第330話 ユイトのお料理教室②
「では皆さん、各自手を洗い、作業台の前へ移動してください」
「「「はい!」」」
キレイに手洗いをし、子供たちはソワソワしながら作業台の前へと移動する。一緒にいる
そしてお米を見て子供たちは首を傾げている。中にはお米の匂いをクンクンと嗅いでいる子も。
「お米を見るのは初めてという方が多いと思います。今日はまず初めに、簡単なお米の研ぎ方をお教えします」
僕の言葉に、全員が姿勢を正す。ふと奥の作業台を見ると、何故かネヴィルさんもしれっと参加していた。
僕の手伝いをしてくれる商会の人も、それを見て苦笑いだ。
「ユイト先生~!」
「はい。どうしましたか?」
手を挙げ僕に質問してくる男の子。名前は確かレオンくん、だったよな……。“先生”と呼ばれるのは少し気恥ずかしい。
「白いコメの中に、いくつか茶色いのがあります……」
そう言って、近付いた僕の前にそろそろと少し茶色いお米を差し出す。僕とそんなに目線は変わらないけど、声はすごく幼い。もしかしたら体格がいいだけで他の子も思ったより幼いのかもしれない。
「あぁ、これは“糠”ですね」
「ぬか……? 食べても問題ないですか?」
「はい。このお米の表面は、本来茶色い“糠”というもので覆われているのですが、皆さんの元に届くお米は予め精米してその糠部分を取り除いた状態で配送されるそうです。もし届いたお米に茶色い物が混ざっていても、体に影響はありません。気になる方は取り除いて使用してくださいね」
「分かりました!」
体に悪い訳ではないと知って安心したのか、男の子は笑顔でシスターさんの元へ。シスターさんも質問出来てエライわねと褒めていた。
「では早速、お米の研ぎ方から始めたいと思います。まず初めに僕が一通り手順をお見せしますので、流れを覚えていてください」
「「「はい!」」」
元気よく返事をすると、皆は僕のいる作業台の周りへ集まってくる。今日は子供たちも簡単に出来る様に、僕とオリビアさんがいつもする研ぎ方を少し変えて。
「まず、ボウルの中にたっぷりのお水を用意してください。そしてザルには量ったお米を入れておきます」
慣れている僕でもよく研いでいる途中でお米を水と一緒に流しちゃうから、慣れていないと溢す可能性も……。だからここでザルの出番だ。
「ではここからスピードが重要なので、素早く、尚且つ丁寧に作業をしていきます。水をたっぷり張ったボウルの中に、ザルに入れたお米を入れてすすぎ、表面に付いた汚れを取り除きます。そして汚れて濁った水からすぐにザルを上げて水を切ります」
皆、僕の作業を真剣に見つめている。そしてネヴィルさんも、まるで僕を射抜かんばかりに真剣な表情でメモを取っている。
「ここで素早くと言ったのは、お米は水に入れた瞬間からどんどんその水を吸収する為です。せっかく汚れを落としたのに、その汚れた水の中に入れたままだとお米はどうなると思いますか?」
「……汚れを吸っちゃう?」
「そう! お米は濁った水も吸ってしまうんです。どうせならキレイなお米を食べたいですよね? だからスピードが重要なんです」
「なるほど~!」
子供たちも意味が分かったのか、大きく頷いている。答えが当たったカリーナちゃんという女の子は嬉しそうだ。
「そして次は水を切ったお米を研ぐ作業。これは丁寧にお願いします。お米はとっても割れやすいので、力任せに研ぐと表面が割れて、お米の炊き上がりがべちょっとしてしまうんです」
水を切ってザルの中で優しく揉み、それが終われば水を入れて軽く混ぜ水を捨てる。水を三回程入れ替えてお米を研ぐ作業は終わり。
洗い過ぎも、お米本来の甘味や旨味が流れてしまうからだ。
「このお米の研ぎ汁は
実は以前、調子に乗ってお米を研いだ水を裏庭の花に撒いていたんだけど、その花が枯れてしまった。どうやら毎日あげるのは良くない様だ。それ以来、水やりは井戸の水。野菜の灰汁抜きには研いだ水という風に分けている。
