1.編入と勧誘

  ――鋼和市こうわし

 伊豆諸島と小笠原諸島のほぼ中間に浮かぶ人工島そのものが、サイボーグやサイバー技術などの先端技術を十年先取りした実験都市である。ゆえに、ある者はその街をサイボーグとサイバー技術の『楽園』と称し、またある者は『監獄』と称していた。


 九月一日。

 まだ厳しい残暑が続くその日、世間一般の学生にとっては夢のような夏休みが終わりを告げ、新学期を迎える。

 多くの学生が過ぎ去っていった夏休みの余韻に浸りながら、気だるげに登校の準備を始めていることだろう。

 だが例外も存在する。

 夏休みが明ける数日前から、今か今かと新学期の到来を心待ちにしていた少女が、鋼和市北区の一角にある『クロガネ探偵事務所』にいた。

 十人中十人が「美少女」と認める探偵助手、安藤美優。

 今日から、彼女は高等部二年の編入生として、私立才羽学園に通うのだ。


 ブラウスに黒のブレザーとチェック柄のスカートを手早く身に着け、二階の自室から一階のダイニングに向かう。

「おはようございます、クロガネさん」

「……おはよう」

 寝癖頭で欠伸を噛み殺しながらキッチンで朝食を作っていたのは、探偵事務所の主、黒沢鉄哉――通称クロガネである。ちなみに朝は低血圧のため、普段よりも三割増しでテンションが低い。

「いつもより早い時間に起きたな。そんなに楽しみにしてたのか?」

「はい、本当に楽しみにしていました」

 美優の笑顔に「そうか」と頷きつつ、テーブルに朝食を並べる。

 クロガネ曰く質素かつ豪勢に見えるベーコンエッグにサラダを添え、少なめの白米と味噌汁の組み合わせ。美優は小食で、燃費が良い体なのだ。

「いただきます」

 朝食を摂り始めた美優の前に、クロガネはハンカチで包んだ弁当箱を置く。

「……ん、……これは?」

「お弁当だよ。昼休みに食べなさい」

「ほぅ、これが噂の……って、なに笑っているんですか?」

「いや、噂になる程でもないんだけどな」

 初めて目にした弁当をまじまじと見つめる姿が微笑ましい。

「私からしてみれば驚きの新発見です」

「俺からしてみればお前の存在が驚きだよ」

 安藤美優は人間ではなく、女性型アンドロイド――つまりはガイノイドだ。

 それも人間と同様に学習し、飲食も可能という稀有な存在であり、本当の意味で『限りなく人間に近い機械人形オートマタ』である。

「まぁ、美優にとってはこれから毎日新発見のオンパレードだろう。学園生活を通して青春とやらを満喫してくるといい」

「了解です」

 頷いて『充電補助』という名の食事を再開する美優。

 彼女の開発者は病で短命だった自身に代わり、人間らしく幸せに生きる分身として、また自身が生きた証として美優を遺した。

 そして現在、開発者と深い縁があったクロガネが、美優の所有者として彼女の身柄を保護している。

「それにしても今日からか、準備するにしてもあっという間だったな……」

 使用した調理器具を洗いながら、クロガネは感慨深く呟いた。

 今後の仕事の効率と助手の将来も考え、投資として美優を学校に通わせようと提案したのがつい一ヶ月前のこと。

 当時、VRゲームの事件調査を依頼されて全てが解決するまでに半月を要し、残り半月で探偵業の傍らガイノイドである美優を受け入れてくれる学園探しと編入試験、制服や教材などの調達と実に慌ただしい日々を送っていた。

 何よりも、収入が少ない貧乏探偵にとって奨学金を得られたのは大きい。才羽学園のOGで機械義肢専門の医者である友人の推薦と、編入試験を満点でパスした美優の超優秀な頭脳AIのお陰である。

