵穴自体は実はダミーじゃないし、きちんと『ダミーの隠し部屋』が開く」

「どういう意味ですか?」

「簡単に言えばこの旧図書館ってね、かなり貴重な本とか品物が置いてあるんだ。だから昔からなんどか族とか権力者がそれを奪おうとしてきた歴史があってね」


 建国当時、この図書館を造った一人の男がいた。

 その男のスキルは魔導具クラフトと言うユニークスキルだったらしい。


「建国の歴史は長くなるから端折るけど、とにかくその男はこの王都に自分の持っている資料を纏めた図書館を造りたいと言ったらしいんだ」

「それで出来たのがこの旧図書館ですか」

「ああ。彼は無類の読書家であり蒐集家だったからね。今この旧図書館に残っている本の殆どが当時彼が持っていた本なんだよ」

「当時って、この国が出来てもう何百年も経ってますよね?」

「王都がここに出来てからだと三百十四年になるかな」

「そんなに昔の本が今も残ってるなんて。よほど管理が行き届いているんですね」

「確かに管理はなるべくちゃんとしてるつもりだけどね。実はこの図書館自体が本を守る為の巨大な魔導具なんだ」

「ええっ、この図書館の建物がですか!」

「――って言ったら信じる?」

「嘘だったんですか」

「いや、本当だけど」


 この人と話すのは本当に疲れる。

 タバレ大佐が言っていた『変人』という言葉はやはり嘘じゃ無かったと僕は実感しつつ椅子に深く座り直す。

 そして体では無く精神的に疲れてきた僕は「冗談とか嘘とか本当とかどうでも良いですから本題に入ってくださいよ」と投げやりに言った。

 

「何処まで話したっけ?」

「隠し部屋だのダミーだのって所ですよ」

「ああ、なるほど。簡単に言えばここには表に出てない貴重な彼の資料や魔導具が残ってるって思われててね。それを狙う奴らの為に造ってあったのがこれ――」


 エルダネスはそう口にしながら、鍵穴に鍵を差し込んでひねった。

 すると、壁の一部が扉の形に変化していくではないか。


「えっ……凄い……」

「これも彼の魔導具の一つらしいよ」


 呆然とする僕の表情が予想通りだったのか、エルダネスは満足げな表情を浮かべると扉のノブを何の躊躇も無くひねった。

 最悪死ぬと聞いていた僕は、その行動に一瞬驚いて立ち上がったものの嘘だったことを思い出して足を止める。


「死にはしないよ。まだここではね」


 だがエルダネスの口から出たのはそんな不吉なことだった。

 そして彼は僕を軽くて招きすると「扉の中を見てごらん」と言って、一気に扉を大きく開け放つ。


「うわぁ……なんですかこれ」

「何に見える?」

「よくわからないけどこれって宝石とか魔石とか魔導具とかじゃないんですか? あと一杯古くて難しそうな本が壁際に並んでますけど魔導書とかですかね?」


 扉の向こうに見える部屋はかなり広く、ラスミ亭で僕が泊まっている部屋の十倍は広く見える。

 多分魔灯が設置されているのだろう部屋の中はかなり明るく、床一面所狭しと並べられている高価そうな品々がその明かりに照らされて輝いていた。

 そして壁際には見える範囲でぎっしりと本が詰まった本棚が並んでいた。


「そっか。君は純粋だね。そして単純だ」

「どういう意味ですか!」


 何故か馬鹿にされた気がして僕はエルダネスに抗議の声を上げる。

 だが、エルダネスは全く気にしない調子で笑うと扉の中を指さしながら口を開いてこう言った。


「この部屋の中はね。本当はなーんにも入ってないんだよ」


 と。

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