第5話 新しい領地での商売を始めましてよ!

 婚約が決まり、これで一段落ではありません。

 そう、彼女は必要最低限の服と、メモ帳とペンしか持ってきていないのです!

 翌日には急ぎ仕立て屋を呼び、リコネルの服を不自由の無い程度に仕立ててもらう事にしましたが、彼女は豪華な服は好まず、あえて、動きやすい学園にいた時の様な服装を何着か選びました。

 それでも愛らしい姿なのですが、理由を聞いて納得です。



「だって、動きやすい服装でなくてはネタが集められないではありませんの。それに窮屈な服装もイヤですわ。新しいネタ、新しい商品と言うのは少しゆったりした服装で構想を練るものですもの」



 そう言って微笑むリコネルに、執事とメイド達は呆れたような表情をしつつも、私よりも親子ほど年の離れた娘の言葉として受け止めました。



「無論、必要なときに必要な服装をするのは当たり前ですから、その辺りは心得ておりますわ。ご安心なさって?」

「ええ、多少は貴方の自由にして下さって結構ですよ」

「ありがとうございますわ! 差し迫ってお願いしたい事もございますの。ジュリアス様の領地に関わることですので書斎でお話させて頂いて構いませんかしら?」

「ええ。ああそれと、貴方も色々と集中したいでしょうから、リコネル専用の書斎も用意致しましょう」

「まぁ素敵!! 愛してますわジュリアス様!」



 本当に嬉しいのでしょう。

 高揚した表情で言われると、私としても嬉しく思います。

 何よりこのような見た目の私に「愛しています」と言って下さるのは、世界中探してもリコネルだけでしょう。



 さて、リコネルからの『お願い』とは一体どんな内容でしょうね。

 領地に関わることだと言う事は、何かしらの商売を始めるつもりなのでしょう。

 昨日、リコネルから軽く説明はされましたが、王都にある商店を閉めてこの領で商売を始めるのだと聞いています。

 その詳しい内容だというのは理解できますが、もと働いていた方々はどうなるのでしょう?

 取り合えず書斎へと向かうと、机を前に向かいあいました。

 途端――可憐なリコネルの姿ではなく、一人の商人の顔になったのを私は見逃しませんでした。



「場を設けて下さってありがとうございますわ」

「いえいえ、昨日お話されていた商売の事ですね?」

「ええ、王都で働いていた方々の半数以上は実は辺境伯爵領までは行きたくないと言うので、退職金を支払っておきましたわ。それでもそれなりの人数が、この領地へとやってくることになっていますの」

「ふむ……彼らがこの地でやっていければ良いのですが……」



 そう、私が危惧しているのは、見目麗しくないと言う理由だけで追いやられてきた民も多くいるからなのです。

 ですがその危惧は彼女の次の言葉で緩和します。



「辺境伯爵領に来る面子はそれなりの人数……と申しましたけど、中枢を担っていた担当だけですの」

「では、本当に一握りなのですか?」

「ええ、彼らは生粋の職人、もしくはアイディアマンですわ。それに見た目による差別を一切しないと神殿契約を結んでおります。それで、彼らの住む場所の確保及び、店舗を探しておりますの。できれば店舗兼彼らが住めるような大きな場所が宜しいのですけど」

「ふむ……」

「雇用に関しても考えてますの。わたくしの主な商売は小説や絵本製作ですわ。本は私が書く事も多いですけど、新たな風を入れる為に、こちらでも小説を書きたいと言う方は多いと思いますの。そう言う方の通り門を作ろうと思いますのよ」

