第百四話 首都ルナーサ
あの日以来、乙女軍団に小さいながらも一人加わって車内が余計に賑やかになってしまった。
身体を持ったことによる変化なのか、今まで俺に遠慮していたのかはわからないが、以前よりスミレがおしゃべりになったのだ。
しかし、こうやって肉体を持つと表情もわかるようになって良いな。
今までは声のトーンでなんとなく察していた感情がよりよく分かる。
あれから既に10日以上はゆうに経過し、現在馬車はいよいよ首都ルナーサへ向かって走っている。
ルートリィでは大魔法使いの山に、ラウリンでは広大な田園と牧場に、そしてサウザンでは狩場に……と、それぞれ引っ張られそうになったのだが、肉体を持ったスミレが文字通り身を挺して我々を止め、なんとか予定を超過せずルナーサへ到着できることとなった。
ミシェルはこの行程を20日で踏破したと言っていたけれど、異世界馬車である俺の速度に迫るかなりのハイペースだ。
きっと、街への滞在も最低限にしてほとんど野営で済ませたんだろう。
よほど宝珠の元へ急ぎたかったのだろうな……よくやり遂げたよ。
「ほら、あれが見えまして? ルナーサの象徴、港の大灯台ですわ」
ミシェルが指差す方向を見ると遠くに僅かにだが、灯台のようなものが見える。
ここからルナーサまではまだ結構距離が離れているが、ここからでも見えるとは大灯台の名に恥じない立派な灯台なんだろうな。
やや高地にあるサウザンからゆっくりと下るようにしてルナーサへの街道は伸びて居る。
街道もこの辺りになるとライダーの姿を結構見かけるようになってきた。
フォレムに向かう者も居るのだろうが、その殆どはサウザンにある狩場、ゲンベーラ大森林に向かっているらしい。
王家の森同様、ゲンベーラ大森林も有る時から魔獣がポップするようになった土地である。
その前線基地的な街であるサウザンは、商業国家ルナーサにおいて唯一ハンターの街とも言える場所になっていた。
その規模はフォレムほどではないが、多くのハンター達が集い、大森林での一攫千金を目指して日々森に潜っては金を稼ぎ、夜は酒場で大盛りあがりをしているらしい。
今回は変なフラグでも立つと困るので早々に立ち去ったが、魔獣の件で少々気になることがあるので帰りに少し調査してみようと思う。
……きっと魔獣がポップするようになったのは我々と無関係では無いだろうからね。
やがて周囲に茂っていた木々が途切れ……遠くに見えるルナーサが一望できる場所に出た。
「わあ、しゅごい……」
「おお、これがルナーサか! 大したもんだ!」
「商人の街というよりこれは……」
「ふふ、まるで城塞都市と言いたいのですわよね? スミレさん」
眼下に広がる広大な街は……その周囲を機兵の身体であっても超えるのが難しい高さの巨大な壁で囲まれていた。
フォレムにも魔獣よけの防壁は設けられているのだが、ここまで高く立派なものではない。
確かに商業都市というよりは城塞都市と呼ぶのが相応しい作りだな。
「ルナーサはかつてルンシールと言う都市でしたの。
かつて火龍に追われたご先祖様が機神の導きで民衆と共にルンシールに国を移し、新たなルストニア王国を築いたのですわ。
その際に築かれた城壁はとても頑丈で、やがて戦火に巻き込まれても被害は少なく持ちこたえました。
そして時が流れルナーサとなった今でも修復されながらですが、現存していますの」
ルストニア時代からずっと? およそ3000年前からずっと現存してるってことじゃん!
言ってしまえばピラミッドを修復しながら今もなお使ってるっていうレベルの話か。凄いな、いうなれば遺跡に暮らしているようなもんだよね。ロマンを感じるなあ……。
ううむ、ルナーサにはルストニア時代の名残も数多く残ってそうだな。
依頼が終わったら少しゆっくりしてあちこち調査でもしてみるかな。
……きっとパイロットの二人も直ぐには帰りたがらないだろうからな。
……
…
そしていよいよ、ルナーサの大北門に到着した。
首都ルナーサには2つの大きな門が存在する。北には中央街道に出る大北門、南にはヘビラド半島方面、つまり帝国へ繋がる街道が有る大南門があるらしい。
そしてその他にも西側に控えめな西門があって、東には門はないけれど、代わりに港があるとのことだった。
我々が今か今かと順番待ちをしている大北門、流石は商人連邦の首都ルナーサだ。商人たちでごった返している。
順番待ちをする人を相手にした露店も多数出ていて、さっきから乙女軍団が多少落ち着かなくなっている。
この分なら2時間はかかりそうだし、多少なら露天を見てもいいぞ……と、言いかけた時……――
――こちらに銀色の機兵が2機駆けてくるのが見え、言葉を止めた。
一応警戒態勢に入るが……あの機兵はルナーサ自衛軍の機体だ。そう面倒な事ではないと思うのだが……普段が普段なのでやっぱり少々警戒してしまうな。
機兵達は俺達の馬車の脇で停止すると、ハッチを開いて中から兵士が声をかけてきた。
ああ……これはやっぱりまた職質される流れなのか……。
「失礼します! その特徴的な馬車、ミシェル・ルン・ルストニア様の馬車と見受けられますが、間違いありませんか?」
あれっ なんでミシェルが乗っているってバレてんだ?
その言葉を聞いたミシェルが馬車の扉を開き、颯爽と外に降り立った。
「これはわたくしの馬車ではなくてよ。そこで御者のような真似をなさっているレニー・ヴァイオレット嬢、彼女の機兵ですわ」
「そうでしたか! 失礼しました、ヴァイオレット殿、ルストニア様! では、確認が取れましたので、私共の案内に従ってあちらの門から入場願います!」
そう言われ指し示されたのは詰め所と隣接する閉ざされた門だった。
馬車に乗り込んだミシェルによると、あれは重役を通したり緊急性が高い仕事を受けたものを優先的に通すための門とのことだ。
今回の場合はミシェルという存在が乗っているということ、そしてそのミシェルがフォレムに足を運ぶに至った理由が極めて緊急性が高いものだったことから門の使用が許可されたらしい。
急がなくても良いって言ってたけど、兵士の口ぶりではそうでもなかったんじゃないか……?
ねえ、けっこうゆっくりしちゃったけど……大丈夫なんだよね……?
特別な門の使用許可が降り、待つことがなくなって俺やスミレはほっとしていたが、ミシェル達は不満顔である。
「折角……普段通れない大きな門を使えると思いましたのに……」
「あそこの屋台にさあ、蒸した芋にバター乗せたのがあったんだよなあ……」
「あっちにはね……でっかいエビが売ってたんだよ? ジュウジュウ音を立ててさ……」
全く緊張感がない連中だ……。
あの兵士の様子を見てないのか? 確実に……ミシェルを送り届けて終わり……とはならないかもしれないぞ、こりゃ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます