第四百十一話 出発

「これは何の冗談だい? あまり遊んでいる暇は無いんじゃないのかい……?」


 翌日、旅の支度を済ませたリン婆ちゃんに改めてカイザーとしての姿を見せ、簡易式人員運搬具……通称カーゴを取り出して、この様に運ぶのだと実演してみせた所、言われたのが上のセリフである。


 ここの所出番がめっきりなくなったカーゴだが、なにかのために作られていたのが、この4人乗りの小型タイプだ。以前より身体が大きくなった俺やフェニックスなら単体でも楽に運べる便利な運搬具なのだが……。


 どうも婆ちゃんはこれを冗談だと思って居る……いや、そう思いたがっているのだ。どうしたものかと思っていると……


「カイザーさん、カイザーさん。婆ちゃんに中を見せてないでしょう? カーゴは外から見たらただの箱にしか見えませんもん。中を見たら納得するだろうし、先に見せてくるよ」


 と、レニー。なるほどそれもそうだ。こうやって運ぶのだとカーゴを持ち上げてみせただけで、実際に内装などを見せていなかった。確かに中を見てしまえば文句はでまいよ。


「ふふ、そういうたまにポンコツな所がカイザーの良いところですよ」

「……何を言っているのかはわからんが……、ありがとう」


 俺から降りたレニーが婆ちゃんの元へ駆け寄っていく。これで誤解が解けてくれればよいのだが。


「ばあちゃーん! ごめんごめん! ちゃんと説明するからー!」


 レニーの懸命な説得により、なんとか中を見てくれる気になった婆ちゃんなのだが、条件として箱から俺が離れているようにと言われてしまった。入った瞬間持ち上げるとか、そんな罠みたいなことはしないというのに……。


「信用が地に落ちてますね。ふふ」

「笑うところじゃないだろうに……まったく」


 婆ちゃんの手を引き、まだそんな耄碌してないと言われながらも、嬉しそうに案内するレニー。この子はなついた人にはとことん心を開くよなあ。


『なんだい、こりゃ。驚いたね』

『でしょう? ほら、見てここを引っ張るとね……』


 レニーが"機内"装備を説明する声が聞こえてくる。数々の人柱の犠牲……もとい、レポートを元に改良を重ねたこのカーゴは今や快適そのもの。気圧・気温共に外部の影響を受けず、環境によるダメージを受ける事はない。リクライニング付きのシートはフカフカで、たとえ寝てしまっても首や腰を痛めることはない。


 窓はガラスではなく、外部の様子が映されるモニタになっていて安全に景色を楽しむことが可能だ。


 また、ドリンクバー的な機材が据え付けられているため、お茶や冷たい飲み物各種が楽しめるほか、オーダーを貰えればストレージから温かい食事を提供することも可能である。


 そして二重構造になっているこのボックスには"地下"に降りる階段があり、その先にはトイレがある。高速バスから発想を得て実装してもらったものだが、まあこれはなくても困らないかも知れない。


 そもそもカーゴを運ぶパイロットだって用を足しに行く必要があるわけで、結局定期的な休憩というものは必要なのである。


 ここまで快適なカーゴを見せられた上、今までの実績を聞いた婆ちゃんはようやく観念をしてカーゴに乗り込むことを承諾してくれた。


『そこまで長時間のフライトじゃないし、ルッコさんだって乗るんだから大丈夫だよ』

『ルッコが居たところでねえ……まあ、レニーを信じて乗ることにするよ』

『……母さん……』



 キリンに連絡を取り、現在地を送ってもらった所、予定通りの位置、我々が居る森から東にあるシーハマ村の沖合に停泊しているとのことだった。


 合流地点を村から南の海上に指定し、共に移動を開始する。


◆新機歴121年12月10日11時28分

 