「ごちそうさまでした」

「ああ、食器は洗うからそのまま置いといて。それと美優」

「はい?」

 首を傾げる美優のブレザーを指差す。

「今はまだ夏服の時期だぞ」



 そして、私立才羽学園高等部二年C組の教室で――

「安藤美優です。よろしくお願いします」

 教壇に上がり、無難すぎるくらいに普通に自己紹介しただけで、教室に居た男子の大半が、

『う……うおぉおぉぉ~~~~っ!!』

 と、トップモデルに匹敵する美優の美貌に嬌声を上げ、女子も『かわい~~っ』とはしゃいでいる。

 担任の倉橋清次は、盛り上がる生徒たちを宥めた。

「はいはい静かに! えー、安藤さんは昔、大きな事故に見舞われて機械化六割ほどのサイボーグ手術と、つい最近まで治療とリハビリに励んできました。ある意味今日から初めての学園生活を送ることになりますので、くれぐれも変な先入観や偏見を持ち込まず、安藤さんが困っていたら快く助けてあげるように」

 正体を隠すために用意した設定を、倉橋担任は説明し、生徒たちに釘を刺した。勿論、彼も美優の素性は知らない。

(とりあえず第一関門は突破、でしょうか)

 自己紹介と『設定』の刷り込みが成功したことに、安堵する。

 美優は全身十割が機械の純正ガイノイドだ。人目のある学園で生身の人間と偽るには無理があるため、あえてサイボーグであると周囲に認知させたのである。

(万全とは言いませんが、この学園ならば、さほど深刻に懸念する必要はなさそうですね)

 鋼和市西区にある小中高一貫の私立才羽学園。

 社会貢献に繋がるサイボーグやサイバー技術の研究に力を入れている大学付属の学園で、鋼和市を象徴する教育機関の一つである。そもそも西区は実験都市鋼和市における学園都市でもあるのだ。サイボーグやアンドロイド/ガイノイドに理解のある人材が多いため、美優にとって過ごしやすい環境が揃っている。

(真奈さんには、また改めてお礼を言わなくてはなりませんね)

 この学園を推薦してくれたOGの海堂真奈に内心感謝しつつ、ふと思う。

(……今頃、クロガネさんは何をしているのでしょうか?)



 同時刻、クロガネ探偵事務所では――

「……美優の奴、大丈夫かな……」

 落ち着きなく事務所内をウロウロしている保護者がいた。



 休み時間に入るなり、美優の席の周りには黒山の人だかりが出来ていた。快活な学級委員・沖田涼子を中心にした女子のグループと、軟派な性格した内藤新之助を中心にした男子のグループが、彼女を取り囲んで質問や勧誘の集中砲火を浴びせていた。

 ここの生徒はとにかく厚かましいようだ。例え相手が近寄りがたい美少女でも、遠慮せずに、わいのわいのと騒ぎ立てる。

「ねえねえ、今どこに住んでいるの?」

「趣味と特技は?」

「放課後ヒマ? カラオケの割引券が――」

「スリーサイズは?」

「好きなタイプは?」

 こんな調子である。

 一方の美優は、律儀に一つ一つ答えていた。

「北区に住んでいます」

「ゲーム全般と情報収集」

「まだ初日なので、今日はちょっと遠慮させてください。後日また誘ってくれると幸いです」

「ご想像にお任せします」

「頼もしくて芯が強い大人の人が好きです」

 生徒たちからちやほやされ、にこやかに応対している内に、美優がふと、感極まったように目尻を拭った。

「どうしたの、安藤さん?」

 涼子がキョトンとして訊ねる。

「いえ、ここまで歓迎されるとは思ってなかったもので、つい嬉しくて……」

「……そうなんだー」

 一同は神妙な顔でうんうんと頷いた。

「ま、元気出しなよ。困ったことがあったら、遠慮なく何でも訊いてくれて良いからね」

「……はい、ありがとうございます」

 綺麗に微笑んだ美優に、一同は骨抜きにされた。



 同時刻、クロガネ探偵事務所――

 玄関に『CLOSE』の掛札と共に、『本日、臨時休業』と殴り書かれた張り紙が貼られてあった。



 二時限目になる頃には、二年C組に転がり込んだ編入生の話題は全校に知れ渡った。

「見た?」

「見た。マジで美人だった」

「噂以上だよあれっ!」

 といった会話が、男子生徒の間で交わされたのは言うまでもない。

 授業においても、美優は目覚ましい活躍を見せる。教科書や人から借りたノートを数秒程度、目を通しただけで内容を完全に理解し、教師からの質問に完璧に答えるのだ。特に物理の授業は美優の独壇場だった。世界最先端のAI〈サイバーマーメイド〉とリンクできる彼女に、熱力学の講義など児戯に等しい。

