第28話 VS聖十騎士アリシア

「アリア、なのか……」


「ええ、そうよ。本名はアリシア。聖十騎士団アリシア・ルートバーレ。アンタにこうして名乗るのは三度目ね」


 そう言ってオレとアリア――いや、アリシアの間に冷たい風がそよぐ。

 一度目はこの聖都に来る際、巫女シュリを助けた際の名乗り。

 二回目はこの聖都を出て、海へ行く際、彼女が現れ、その時に咄嗟に名前をアリアと告げた。

 そして、三回目はこの場所。

 奇しくもあの時、初めて花火を見た三人が、再び花火を打ち上げる約束をしたこの広場にて敵味方として対面していた。


「……なんでお前がシュリを狙うんだ、アリシア。お前とシュリは幼馴染なんだろう?」


「ええ、そうよ。だからアタシがシュリを奪わなきゃいけないの。アタシはそのために聖十騎士になった」


「どういう意味だ?」


「アンタに答える必要はないわ。聖十騎士を目指しているアンタなんかに」


「そりゃ矛盾してるだろう。“聖十騎士”のアリシア」


 オレの指摘に彼女は答えない。

 聖十騎士を目指すオレを否定するならば、その聖十騎士である彼女自身への否定に繋がるはず。

 だが、彼女はそれはまるで違うとばかりに力強い視線をオレを射抜き、剣を抜く。


「説明しても多分アンタは変わらない。命令でシュナを守っている以上、結局アタシの目的とは相容れないのよ」


「……だとしても、このまま彼女をお前にやるわけにはいかない。言っただろう。たとえ任務だろうとなんだろうとオレは彼女を守る」


 オレがそう告げると、それはまるで彼女に逆鱗に触れたがごとく、彼女の全身にこれまでにない力が放出される。


「そう、だったら教えてあげる。アタシが聖十騎士となったのはこの国のためでも、ましてや四聖皇に仕えるためでもない。たった一人――アタシの大事な友達を守るために、全てをかけて、ここまで上り詰めた者の力をッ!!」


 咆哮と共にアリシアはかける。

 それはまさに音を置き去りにする神速。

 彼女の振るった剣はその衝撃波だけで地面をえぐり、その先にいるオレを狙う。


「ぐっ!?」


 オレは咄嗟に剣で受け止めるものの。その衝撃だけで背後にあった石像が粉々に砕け散った。

 なんて威力だ。

 前に同じ聖十騎士のアリスと戦った時も、ここまで威力は感じなかった。

 これはアリスが手を抜いていたということか、あるいは――今目の前にいるこいつの実力がアリス以上か。そのどちらかだ。


「はああああああああああッ!!」


 剣撃を受け止めると同時にアリシアより無数の剣舞が放たれる。

 その一撃一撃が地面をえぐり、建物を粉砕し、岩や壁をお菓子のように砕く。

 まさに一撃一撃が必殺の無数の斬撃。

 だが、この程度ならばオレにも同じことができる。

 オレはアリシアの斬撃を受けきると同時に渾身の力を剣に米、必殺の斬撃を繰り出す。


「無双剣戟ぃぃぃッ!!」


「ッ!?」


 刹那、オレの剣より放たれた無数の剣戟はアリシアの剣戟を全て撃ち落とし、彼女の鎧を切り裂き、さらに彼女の愛剣を真っ二つに折る。


「勝負ありだ。剣が折れた以上、お前に勝ち目はないはずだ。アリシア」


「…………」


 オレはそう告げるが、しかしアリシアの戦意はまったく衰えていない。

 いや、全身にみなぎる力はむしろ増しているように思える。


「確かに剣を折られれば戦えない。そう考えるのは普通よね。けど、生憎ね。アタシの剣はまだ折れてないわよ、ブレイブ」


 そう言ってアリシアは折れたままの剣をオレに向ける。

 どういうことだ? まさか、こいつ。この状態でまだやる気か?

