第五十八話 書店
◆◇レニー◇◆
カイザーさんはリックさんと話があるとかでお買い物は私達だけ。
普通女子3人ともなれば恋の話をしながら素敵なお店めぐり―となるんだろうけど……あいにく私とマシューは冒険者。ミシェルと言う女の子らしい存在は居るけれど、それでもそんな甘々な空気にはならなくて……。
「ったくよー、レニーも水くせえぞ?
ついでとばかりに、すっかり忘れてたおっちゃんの所に寄ったのがまずかった。
そもそも行くのを忘れてたのがまずかったんだけど、色々報告が遅れた分たっぷり時間を取られてしまった……。
「ま、まあまあ! 今度カイザーさん達も連れてまたゆっくりくるから! ね? 今はこの……ミシェルの依頼を受ける準備の買い出し中でさ、時間が……ね?」
まだまだ話したりない! しばらく店から離さないぞ! ってな感じのおっちゃんをなんとか振り切って、逃げるようにお店を後にした。
「ひゃー、あの店面白いかったな! 今度じっくり見に来ようぜ! なんだか見たことないパーツも結構あったしさ!」
「ふふ、マシューなら気に入ると思ってたよ。余所の狩場からも素材仕入れてるからね、ここらじゃ見かけないような変わったのが色々とあるんだよ」
マシューはオルトロスのハッチを開けてノシノシと歩いているけど、私やミシェルに併せて歩くので大変そうだ。
あれやこれやとお話をしながら暫くのんびりと歩いていると……ようやく特徴的な看板、大きな本のデザインが目に入る。本屋さんに到着した。
いつもは借りに来るお店だけど今日は違うよ。ふっふっふー買いに来たんだもんね!
「ねね、まだちょっと時間があるしさ、休憩がてら30分くらいここで自由時間にしよっか。興味がある本があったら目星つけといてさ、儲かったら買おうよ」
「お、いいね! じゃああたいはあっちみてくる!」
「ミシェルも好きなように本見てていいからね。依頼主さんなんだからゆっくり宿で待っててくれてもいいくらいだしさ」
「いえ、それには及びませんわ。わたくしの依頼を受けてくださった方々です。こちらからも全力でお手伝いさせていただきますわ!」
ミシェルはずっとこの調子で大張り切りしている。よほど大切な事情があるんだろうけど、ずっとこれじゃあ疲れて倒れてしまわないかと心配だよ。
っと、カイザーさんご指名の本を探さないとね。地図と図鑑を欲しがっていたけど今回は図鑑だけだったねーっと。むむっ! 知らない図鑑がある。
見慣れない本を手に取ってみるとかなり新しい。ここの本は貸し出しもしているから結構ヨレヨレになってるものも多いんだけど、これはピカピカだ。ちゃんとバステリオンの解説も載っている。
ただ、そこまで詳しく書かれてはいないね。これは今までの目撃情報を元に描かれた想像図。なので見た目はまんま大きなブレストウルフだ。
説明文も実物とは少し異なっているな。あいつが吐くのは炎じゃなくてもっと直線的な光線だ。多分ほかの珍しい魔獣もこんな感じなんだろうけど、一般的な魔獣を見る限りではきちんと解説されているし、絵も綺麗。よーし、この本に決めちゃおう。
気になるお値段は……なんと金貨1枚と銀貨20枚ッ! す、すこしオーバーするけどこれくらいパーティの必要経費、ここは気持ちよく支払ってしまえ!