 ……見方によっては、世界最先端なカンニングとも言えるのだが。


 昼休みになっても、美優は相変わらずあれこれと騒がれている。他のクラスから彼女を見ようと顔を出す生徒も多く、中にはあまり馴染みのない上級生の先輩から中等部の後輩の顔もあった。

 そんな騒ぎの中心に居る美優は、涼子たち女子のグループと机を寄せ合って昼食を摂っていた。

「ねーねー、安藤さんのお弁当ってお母さんが作ってるの?」

 女子の一人が、美優の弁当を見て訊ねてくる。定番の卵焼きをはじめ冷凍食品が一つも含まれていない、手間暇かけて作られたある意味豪華な弁当だった。

「いいえ、今お世話になっている家主さんが作ってくれました」

「家主さん?」

「昔、母がお世話になった方で、その縁で厄介になっています」

「え? お母さんは?」

「二年前に、病気で亡くなりました」

「あ……ごめん……」

 女子たちは顔を僅かに伏せて謝る。

「いえ、お気になさらず」

「……うん、ここでばっさり話題を変えよう。安藤さんは今、付き合ってる人は居るの?」

『!』

 その質問に教室にいるほとんどの男子が反応し、耳をそば立てた。

「いいえ、居ませんけど」

 急に静かになった教室でそう言うと、『よし!』とガッツポーズする男子。

 彼らを視界の端に収めていた美優は、後々交際を申し込まれたら面倒だと思い、すぐさま牽制する。

「ああでも、心に決めた人は居ますよ。一方通行の片思いですけど」

『なん……だと……』一気に落胆する男子。

「えっ、ダレダレ? 今朝『大人の人』が好きとか言ってたから、年上?」

「ええ、まぁ」

「年の差はどれくらい?」

 訊かれてクロガネのプロフィールを電脳内に呼び出す。

 今の美優は高校二年生、つまり一六か一七歳だとすると。

「……五歳年上だったかと」

「てことは、二一か二二歳か……大学生?」

「いえ、独立して社会人やっています」

「へー、おっとなー」

「何やってる人なの?」

「探偵です」

 何の気なしに答えると、涼子たちの顔色が変わった。

「北区に住んでて、探偵って……もしかして『クロガネ探偵事務所』?」

「そうです、よくご存じで」

「ご存知も何も有名だよ、悪い意味で」

「ほぅ?」

 クロガネに対する酷評に、美優の目が僅かに鋭くなる。

「噂じゃ、拳銃を持ってるって」

「ええ、持ってますよ」

「持ってんの⁉ やっぱり危ない人じゃんッ!」

「おや、ご存じない? 鋼和市に限り、対サイボーグ犯罪の護身用として、探偵や警備員など危険と隣り合わせな一部の職業には、拳銃の所持を認める制度があるんですよ」

 それ程までに、市内のサイボーグ犯罪が深刻なものとなっているのだ。

「他にも一人でヤクザの事務所を潰したとか」

 その噂は美優にも覚えがあった。

「ああ、それは銃や麻薬の不法所持に、悪質な地上げ活動などの証拠を突き止めたからですね。警察が大規模で介入するきっかけになりました」

 思えばこの時が、クロガネと共に行った初めての仕事だ。もはや懐かしく感じる。

「……女性絡みで、別の男性を徹底的に痛めつけて別れさせたとか」

「それは元カレのストーカー被害に遭っていた女性から護衛を依頼された件ですね。相手が刃物を持って襲い掛かって来たので、正当防衛による結果です」

 美優と出会う以前のクロガネの武勇伝である。助手になってすぐ、過去の記録をまとめていた際に知り得たものだ。

「……未成年の女の子を事務所に住まわせて『ご主人様』と呼ばせていたりとか」

「それはたぶん私のことですね。クロガネさんの助手をしているから同じ所に住んでますし。それと、まだ『ご主人様』って呼んだことはないです」

「…………まだ?」

 思わせぶりな発言に、女子たちは目敏く反応する。

「助手である以上『ご主人様』と呼ぶのは問題ないと思うんですけど、なにぶん本人がひどく嫌がるもので。いつかは呼んでみたいです」