 朝8時過ぎに出発をしてから3時間。現在地は森の出口に程近い場所にある開けた場所で、私達はそこに着陸して早めの昼食を摂っています。


 空の旅は思った以上に快適だったようで、婆ちゃんが嬉しそうにレニーにその様子を語っている。お気に召していただけたようで何よりだよ。


 このあたりは既に燐光の森ではなく、月の森に該当するようで、ちらりほらりと紅葉が確認できる季節相応の景色が広がっているんだけど、それでも12月にしては緑が多く、空気も何処か暖かい。


「ああ、半島の沿岸部は温暖な気候だからな。トリバから来ると暖かく感じるのは当然だ」


 ジルコニスタの話を聞いてピンと来た私はキリンに連絡をして周辺の環境データを送ってもらった。


『まったく君は妙なことを頼むよねえ、私だって暇ではないというのに……ま、こういうデータは私も嫌いではないがね』


 一言チクリと言われてしまったけれど、送られてきたデータは完璧なものだった。調べてもらったのは現在グランシャイナーが停泊している周辺の水温データで、思ったとおり海水温が高く、暖流が流れ込んでいることが確認できた。


 だから何だというわけではないのだけれども、前世の実家周辺に北国にしては暖かい場所があってさ、そこと何処か似ていてもしかしてと、気になったんだよ。


 そういう場所は魚種が豊富で、漁も期待できるんだよねえ。よしよし、グランシャイナーで待っているマシュー達の暇つぶしとして漁を薦めておこう。既に結構な食料が備蓄されては居るけれど、場合によってはどこかで炊き出しなんかするかも知れないからね。しまい込んでおいても痛むことはないし、穫れる時に獲っておかないと。


 さっさと昼食を済ませてしまった私は、レニー達が食事をするのを眺めながら周囲の警戒に務める事にした。やたらと広大な森だけど、王家の森やゲンベーラと比べると圧倒的に魔獣の数が少ないんだよね。


 ジルコニスタによれば、半島南部は元々魔獣があまり多くは無いようで、現在は半島北東部……つまりは帝都シュヴァルツヴァルト周辺に多く出るくらいだという。


『何故北東部にだけ魔獣が多く湧くのか不思議である』と言うジルコニスタに、理由を察した私は苦笑いを返すことしか出来なかった。


 帝国という国は、元を辿れば遺跡から発掘された"生きている機兵”、つまりは動体の発見を切っ掛けとして機兵開発のブレイクスルーが起こり、それに伴って発足された傭兵団達によって立ち上げられた国家だ。


 機兵がたくさん眠っている場所に集まったトレジャーハンター達の中から傭兵団が生まれ、その集まりがやがては国家になったと、つまりその場所というのが現在の帝都がある場所だ。


 帝都周辺には、かつての大戦で使われた機体達が多く眠っているわけだ。


 私達の装備品は、セキュリティが生きていればバリアが発生し、部外者が触ることができなくなっているけれど、何かの故障でそれが壊れてしまえばその限りじゃあない。


 勿論、故障している以上、武器としてまともに扱うことは出来ないけれど、小型輝力炉が生きていれば……色々とアレしちゃうわけで。


 かつてこの地に居た誰かが、故障して転がっていた私達の装備品を持って帰っていたとすれば……スミレ先生のお目覚めとともに、帝都周辺にじわりじわりと影響を及ぼしちゃったことでしょう。


 というか、他国に侵入してまで私達の装備品を集めて意図的な魔獣への変質化を研究していたわけなので、帝国が元々私達の装備品を所持していたのは間違いないだろうね。


 自業自得とまでは言わないけれど、帝都周辺に魔獣が集中してるのは人んちの装備品を勝手に持って帰ってしまい込んでるせいだよっていう。


 逆に言うと、半島南部には私達の装備品が無いのかも知れないね。魔獣が居ないことは無いけれど、あの数からすれば、よそから来たような感じだったし。


 と、そろそろ出発の時間だ。気づけば時刻はもうすぐ13時になろうとしている。少しゆっくりし過ぎてしまったね……。

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