失敗って大事だなと実感した。
「では、ここまでを皆さんに実践してもらいます! 分からない方は何となく進めるんではなく、すぐ声を掛けてくださいね!」
「「「はい!」」」
元気な返事と共に、子供たちはシスターさんと一緒にお米を研ぎ始める。あのネヴィルさんも裾を捲って真剣に研いでいる真っ最中。
会長さんは仕事熱心なんだなぁと感心してしまった。
「ユイト先生、出来ました~!」
「こっちも出来ました!」
「はい! 私たちも~!」
大きな声で出来たと報告してくれる子供たち。見て見て! と自分が研いだお米を見せてくれる。
「うん、皆上手に研げてますね! それではここに、キレイな水を張って一時間程置いておきます」
「一時間……?」
「そんなに……?」
長いと感じたのか、次々と困惑の色を含んだ声が漏れ始める。だけどそれは想定済み。ここで僕が予め準備しておいたお米を、商会の人に各作業台に運んでもらう。
「あれ? 私たちのと大きさが違う……」
「ホントだ!」
運んでもらったお米は、水を十分に吸いふっくらとしている。子供たちはシスターさんと一緒になって、水に張ったお米を凝視していた。
「それは皆さんが来る前に僕が予め準備していた水に浸けたお米です。今で丁度一時間くらいかな? お米の粒が白くて大きいですよね?」
「全然違う……」
「どうして~?」
「それがお米がキレイな水を吸った状態なんです。勿論、水に浸けなくても炊けますが、状態を見ると分かる様に、ふっくらして美味しそうに炊けるのはどちらか……。皆さんは分かりますよね?」
僕の問いかけに答える様に、全員が大きく頷く。真面目に話を聞いてくれているのが分かり、僕も身が引き締まる思いだ。
「では次に、この水に浸したお米を実際にお鍋で炊いていきます! 皆さんが研いだお米は、時間が経ってから手順をおさらいするのに再度炊いてもらいますので!」
「「「はい!」」」
これなら子供たちもシスターさんも手順を確認するのにいいよね。そんな事を考えながら、僕はちゃんとお米が上手に炊けます様にと心の中で祈っていた。
*****
「ユイト先生~! お野菜切れました~!」
「こっちもで~す!」
お鍋でお米を炊いている間、皆にはおかずになる料理を教えている真っ最中。最初は緊張気味だった子供たちも、料理をするうちに徐々に緊張が解れてきたみたいだ。
五つの教会から、計六人の子供たちが参加してくれている。
「あ、カリーナちゃん上手に切れてるね!」
「ホントですか? 嬉しい!」
「先生~! 炒めるのはこれくらいでいいんですか?」
「あ! レオンくんも美味しそうに出来てるね!」
「えへへ~!」
カリーナちゃんという十歳の女の子とレオンくんという十一歳の男の子はどちらもよく料理を手伝うらしく、今日も料理を教えてもらえると知りシスターさんにお願いして代表として連れて来てもらったそうだ。
二人とも将来は料理関係の仕事がしたいらしい。手際が良いのはそのせいもあるのかな? 応援したくなっちゃうな。
「ユイト先生、僕のは?」
「私のも見てくださ~い!」
僕がカリーナちゃんとレオンくんを見ていると、今度はダレスくんとシェリーちゃんから声が上がった。
「ダレスくんもシェリーちゃんのもすごく整ってるね! これは油で揚げるので、後でシスターさんと一緒に揚げてみましょう」
「「は~い!」」
今二人に作ってもらっているのはコロッケだ。
何てったって、ハルトとユウマが手伝ってるくらいだからね。
「セフィロスくんはどうかな? 分からないところはある?」
「…………(フルフル)」
「たくさんあるのにキレイに纏めてくれてるね! お米と一緒に食べたらすっごく美味しいからね。皆で一緒に試食しようね?」
「…………(コクン)」