 夫婦的な意味で、という言葉だけは伏せておく。

「……本当に悪い人じゃないの? ひどいこととかされてない?」

「失礼ですね」

 疑い深いクラスメイトに、美優は眉をひそめた。

「むしろ、よくして頂いてますけど。ご飯やお菓子を作って貰ったりとか」

「意外と家庭的だなオイ」

「ス〇ブラとかモ〇ハンとか、ゲームの遊び相手になってくれたりとか」

「意外と親近感が湧くな」

「私が拉致られた時は、命懸けで助け出してくれたりとか」

「意外どころか衝撃の事実だよソレッ!?」

「これの一体どこが悪い人と言えるのです?」

 前のめりになって力説する美優に、一同は頭を下げた。

「……ごめんなさい」

「解って頂けたら良いのです」

 満足そうな笑みを浮かべる美優。

 その後もクラスメイトたちと談笑しつつ、平和で賑やかな昼休みが過ぎていく。



「なんか、楽しそうだな……心配するまでもなかったか?」

 双眼鏡でその様子を覗いていたクロガネは、安堵の息をついた。美優や真奈が彼の姿を見たら、揃って『過保護』と言って呆れることだろう。

 学園のセキュリティに感知されないほど、遠く離れたビルの屋上からは、才羽学園のあちこちがよく見渡せた。

 小中高一貫だからか、とても大きな学校だ。それ故にセキュリティはしっかりされていると美優は言っていたが、プロに掛かれば、変装やIDをはじめとする書類偽造などで容易く侵入できることだろう。鋼和市は世界最先端AI〈サイバーマーメイド〉で管理されているとはいえ、その安全性は極めて高いが万能ではない。抜け道など、探せばいくらでもある。

 美優が帰ってきたら、万一に備えて脱出路の確認をしておこうと心に決め、保護者はその場を後にした。



 放課後。

 えらく騒がしい一日を終え、美優は帰り支度をしていると、教室内に残った生徒たちが段ボールやらマジックペンなどを引っ張り出し、何やら作業を始めていた。

「お疲れ様、安藤さん」

「お疲れ様です、沖田さん。あの、教室に残っている人たちは一体何をしているのです?」

「ああ、もうすぐ学園祭だからね。その準備をしているんだよ」

「学園祭……」

 呟きつつ、美優は思考をネットの海に接続し、『学園祭』の検索を実行した。


 〉検索結果

【学園祭】別名・文化祭。規模の差はあれど、小中高大あらゆる教育機関で催される学生主体による大きなイベントの一つ。

 年に一回、二日間ほど開催。開催時期は夏休み明けの九月か十月中であることが多く、一般客にも学園を開放する数少ない交流の場として広く認識されており、一部の学校では有名人を招いてのライブや講演会などを開くことがある。

 文化祭は、『イベントの成功』という共通目的に向けて学生同士の協力や連携を自発的に促すと同時に、予算のやりくりや資材の調達、近隣住民との交流やコミュニケーションなど、将来に役立つ社会勉強も兼ねている。


 ……などといった情報を、コンマ二秒以下で取得する。

「楽しそうですね」

「そうでしょうそうでしょう。学園生活にとって一番のイベントだからね」

 検索で得た情報に対する率直な感想に、涼子は大きく頷いて同意する。

「ところで安藤さん、いま時間あるかな? 校舎や部活を見て回らない?」

「おや、いいのですか?」

「こう見えて生徒会なんだ、私。今は学園祭の準備期間だから、各部活動の様子とか見て回ってんの。そのついでと言ったらアレだけど、よかったら案内するよ」

 探偵業があるため部活に入る気はないのだが、校舎内を見て回るのはアリだと思った。すでに美優の電脳内には、才羽学園校舎の見取り図がインプットされているが、実際に視認した方が情報の精度も高まる。万一に備えての脱出路は、事前に把握しておいた方が良いだろう。帰宅したらクロガネと擦り合わせをしなければ。