 肝心の剣もないのに一体どうやって?


「『真名スキル』。聞いたことあるかしら?」


「?」


 突然、アリシアは告げる。

 『真名スキル』。確か、前に一度聞いた覚えがある。

 あれはそう、騎士試験の時、アリスの戦った際、彼女が何かをしようとしてそれを統括騎士のギルバートが止めた。

 確か、その時のギルバートいわく『真名スキル』とは聖十騎士団の誇りそのものだとか。


「知らないなら教えてあげる。『真名スキル』とはいわば『複合スキル』の完成系。複合スキルは無数のスキルを一つにすることで通常のスキルでは出せない強力な力を生み出す。そして『真名スキル』はその複合スキルに名を与え、方向性を導き、術者が望む力を具現化するもの。それはもはやスキルという枠を超越したその人物だけの――いいえ、聖十騎士のみに与えられた『固有スキル』。本来は外なる世界より導かれし英雄、神々でもある四聖皇しか授かれないスキル。それに限りなく近い神のスキル。それこそが『真名スキル』」


 瞬間、アリシアを中心に空気が変わる。

 凍えるような殺気を纏い、彼女の握った剣が光り輝く。

 折れたはずの刀身より新たな刃――光の刃が生まれた。


「これこそがアタシの『真名スキル』。聖十騎士アリシアが持つ固有スキル『命の剣』よ!」


 その宣言と共にアリシアは光の刃を振るう。

 だが、その剣閃は先程とは比べ物にならないほどの速さであった。

 オレは咄嗟にアリシアの剣を受け止めるべく、剣を構えるが、彼女の光の剣はあろうことかオレの剣をすり抜け、その先にいるオレの体を切り裂いた。


「なっ!?」


 光の剣筋がオレを斬ると同時に、それに一拍遅れ胸を切り裂き、血が吹き出る。

 バカな! 剣をすり抜けただけじゃなく、レベル900を超えるオレの肉体を切り裂いただと!?

 それは明確なダメージであり、オレがスキル『睡眠』によって得たこの肉体に初めて襲いかかる明確な痛みであった。


「ぐっ……!」


「ブレイブさん!?」


 痛みとダメージに思わず片膝を付くオレ。

 そんなオレを見て、悲鳴をあげ、こちらに近づこうとするシュリを制する。

 切り裂かれた胸を確認すると、驚くことに服には一切の傷が入っていなかった。

 アリシアの放った光の剣はオレの剣や服をすり抜け、オレの肉体だけを切り裂いたのだ。


「驚いたようね。これがアタシの真名スキル『命の剣』。この剣が切り裂くのは肉体、命を宿した存在。もちろん武具を斬れないわけじゃないけれど、こうすればあらゆる防具は意味を持たなくなる。そして生命エネルギーで構築されたこの剣は、アンタの肉体の強度がどれほどであろうともそれを貫き、アンタの『命そのもの』を切り裂く。アンタの力が図抜けているのは知っているわ。けれど、この剣の前ではアンタの肉体もただの紙切れよ」


「そういうことかよ……」


 攻撃力999のこちらの防御無視、無敵貫通の剣。

 ゲーム的に考えるとそんなところか。反則もいいところだろう。

 というか、オレとの相性が最悪すぎる。

 こちらのあらゆる防御をすり抜けるとなると、残る手段は避けるしかないが……。


「避けるのもそう簡単にはいかないわよ。この『命の剣』は持ち主の生命力エネルギーを増幅させる。つまりアタシ自身の戦闘力も単純に倍以上になる。アンタの速度がいくら図抜けてても、いずれは捉えられる。この『命の剣』を振るい続ける限り、アタシに限界はない」


