第363話 綴られた文字
「ユイトさん、今回はお疲れ様でした」
「はい! 無事に終えられてホッとしてます……!」
試食会も無事に終わり、僕たちは現在、王宮の敷地内を散歩中。
ハルトとユウマ、そしてレティちゃんが給仕姿で現れた時は驚いたけど……。
「リディア様と妃殿下もあのクッキー気に入ってたな」
「あれは素晴らしいお味ですから……」
「今度はいつ食べれるか楽しみだな~」
「お二人とも気に入ってくれたんですか?」
「「もちろん!」」
お礼のチョコチップクッキーにガトーショコラ、ベイクドチーズケーキもすごく気に入ってもらえたみたいで、リディアさんとレイチェル妃殿下がデザート担当のナタリーさんに作り方をすぐに習得する様にとお願いしていた。
妖精のニコラちゃんも手伝ってくれたと聞いて、バージル陛下とライアンくん以外は驚いていたけどね。
「レティちゃんもお疲れ様でした」
「ちょっときんちょうしたけど……。たのしかったです!」
「様になってたな!」
《 れんしゅうしたもんね~! 》
「えへへ……!」
レティちゃんは紅茶を注いで回っていたんだけど、食堂に入る直前まで侍女さんたちに紅茶の淹れ方を教えてもらっていたという。
何故かレティちゃんの肩に座るニコラちゃんの方が満足そうに胸を張っていた。
村に帰ったら、お店のメニューに紅茶を加えてもいいかも知れないな……。僕も紅茶を克服できるチャンスかも……?
「あぅ~!」
「メフィストもお手伝いしたかったねぇ?」
「あぃ~!」
「返事しましたね」
「お利口さんだな?」
「あ~ぃ!」
メフィストはあれから愚図る事もなく、オリビアさんと一緒に別室で待機していたみたい。侍女さんたちに可愛がられてオリビアさんも鼻が高いと満足そうだった。
「……僕、オリビアさんとレイチェル妃殿下があんなに仲が良いとは思いませんでしたけど……」
「「あぁ~」」
僕の言葉に、後ろに視線を送るフレッドさんとサイラスさん。
後方ではオリビアさんとレイチェル妃殿下、そしてリディアさんが歩きながら楽しそうに談笑中。
「オリビア様は妃殿下の“恩人”だと伺っておりますが……」
「俺は“憧れの人”って聞いたけど?」
「「「ん~?」」」
恩人に、憧れの人……? 一体、どういう関係……?
「おばぁちゃんがね、むかし、ひでんかをたすけたんだって」
「そうなの?」
「うん。おにぃちゃんがくるのまってるときね、ひでんかにおしえてもらったの」
「そうなんだ……!」
レティちゃんに詳しく訊いてみると、まだレイチェル妃殿下が幼かった時にお忍びで出掛けた先で攫われそうになったらしい。それを偶然通り掛かった冒険者のオリビアさんが助けたんだって。
その時は名前も訊けずに後悔したそうだけど、それからずっと心の中でお姉様と呼んで憧れの存在だったらしい。
だからバージル陛下に友人だと紹介された際、再会出来た喜びと興奮で「お姉様!」と叫んでしまったと……。同じパーティの人たちは大爆笑して、オリビアさんにお仕置きされたって。
「それからず~っと、おてがみのこうかんしてるってきいたよ?」
「だからライアンくんとも文通してたのか~!」
「オリビア様も元はAランクの冒険者でしたね……」
「未来の妃殿下を救うって凄いな……」
「「ホントに……」」
いつもの優しいオリビアさんからはあんまり想像出来なくて、元冒険者だったってついつい忘れてしまうな……。
だけどあの魔法を見れば納得か……。
トーマスさんといい、オリビアさんといい、色んな所で人助けしててカッコいい……! 僕もいつかそんな風にカッコ良くなりたい! ……けど、料理だけじゃムリだろうなぁ~。
なんて、自分で勝手に想像して少し落ち込んでしまった。
「だっ!」
「ん~? メフィスト、どうしたの?」
僕の頬を、そのふわふわした可愛い手で撫でてくれる。
「あぅ!」
「ふふ、慰めてくれてるの?」
「あ~ぅ!」
「あはは! ありがと!」
もしかしたら偶然触れただけかもしれないけど、思わず笑顔になってしまう。
「皆さん! こちらです!」
ライアンくんに案内されて辿り着いたのは、庭園近くにある噴水だ。
「わぁ~! かっこいいです……!」
「おっきぃねぇ~!」
「あぅ~!」
《 かっこいい~! 》
《 つよそう~! 》
僕たちが興奮するのも無理はない。
だって目の前には、アレクさんと一緒に見たあの
ノアたちも初めて見るパラディンの銅像に興奮したのか、ふわふわと飛んでいき間近で観察している。
「コレ、城壁の近くにも建ってました……! 近くで見ると大きいですね……!」
「これはこのフェンネル王国の初代国王が守り神として建てたものです! あと四体、王都の各地区に建てられているんですよ」
「しょだい?」
「らぃあんくん、しょだぃって、なぁに?」
「初代とは、この国を作った一番最初の王様の事です! 私のお爺様の、もっと昔のお爺様という事です!」
「おじいさま! すごいです!」
「おじぃちゃま、しゅごぃねぇ!」
「はい! 私たちはウォード家の末裔なのを誇りに思います!」