「そういうことなら是非、お願いできますか?」

「よし。それじゃあ、一名様ごあんな~い」

 楽しそうに案内を買って出た涼子に、美優は付いて行く。



 才羽学園はとにかく広い。小等部・中等部・高等部の各校舎の他、第一・第二体育館に講堂と食堂まで設置されており、設備も充実している。

「結構広いでしょ? 第一・第二実験室とか、同じ教室がいくつもあったりするからね。移動教室の時は、間違えないように少し余裕を持って動いた方が良いよ」

「そうですね。気を付けます」

 校内ではやはり文化部を中心に学園祭の準備を行っていた。飾り付けから必要な機材の設置、一般公開に向けて接客やライブなどの練習に、生徒たちは皆楽しそうに取り組んでいる。

 美優としては、『ゲーム研究部』が特に興味を引かれた。

 活動内容はeスポーツの大会に向けての練習(部員同士で対戦ゲーム)をしたり、プログラミング学習(という名の同人ゲーム制作)などをしていた。

 部活動とはいえ、ゲーム好きな素人集団のお遊びかと思いきや、そこは鋼和市の学園。プレイングセンスも同人ゲームもクオリティがプロ並に高く、生徒たちの熱意もかなりのものだった。

 美優を先導していた涼子が、とある部室――『文化研究部』の前で足を止めた。

「さて、安藤さんには悪いけど、ここからは少しマジメに生徒会の仕事をするからね」

「文化研究部……ここはどんな部活なんですか?」

「文学部と映画部と演劇部が合併した部活だよ。部員がいなくて廃部になりかけた所が、寄せ集まって出来たの。といっても、

 涼子はノックして「失礼します」と言ってから、返事をまたずに扉を開ける。

 部室には三人の女子生徒がたむろっていた。いずれも高等部で、テーブルの上に漫画の単行本を重ね、お菓子を広げ、思い思いにくつろいでいる。美優の目からしても、何かしらの活動や学園祭の準備をしているようには見えない。

「またあんた達はだらけて……」

 呆れる涼子に、

「あ、いらっしゃい、涼子ちゃん」

「あれ? 後ろにいる子って、噂の転校生?」

「……転校生じゃなくて編入生だよ……どっちでもいいけど……」

 マイペースで迎え入れる部員たち。

「とりあえず、一緒にお茶でもどう?」

「頂くわ。二人分よろしく」

(あ、お茶はするんだ)

 自然に文化研究部の輪の中に入る涼子。戸惑いつつも、彼女に倣って美優も続いた。


 淹れて貰ったお茶を一口飲んで喉を潤したところで、涼子は改めて文化研究部の三人と対峙する。

「えー、何度も言っているけど、一応確認。今年の学園祭で何かしら結果を残せる活動をしなければ、文化研究部は廃部になるんだけど、進捗の方はどうですか?」

「「「いや? 全然」」」」

 進捗確認は二秒で終了。バンッと涼子はテーブルを叩く。

「やる気あんの、あんた達っ」

「そりゃあ、私たちもどうにかしたいとは思っているんだよ」

 元映画部の二年、松山絵里香が反論し、

「でも何かしようにも、人手がウチら三人じゃ映画も演劇も作れないし、出来ないっしょ」

 元演劇部の二年、竹田智子が続き、

「……私は小説を出すけど……」

 元文学部の一年、梅原亜依が控えめに言った。

(三人揃って松竹梅、覚えやすいですね)

 涼子の隣で、美優は呑気に話を聴いていた。

「亜依ちゃんと違って、ウチは文才ないからなー」

「私も、絵コンテならともかく」

 ぽりぽりと、スナック菓子を仲良く食べる三人。

「そんなんで良いの? 部全体としての活動がないと、この憩いの場もなくなっちゃうよ?」

「その時はその時で、食堂とかで駄弁るからいいかなって」

「今すぐ潰れてしまえ、こんな部っ」

 心配して損したとばかりに、涼子が噛み付く。

 一方で、美優は興味深く部室を見回す。

 文学部と映画部と演劇部が合併しただけあって、本棚には古今東西の小説から映画やミュージカルの映像ソフトが大量に並べられてあった。

 部屋の片隅には、カメラなどの撮影機材が入っている思しきジェラルミン製の頑丈なケースがまとめて置いてあり、反対側に設置されたロッカーには『衣装・着物』、『衣装・ドレス』、『小道具・刀』などの名札が貼ってあった。