「通り門と言うと」

「小説、絵本のコンテストですわ。賞金もお出ししますし、優勝、そして上位者には商会に入って頂こうと思ってますの」



 確かに、小説の真似事をしている人数はそれなりにいると聞いた事はある。

 そんな彼ら、彼女らの将来の職場が見つかるのなら、あり難いことこの上ないでしょう。

 リコネルは更に、年一回そういうコンテストを行い、小説を書く、読む、そう言う活性化をすることで女性を中心に職につけるのではないかと語った。

 確かに女性の社会進出はこの領では他の領よりは多いものの、まだまだ手を加えなくてはならない問題の一つ。



「解りました、彼らが生活するスペースがあり、店舗になる場所を探して提供しましょう。出来るだけ早く用意しますね」

「まだお話は終わってませんわ」

「おやおや、私としたことが気が急いてしまいましたね」



 更にアイディアがあると口にしたリコネルに、苦笑いしながら頭を掻くと「フフッ」と笑い次の提案をしてきました。



「それで、本には挿絵が無くては話になりませんわよね?」

「そうですね、出来れば挿絵があると読んでいて楽しいと思います」

「ええ、絵本なんかは絵が物語を語るといって過言ではありませんわ。そこで、画家を目指していたり、画家を目指していたけれど夢半ばで諦めた方も多いのではなくて?」

「それは……あるでしょうね」

「ええ、そう言う方々にもコンテストを開き、先ほどの小説と同じく優勝者と上位者には商店に入ってもらい、専属の絵師になって貰おうと思いますの。プロの絵師になれば卒業していただいても構いませんわ」

「なるほど……両方共に陽の目を浴びるのは中々難しい職業ですからね……」

「それに、プロの絵師になっても食べていける人数は限られていますわよね?そう言う方には画塾といって、絵を教える教室を開いてもらおうと思ってますの。これで食い扶持には困りませんわ」



 にこやかに語った彼女に、陽の当たらない職業に陽が当たったような気持ちになりました。



「他にも色々商売をしたいのですけど、差し迫ってはその二つですわね。印刷業はこちらにもありまして?」

「ありますよ」

「良かったですわ! まずはこの二つを起動に乗せるところから始めたいんですの。ジュリアス様も多少なりとお手伝いしていただけたら幸せですわ」

「いえ、それは出来ません」




 私の以外な言葉にリコネルは目を見開きましたが、私はクスクスと笑うと「それでは発案者の貴方の名が、私の将来の妻の名が領全体に届かないでは無いですか」と伝えました。

 この言葉にリコネルは顔を真っ赤に染めて暫くワタワタと動いた後、深呼吸をすると――。




「では、ジュリアス卿の次期妻であるリコネルが主導の商店であり、そのわたくしが出しているコンテスト……そう売りに出して宜しいのですわね?」

「構いません。貴方の名をこの領でも本物にして行きましょう」

「ああん! もう本当にジュリアス様には頭が上がりませんわ! もう大好き!!」

「ふふふっ」




 こんなやり取りを執事はにこやかに見つめ、それでいて本当に悪役令嬢だったのかと言う疑問が残りました。

 こんなに喜怒哀楽がハッキリしているのに、王都では悪役令嬢と噂されているのです。

 それもこれも、アルジェナと言う、あり難い泥棒猫と、全く優秀のカケラも無い王太子のおかげでしょうが、何時か悪役令嬢と言う名も払拭できれば良いのですが……。




「さぁ、こうして入られませんわ! サリラー執事!」

「はい、お嬢様」

「直ぐに商売が出来る上に、これからくる従業員の住居になるようなお店を調べ上げて下さらない? 一週間もすれば彼らが到着してしまいますわ」

「急ぎですね、お任せ下さい」

「そうね、わがままを言えば、隣にこれから雇う小説家、及び絵本作家、画家の仕事場もあると助かりますわ」

「ピックアップしてまいります」

「宜しくお願いしますわね」




 何事も即決。

 一緒にいて清々しいほどの彼女の決断力に私は紅茶を飲み、私がこれから王都でやることが増えた『お仕事』の事を考えながら、暫くの間だけでもリコネルとの幸せな時間を過ごしました。



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こんにちは、谷中です。

楽しんで頂けているでしょうか。


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