「まつえい?」
「らぃあんくん、まちゅえぃって、なぁに?」
「末裔とはですね……」
そんなライアンくんたちのやり取りを聞きながら、僕たちは噴水の真ん中で剣を掲げるパラディンを見上げる。その今にも動き出しそうな迫力に、ハルトとユウマは「かっこいい~!」とぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「……あ! あそこ、なにかかいてます!」
「え?」
「はるくん、どこ~?」
「けんの、さきです!」
「「え~?」」
ハルトの言葉に、ライアンくんもユウマも指差す方を見るが何も見えないらしく、首を傾げている。
フレッドさんもサイラスさんも顔を見合わせ、ハルトの元へと足を向けた。
「ふれっどさん、かくもの、もってますか?」
「えぇ。少し待っててくださいね?」
「はい!」
フレッドさんに紙とペンを貸してもらい、ハルトは噴水の縁で何かを書き写している。
ライアンくんとユウマもそれを興味津々で覗き込み、ハルトの目線の先と手元を交互に見ていた。
「かけました!」
「これは……、なんて書いてるんだろう……?」
「ん~、ぼくも、わからないです……」
「初めて見る文字ですね……。それより、文字が綴られている事を初めて知りました……」
「俺も気付かなかったな~」
フレッドさんとサイラスさんも初めて知ったらしく、よく見つけたなと感心していた。まさかハルトの視力の良さがこんな所でも発揮されるとは……。
「母上! お祖母様! こちらに来てください!」
「あら、そんなに慌てて……。どうしたのですか?」
「これを見てください!」
ライアンくんは妃殿下とリディアさんにもその紙を見せると、お二人とも首を傾げている。
「これは何と書いてあるの?」
「実は私たちも読めなくて……」
「初めて見る文字ね?」
「あのパラディンの剣先に書かれているそうです。ハルトくんが見つけてくれました!」
「まぁ……! パラディンに……? お義母様、御存じでしたか?」
「いいえ、私も初めてよ……」
リディアさんと妃殿下も初めて知るその文字に、見つけたハルトは少し気まずそうに右手で服の裾を弄っている。その後も傍に仕えるあの男性や侍女さんたちに訊いていたけど、皆さんやはり心当たりはないみたいだ。
「う~ん……。これは父上にも確認せねばなりませんね……」
「そうね、誰も気付かなかったんだもの」
「もしかしたら……。極一部の限られた者しか知らない可能性もありますね……」
フレッドさんが呟いた言葉に、今度は全員が口を噤んでしまった。
「……ぼく、いけないこと、しちゃいましたか……?」
すると、それを聞いたハルトがしゅんと肩を落とし、申し訳なさそうにフレッドさんを見上げている。
「いいえ! そんな事は決して! これは大発見かも知れません! ハルトくん、よく見つけましたね!」
「ほんとう、ですか……?」
「えぇ! ねっ! サイラス!」
「えっ!? あ、あぁ! 誰も気付かなかったんだ! これはお手柄だぞ!」
フレッドさんに急に話を振られ、サイラスさんは慌てながらもハルトに「よくやった!」と頭を撫で始めた。
「……ばーじるさん、おこらない、ですか?」
「きっと父上も喜びます!」
「……えへへ!」
そして、ライアンくんの言葉に漸く笑顔を見せた。それを見てフレッドさんとサイラスさんがホッと肩の力を抜いたのが分かった。
まさかハルトが落ち込まない様にここまで必死になってくれるとは……。フレッドさん、サイラスさん、ありがとうございました……。
僕は心の中でそっとお礼を伝える。
「ふふ、これは私たちも何が書いてあるのか知りたいわね?」
「そうですね。誰も知らないなんて、ワクワクしてしまいます」
リディアさんと妃殿下も、楽しそうにその書かれた文字をなぞっている。
だけどその隣で少し浮かない表情を見せるのはオリビアさん。そしてレティちゃんもそう。二人ともきっとユウマの事を心配しているんだろう。
ユウマもハルトが書いた文字を見てからは何も言わず、ハルトの左手をただ握っているだけ。
もしかしたら……。
「おや、曇ってきましたね……」
「あ、ホントだ」
「降り出したら大変です。そろそろ戻りましょうか」
空を見上げると、先程まで快晴だったのが嘘の様に、どんよりとした雲が王都に広がりつつあった。
これは降るかもしれないなと慌てて王宮内に移動を始める僕たち。
「レティちゃん? どうしたの?」
すると、レティちゃんが一人その場に立ち止まったまま微動だにしない。
「……だめ」
「え?」
「……おじぃちゃん、たすけてくる」
「え!?」
そう呟いた瞬間、レティちゃんの足元に巨大な魔法陣が現れた。
青白い光を放ち、突風が巻き起こる。
「ふれっどさん! いそいでへいかといーさんさんに、けっかいをはるようにつたえて!」
そう叫びながら、レティちゃんは魔法陣と共に一瞬で僕たちの前から姿を消してしまった。
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