言葉を発しないセフィロスくんには、お肉を捏ねたものを丸めてもらっている。どうやら元々口数の少ない子らしい。隣にいるシスターさんも困った様にぺこりと頭を下げている。
だけどここに来ているって事は、料理を覚えようとしてくれているって事だ。
さっきからずっと真剣な表情で手を動かしている。もしかしたら職人気質なのかもしれないな。だけど時折見せるはにかんだように笑う表情は可愛らしい。
「マリーちゃん、なかなか苦戦してるね?」
「う~……! 先生みたいに、キレイにまとまりません……!」
マリーちゃんが挑戦しているのは玉子焼き。一度手本を見せたんだけど、どうしても僕と同じ形にしたいらしい。
「マリーちゃん、最初は崩れても大丈夫だよ。最後に形を整える事も出来るからね」
「……でも、私も先生みたいにしたい……!」
「僕もいっぱい練習したから、初日で成功されたら困っちゃうなぁ~……」
「……絶対、美味しそうに巻きます!」
あれぇ~? どうやらマリーちゃんの闘争心に火を点けてしまった様だ……。失敗してもいいよと言ったつもりなのに、何故か俄然やる気になってしまった……。
シスターさんもマリーちゃんの性格は分かっている様で、見えない様に頭をペコリ。だけど顔は楽しそう。
「あら? ユイト先生! お鍋が……!」
シスターさんの焦った声に振り返ると、炊飯中の鍋から泡が溢れていた。他の作業台からも焦った声が聞こえてくる。
「あ、皆さん! そのまま蓋を取らずに火力を弱めてください。これくらいの中火……、ですね。このままの状態で二分、そしてさらに火力を弱めて十分待ちます」
「火力を弱める……。蓋は開けちゃダメなんですか?」
「はい。泡が出てきても焦って開けないでくださいね。中の温度が下がってしまうので」
「成程……」
僕の言葉に、シスターさんは開けようとしていた蓋からそのままそっと手を離した。そして中火にし、そのまま元の作業に戻ってもらう。
もう少しで完成だな~。蒸らし時間の間に揚げ物をして、炊いてもらった白米の他に、ご飯を炒めて盛り付けて……。
うん、これなら昼食の時間には間に合いそうだな。
何と言っても、習いに来てくれたシスターや子供たちの他にもこの孤児院には十数人の子供たちがいる。その子たちの昼食の時間に合わせて何とか完成させたい。
「あ、ユイト先生~! 下の子たちが……」
「え?」
焦ったシェリーちゃんの声に振り返ると、扉から孤児院の子供たちが覗いていた。背丈はユウマと同じくらいかな? 鼻をヒクヒクさせ、匂いを嗅いでいるみたい。
シスターさんは慌てて扉に駆け寄っている。
「おなかちゅぃた!」
「ごはんたのちみ!」
「ぼくのもある?」
なんて、次々に可愛らしい声が……。シスターさんも僕たちに向かってすみませんと頭を下げている。
……何だか、ユウマみたいで可愛いなぁ。
「皆の分もちゃんとあるからね。もう少ししたら呼びに行くから、それまで待っててくれるかな?」
「ほんと~?」
「おいちぃの?」
「うん、今お兄ちゃんとお姉ちゃんが頑張って作ってくれてるからね! 皆で応援してあげてね?」
「「「うん!」」」
すると、幼い子供たちは調理中の皆に向かってがんばってぇ~! と声を上げる。その声援に、皆一気に笑顔になった。
「お兄ちゃん、頑張る……!」
「美味しいの、作るからね……!」
うん、可愛い声援に皆もやる気十分だ。特にダレスくんとシェリーちゃんのやる気が段違い。弟と妹が可愛いのは皆一緒なんだな。
これなら試食会も安心かな?
そして声援の甲斐あってか、お米が全て炊き上がる前におかずが全て揃ってしまった……。
「本気、出し過ぎたかも……」
「お預けはツラいよ~……」
「…………(コクン)」
そんな悲痛な声が、部屋の中で響いていた。
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