 脚本や台本は文学部、撮影は映画部、演技は演劇部と、何気にバランスが取れた部である。場所と人手があれば、それこそ何か出来そうな気もするが。

「あの、学園祭で出す小説って、どんなものですか?」

 興味本位で訊ねてみた美優に、「……これ」とクリップで留められたA4用紙の束を差し出す亜依。

 一ページ目に書かれたタイトルには『SF竹取物語(仮)』とあった。

「拝読しても?」

「……どうぞ」

 許可を貰って美優はページをめくった。

 要約すると、内容は竹取物語……かぐや姫をSF風に改変したものだ。



 竹取の翁の元に現れたかぐや姫。

 何年、何十年たっても老いもせず、いつまでも若く美しいままの姿であるかぐや姫は、不老不死ではないかという噂がまことしやかに広まり、その噂はやがて帝の耳にも届く。

 かぐや姫を手中に収めんと権力者たちはあらゆる手を尽くすが、かぐや姫が課した無理難題な試練に次々と玉砕し、実力行使で攫おうとすれば、鬼のように強い竹取の翁によって阻まれる。

 力ずくでかぐや姫を奪おうと、帝は国で一番の剣士を雇い、竹取の翁を排除しようと試みる。

 凄まじい死闘の末、竹取の翁は勝利するも致命傷を負う。

 ここでかぐや姫の正体が、月で造られたアンドロイドであると明らかになる。

 そして竹取の翁は、彼女を守るために不完全な『蓬莱の薬』を飲んで不老長寿となった年若い男だった。

 かぐや姫と不老不死を求めて帝は迫るも、かぐや姫は「我が生涯の伴侶はただ一人」と、翁と共に炎の中で心中する。

 立ち昇る煙に紛れ、二人の魂は天を上り、月へと還った。



「ふむ……」

 八〇ページほどあった小説を、五分と掛からず読破して一息つく。

「……読むの、早いね」

「そうでしょうか?」

 亜依の感想に小首を傾げる。美優としては、人間らしく見えるようにゆっくり読んだつもりだったが。

「個人的にはとても面白い内容だったと思います。ハッピーエンドとは言えませんが、機械であるかぐや姫と人間である翁が最期まで一緒だったのが、本当にっ、素晴らしい……! ナイス改変です」

「……そ、そう……?」

 何故か力強く感動する美優に、作者の亜依が若干引く。

「元々それは、自主制作の映画と演劇目的で亜依ちゃんが書いてくれた脚本なんだよ」

 絵里香の発言に「そうそう」と智子が続く。

「子供でも知ってるかぐや姫に、アクションをぶっ込んだやつでね。結局は人手不足と、そのアクションを再現できる人材が居ないから没になっちゃったんだけど」

「人手がないなら、外部から雇うのは?」

「いや、安藤さん……流石にそれは無理だよ」

 美優の提案を却下する涼子。

「学生主体の余興に、外部の人は原則参加できないよ。するにしても、まずは先生の許可を取らないと」

「許可はともかく、外部からの参加自体は出来ますよね? 学園祭は一般公開もされますから、という形で通せば、何とかなりそうですが」

 美優の発言に、文化研究部の松竹梅がはっとなる。

「うーん、どうだろ? 少し無理があると思うけど……っと、結構長居したかな」

 涼子が壁時計を見て席を立つと、美優も続く。

「他の部も見て回んなきゃだから、私たちはこの辺で。文化研究部は学園祭で何するか、明日までに考えをまとめておいてね。お茶、ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

