第50話 わたくし達を脅かす、二つの影 ③

 園への放火事件から数日後、次々に私が大事にしている施設への放火が相次いだ。

 園には2回の放火。

 病院には火炎瓶が投げ込まれ、怪我人が相次いだ。

 そして、恐れていたことが起きてしまったのです……。



「それは本当なのですか!?」

「はい! 只今消火活動に専念しておりますが……」

「三棟が炎に呑まれております!」

「消火活動に動ける人員が足りません!」

「死者も多く出ております!」



 狙われた施設は、身動きの取れないお年寄りを集めた、特別老人院を狙った放火でした……。

 先日視察に行ったばかりで、ベッドに眠るお年寄りたちにリコネルと二人で声を掛けていったのです。



「最後まで、ベッドの上で死ねるのは……本当に幸せな事です」



 そう言って涙を流していたご老人もいた。

 妻に先立たれ、子もおらず、一人最後まで働いて倒れてからこの場所に来たのだと。

 常に大事に持っていた奥様の写真。

 今もなお、彼のしわくちゃな笑顔に……一筋の涙を拭った感覚さえ覚えています……。



「怪我人は……死者の数は…どれだけ出ているのです」

「怪我人は三棟で124人……死者は……160人です」

「無事なご老人の方が少なく……申し訳ありません」



 その言葉に、私は唇を噛みしめました。

 血が滲むほど……それ以上に、胸が締め付けられました。

 一体誰が、何のために。

 弱者を狙い、弱者を殺していくのか。



「今すぐに、子供病棟の警備レベルを最大まで上げてください。その他の施設もです」

「はい!」

「これ以上、国民が苦しむ姿は見たくありません。なんとしても阻止するのです。そして、犯人を捕まえるために全力を尽くしなさい。宜しいですね!?」

「「「はい!!」」」

「エリオ」

「はい」

「後で話があります、執務室へ来てください」



 対策室から出ると、私とエリオは執務室へと向かいました。

 そこには不安げな様子のリコネルが既に待っており、顔色を青くして立っていました。



「リコネル、あまり無理をしてはいけません」

「でも心配で……」

「リコネル王妃、心配なのは分かりますが、もう御一人の体ではないのですよ?」



 そう、リコネルの懐妊が分かったのは、特別老人院に行った後の事でした。

 悪阻も妊娠初期からあり、あまり食事が食べれないリコネル。それでも国民の為にできることを探そうとして動いてしまう為、昨日ついに医師から安静を言い渡されたばかりでした。



「今度はどこが狙われましたの?」

「……」

「仰って」



 厳しい声に、そして優しい手が私の血の滲む唇付近に触れ、私は目を強く閉じたのち、リコネルを見ると「特別老人院が三棟……」と絞り出しました。

 その言葉にリコネルは目を見開き、立っていられなくなったのか、直ぐに私が抱きかかえると「何てこと……」と口を手で押さえました。



「子供病棟の警戒レベルを最大まで上げさせてきました。その他の施設に対しても、最大レベルで警戒するよう指示を出しております」

「当然ですわ! けれど……一体誰が何の為に」

「まるで狙い撃ちしたかのように弱者を狙った犯行ですね……」



 エリオの言葉に私たちも頷き、リコネルをソファーに優しく降ろすと、私はエリオが調べ上げてきた調査報告書を机に置きました。

 エリオに調べさせたこと……それは、行方をくらませたアルジェナに関する情報でした。

 アルジェナは一時的に教会で生活していたようですが、ある日を境に教会の備品を盗んで逃走……その後の足取りを探していると、どうやら男と一緒に行動していることが判明しました。

 その男の素性までは、まだ追い切れてないのです。


 この王国で知り合った男なのか。

 それとも……そう思った私は、元王妃のご実家に連絡を取り、チャーリーがその後どのように生活しているのかを問いかける書簡を送りました。

 すると、チャーリーは屋敷から金を大量に持ち出すと同時に姿を消したというのです。


 そして、既に元王妃を伯爵家の籍から外したため、その子であるチャーリーも庶民に墜ちたのだと連絡を受けました。



 まさか、チャーリーがこの王都でアルジェナと共に?