さて、ほかのみんなはどうしてるかなっと、マシューは機兵関係の本に夢中のようだね。
メンテナンス方法やカタログは私も興味があるし、カイザーさんもきっと好きだろうから余裕出来たら買っちゃおうかなーって、あの様子ならほっといてもそのうちマシューが買うだろうし、そん時になったらみせてもらおっと。
さてさてミシェルはっと……。
へー神話・伝承コーナーか。面白そうなの見てるな……どれどれ……。
「ミシェル―、いい本あった?」
「きゃっ! あら、レニーさんですか……突然声をかけるのだからびっくりしましたわ……」
「ごめんごめん、何見てるのかなあって」
「え? あっ、いえ、お伽噺……いえ、神話と呼ばないと叱られてしまいますわね」
ミシェルが見ていたのは機兵文明をもたらした機神の伝承だった。
これはとある村の巫女一族に伝えられている伝承を元に書かれたお伽噺の類なのだけれども、内容は私もよーーく覚えているよ。
動物を従えた神様がこの世に機兵をもたらしたーってお話なんだよねこれ。
災厄の来襲を感じた神様はそれに備えるため天に帰ってしまう。その帰り際にお供の動物たちを地に放ち、聖典をもたらして我々人間たちに「機兵を作って備えよ」と言った……とかなんとか。
その機兵で戦争をしちゃったから怒って出てこない……とかかいてるんだけどさ。
最終的に悪いことをすると後で困るのは自分たちだよというお説教的な内容になっているんだよね。
これを実際に起こった史実であるという人たちと、吟遊詩人の戯言だという人たちとこれまた喧嘩してるんだけども、だから神様もあきれちゃうんだよって思うんだよね。
まあ、私は少しだけ、すこーしだけ信じてるよ。お母さんからもっと詳しい……けれど少しだけ内容が違う本をさんざん読まされたこともあってさ、その内容と当てはめると……カイザーさんってもしかして……って思う所もあるし。
しかし、ミシェルもこういう本好きなんだな、私と話があうかもしれないね。
「ミシェル、さっきからその本を熱心に見てるけど買って帰るの?」
「そうですわね、これはまた解釈が違う本ですし、買っちゃいましょう!」
報酬額からして思ったけど、ミシェルって結構なお金持ちさんだよね……。
こんなのホイホイ買えちゃうくらいだし……ルナーサの大商人の娘さんとかだったりしてね。
「じゃ、そろそろいこっか。借りもしないのに長居してると怒られるしね! ほらっマシュー、いくよ」
「おいおい、ちょ、ちょっともう少しだけ……な?」
「依頼の報酬で買ってじっくり読んだらいいでしょ! ほらほら!カイザーさんも待ってるから!」
ズリズリとマシューを引きずり、会計の所まで向かうと、ちょうどミシェルがお金を払う所だったんだけど、結構なお値段の本を3冊もドンと置いて涼しい顔で支払ってるものだから、本屋のおじさんが少しびっくりした顔をしていた。
普段なけなしのお金で本を借りてる私が連れてきたお客さんだからな……きっとミシェルの事もお金が無い子だと思ったんだろうな……失礼なおじさんだなあ。
うん? 待って? じゃあさ、私が買うと言ったらもっとびっくりするんじゃあ……。
ミシェルの会計が終わった後、私もミシェルをまねて涼し気な表情を浮かべながら本を置く。
「おじさん、今日はこれを買って帰るよー!」
「あいよ、銀貨1枚ねー…って、持ち出しちゃダメだよ! 中で読みな!」
「何言ってんの、おじさん! 今日は買うんだっていってるでしょ!」
「あん? 買うだって? レニー、冗談でもそんなこと言っちゃいけねえ、大体なあ……この本がいくらすると…」
「もーーーー!」
なんなのこの扱いの差! あったまきたから無言でお金をバンと置いたら金貨を摘まみ上げてかたまっちゃったよ。
「本物だからね! ちゃんと確かめて!」
「お、おう……た、たしかに……おい、おまえ……レニーだよな…?」
「ほんと失礼なおじさんだね! まったくもう! 私だって稼ぐときは稼ぐんだよ?
じゃ、またあとで来るからね! 次はちゃんと
まったく……。
マシューはゲラゲラ笑ってるし、ミシェルは困ったような顔をしてるし!
……マシューにはこの事カイザーさん達に内緒にするよう言い聞かせなくっちゃな……。
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