 何やら神妙な顔で考え込む松竹梅を置いて、二人は文化研究部の部室を後にした。



 一通り校舎内と部活動を見て回り、二年C組の教室に戻る。

 居残っていたクラスメイト達もいつの間にか居なくなっていた。作業に区切りがついて帰ったのだろう。

「今日はこんな所かな。まだほんの一部だけどね」

 案内してくれた涼子に、頭を下げる。

「ありがとうございました、沖田さん」

「いえいえ。明日も案内しようか?」

「いいえ、もう大丈夫です。でも、ありがとうございます」

「そ。解らないことがあったら、いつでも訊いてね」

「はい」

「それじゃ、私は生徒会に戻って報告するから、ここで解散ということで。また明日」

「はい、また明日」

 バイバイと笑顔で教室から去っていった涼子を見送り、自身も帰宅しようとすると、

「たのもーッ!」

 松山絵里香の勇ましい挨拶と共に、文化研究部の面々が現れた。

 学園祭当日の方針が決まったのだろうか。

「あれ? 沖田さんなら、生徒会の方へ行きましたよ」

「いや、涼子ちゃんじゃなくて、安藤さんに用があるのよ」

「私に?」

 絵里香はズンズンと大股で近付いて、いきなり美優の手を取る。

「あ、あの?」

「お願い安藤さん、力を貸して」

「は、はい? 一体何を……」

「学園祭で私たちが発表する演劇に、ヒロイン役で出てほしいの」

 突然の依頼に、美優は困惑する。どうやら文化研究部は学園祭で演劇をすることにしたらしい。それはさておき。

「はぁっ? 何で私?」

 亜依が先程の小説を軽く掲げる。

「……このかぐや姫のイメージに、安藤さんがとても合っていたから……」

「ッ! それは、どういう意味で?」

 亜依の発言には特に深い意味はないのだろうが、その小説に登場するかぐや姫は自身と同じアンドロイド(ガイノイド)であるため、思わずギクリとなる。

「……綺麗、絶世の美少女……」

「……ありがとうございます」

 どうやら容姿的なイメージだったらしい。安堵すると同時に、ストレートな誉め言葉に照れてしまう。

「さっきのグダグダっぷりを見られたから信じられないかもだけど、ウチらも本音じゃ、卒業までに何か大きなことを一つやり遂げてみたいんだ」

 智子が必死な表情で詰め寄ってくる。

「いやでも、どうして私なんです? 外見はさておき、編入してきたばかりの私をスカウトする理由が解りません」

「……さっき部室で、安藤さんは打開策を言ってくれた……」

 亜依がそう言った。

「外部から人手を雇うという話ですか?」

「……そう。学園祭の目的を逆手に取るのは盲点だった。私たちに、そんな発想は今までなかった……」

「安藤さんならヒロイン役として申し分ないし、何よりもその発想力が頼もしいと思ったのよ」

 と、絵里香が捕捉する。

「いや、でも私は素人ですよ。演劇もしたことないのに、いきなりヒロインだなんて」

「飛び入り参加の一般人も、普通素人だろ? そのていで行くなら、こちとら初心者大歓迎だ」

 智子はにやりと、強気な笑みを浮かべると、不意に真顔になって頭を下げた。

「聞いた話じゃ、あんた探偵なんだろ? 依頼ということで、一つ頼むよ」

「……お願いします。どうせ廃部になるのなら、せめて有終の美を飾りたい……」

 涙目で、ただでさえ小さい声を震わせて亜依も頭を下げる。

「お願いします」

 絵里香も頭を下げた。

「うぅ……」

 困惑しつつも、美優は高速思考を展開する。

 学園祭まで残り一ヶ月弱。

 仮に自分を含めても、部員はたったの四人。

 まともに練習する環境もない。

 先程の外部から人材を雇う案はただの思い付きに過ぎず、実行するには生徒会を始め教師にも許可が必要だ。

 それだけでも面倒なのに、脚本に見合った人材を捜すとなると……仮に見付けたとしても、報酬も考えなければならない。経費として文化研究部の部費から捻出することになるのだろうか? 先程見た限りまともな活動はしておらず、実績もない以上、支給されている金額は大したことないだろう。必然的にタダ同然のボランティアで手伝ってくれる人材など、果たして居るのだろうか?

 結論から言えば、スカウトを断るべきだ。限られた少ない時間で彼女たちの問題を解決するには、不安要素も不確定要素も多過ぎる。正直、手の付けようがない。


 ……だけど、それでも。


「……解りました」

 文化研究部の三人は顔を上げる。


 困っている人を見過ごせない、力になりたい。たとえ探偵としての領分でなくても、安藤美優という存在とその力を必要としているのであれば。


「学園祭が終わるまでの間で良ければ、文化研究部に入部します」

 その言葉に、三人は歓声を上げた。

「さて」

 笑顔で喜び合う文化研究部に苦笑しつつ、

「どうしたものかな……」

 機械仕掛けのかぐや姫は、目の前の難題に頭を悩ませた。

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