 リコネルを手に入れる為に、弱者を執拗に狙った犯行をしているのでしょうか。

 いいえ、それだけは、あってはならない事です。

 二人に『人』と言う心があるのであれば、弱者を狙う真似など……出来るはずがありません。



「アルジェナを捕らえることも可能ですか?」

「影の者を使えば……ですが、五体満足で捕まえる可能性は少ないかと」

「そうでしょうね」

「けれど、おかしな話ではありませんこと? 何故ジュリアス様が一番大事にしている施設をこの様に執拗に狙ったのかしら……かりにアルジェナの犯行だとしても、ジュリアス様が恨みを買う真似をなさるとは思いませんもの」

「リコネル……」



 リコネルの言葉にエリオも頷き「本当に不思議です」と口にしました。



「国王を陥れるための犯行としか思えませんわ。けれど、アルジェナに恨まれているであろうわたくしの商会も狙われて然るべきですのに……わたくしの商会への被害は軽微すぎますわ」

「確かに言われてみればそうですね。リコネル王妃の商会に被害は窓ガラスが割られるくらいの軽微なものしか入っていません」

「まるで、ジュリアス様だけを狙ったかのような動きですわ。けれど、共に仕事をしていて、ジュリアス様が誰かに恨まれる真似をなさったことは一度たりともありませんのよ? アルジェナだってジュリアス様を恨む理由がありませんわ」



 リコネルの言葉に、私とエリオは顔を見合わせました。

 これから先語り合うことは、リコネルに聞かれてはいけない。

 何より母体への負担が大きすぎるでしょう……今は安静にしていてくださらねばならないのに。



「リコネル、もう夜も更けてきましたからお腹の子を思って先にお休みください」

「でも」

「大丈夫ですよ、今後の対応はクリスタルにも力を貸してもらいます。流石の私も、堪忍袋の緒が切れてしまいましてね」

「そうですの、ではクリスタルさん、後はお任せいたしますわ」

『うむ、お子の為に早く休むがいい。我がこの度の問題に関してお主に変わり支えてやろう』

「……ありがとうございますわ」



 そう言うとリコネルはお腹を撫でて寝室へと戻っていかれました。

 今まで言葉を発しなかったクリスタルに目をやると、クリスタルは呆れた様子で窓の外を見つめ『阿呆めが、やらかしおったわ』と口にしました。



『まとめて殺しておけばよかったのう……』

「では、本当に……今回の犯人は」

『アヤツ以外にお主を恨む男が何処にいる。全てを勘違いし、全てを自分のシナリオ通りに動かねば気が済まないあの阿呆の所為で、沢山の死者が出おったわ』



 その言葉に、私は拳を握りしめ……ポタポタッと血が流れ落ちました。

 ――誰かに嘘だと言ってほしかった。

 ――誰かに、それは間違いだと言ってほしかった。

 けれど……現実は残酷で。



「直ぐに捕まえたところで、現行犯ではないのですから捕まえようがありませんね」

「ええ、痛い所です……彼らを誘き寄せることが中々難しい」

『誘き寄せればいいのか? ならば我が手助けしてやろう』

「クリスタルが……ですか?」



 思いがけない言葉に私が目を見開くと、クリスタルは優しく微笑み、目を閉じると白とも銀とも言い難い髪の色がリコネルと同じ金色に変わり、赤い瞳がリコネルと同じ美しい青へと変わりました。

 一見すればリコネルと勘違いしてしまうでしょう。



『リコネルを、そしてお子を危険にさらすわけには行かぬからのう。我をリコネルの代わりに連れ歩くがいい。必ず我の姿を見た阿呆が何かしら動くはずじゃ』

「……感謝いたします」

『良い良い、まずは今回死者が多数出ておる特別老人院へ、明日我を連れて行くがいい。今後いくつかの施設が狙われるやもしれんが、今がこらえ時じゃ。絶対に挫けるでないぞ』

「――はい!」

『エリオ、アルジェナと阿呆の動向を探るのじゃ。我が直ぐに制裁を加えたいところじゃが……リコネルの妊娠で我も真の力はまだ使えぬ』

「わかりました」



 こうして、クリスタルの手伝いの元、何とかして現行犯で捕まえらえれる方向で動くことになります。





=======

予約投稿となっております。

此処まで読んで頂き、有難うございます。



色々と話が大詰めになりつつある今日、リコネルの懐妊も入れたかったので書かせていただきました。

これからが本番と言う感じですが、最後までお付き合い願えたら幸いです。


そして、ジュリアス様頑張れっ!!


と、応援してくださる読者様がいらっしゃったら、応援よろしくお願いします。

ついでに作者への応援も少しだけあると幸せです。


また、★やハート、コメント等など、本当に励みになっております。

有難うございます!




★★おしらせ★★

【Caro laccio】―いとしい絆―

https://kakuyomu.jp/works/1177354054904644565


こちらの方も、谷中の最後までかけた小説では初期作ですが、応援ありがとうございます!

今後ともぼちぼち執筆していきますので、応援宜しくお願いします/)`;ω;´)

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