 そう言って光り輝く剣を手に構えるアリシア。

 これが聖十騎士の本気か。

 こいつは予想よりもまずい。なんとかしなければ……。

 だが、防御不可能のあの剣をどうする? こちらの剣で受け止めることが不可能な以上、取れる策は一つ。


「……ふぅー」


 オレは剣を鞘に収め、居合のポーズを取る。

 防御が不可能ならば、方法は一つ。相手の剣が届く前にこちらの剣で斬り伏せる。

 先の先。それを取って一撃で勝負を決める。

 それにアリシアも気づいたのか彼女もまた『命の剣』を両手で握り、剣道のように上段に構える。


「なるほど。先に攻撃を入れた方が勝利する。シンプルでいいわね、気に入ったわ」


「そりゃどうも。で、受けてくれるのか?」


「当然でしょう。というか、アタシが負ける理由なんてないわ」


 オレの挑発にアリシアは笑って答える。

 確かに上段からの一刀両断。普通に考えれば、その速度は彼女がこれまで行った剣速の中でも恐らく最速の一太刀。

 だが、オレも伊達にレベル981ではない。

 渾身の力を込めるようにオレは剣を握り締める。


「いざ――」


「尋常に――」


『――勝負!』


 オレとアリシアの発声が同時に響いた瞬間、双方の剣が光を放つ。

 先に相手の体に入ったのは――オレであった。

 これまで以上の限界を超えたオレの剣速は限りなく光に近い速度となり、アリシアの剣とは異なる光を纏い、彼女の脇腹に入る。

 すでに鎧を砕いた以上、そこに見えるのは彼女の肉体。

 これをまともに受ければ、戦闘不能は必須! そう確信し、オレの剣が彼女の体に入った瞬間、そこにまるで見えない鎧でもあるかのようにオレの刃が弾かれた。


「なッ!?」


「驚いたようね。言ってなかったけど『命の剣』っていうのはあくまでもアタシが付けたスキルの名称。『命の剣』がなにもアタシが持つこの光の剣だけを指してるわけじゃないわ。言ったはずよ、使用者の生命エネルギーそのものを増幅させるって。今のアタシの体は生命エネルギーによって見えない鎧に覆われている。いわば『命の鎧』。この鎧はあらゆる攻撃を弾く最強の防具としてアタシの身を守る。これこそがアタシの真名スキルの真価。最強の矛と盾、その二つを持つアタシにアンタは勝てない! ブレイブ、アンタの負けよ!」


 そう勝利を確信し、アリシアは剣を振るう。

 だが、その刹那。先に笑ったのは――オレの方だった。


「――ああ、だと思ったよ。だから、オレがこの剣に乗せたのはお前と同様のオレの『覚悟』だ!」


「ッ!?」


 瞬間、彼女の体を覆う透明な生命の鎧にヒビが入る。

 それはオレの剣の切っ先より溢れる力より生じたヒビ。彼女の全身を包む『命の鎧』にオレの剣が深く入り込む。


「なっ!? バカな! これは一体……!?」


「お前が教えてくれたことだよ、アリシア。『真名スキル』の真髄。『複合スキル』に名を与え、方向性を与え、イメージを作り出す。お前の剣を直に受けて、オレがイメージしたものだ!」


 それは炎のように苛烈で、風よりも速く、雷よりも鋭く、そして彼女の光の剣にも劣らぬ輝きを見せる光の――いや、閃光の剣。


「約束だったからな。この場所で『花火』を見せるってなああああああああああ!!」


 瞬間、導火線に火が灯るように、オレの剣先に宿した炎、風、雷。それら全てが一つなり、光の花を生み出す。

 眩い閃光と共に彼女の『命の鎧』を砕き、現れたのは閃光の花束。


「真名スキル! 『花火一閃』!」


 放たれたオレの一閃は光の花――花火を生み出し、その一閃の元、アリシアを切り裂いた。


「く、ぐあああああああああああああああああああああああッ!!?」


 舞い散る無数の光の花びらと共に聖十騎士アリシアの体は空中に舞い、そのまま静かに倒れ伏すのだった。

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