第315話 ステラの想い人


 朝食を終えると、ユウマを抱えユランと共に冒険者ギルドへ向かう。

 外に出ると、丁度三時課9時の鐘が響いてきた。朝日が昇り、立ち並ぶ家々を照らしている。


「ねぇ、じぃじ~」

「ん? どうした、ユウマ」

「にぃに、たのちんでるかなぁ~?」


 こてんと小首を傾げ、オレに訊ねてくるユウマ。あまりの可愛らしさに自然と笑みが零れてしまう。

 オレ達がギルドに行っている間、ユウマはステラと一緒に過ごす予定だ。どうやらリースを作る約束をしているらしい。余程楽しみなのか、朝からずっとどんぐりグランを入れた瓶を離さずに持ち歩いている。


「そうだなぁ。二人とも嬉しそうだったから、きっと楽しんでると思うぞ?」

「レティちゃんは怒ってましたけどね」

「ハハハ! まさか大事なハンカチを忘れるとはなぁ」


 アレクとユイトを見送った後、しばらくしてレティが起きてきた。何やらムスッと頬を膨らませ、ユイトが穿いていたズボンからハンカチを見つけ出す。それを見てオリビアと二人で慌てたものだ。

 どうやら変な人に絡まれない様にとユイトを心配してをしていたそうだが、忘れたら意味がないと暫くの間お冠だった。宥めるのに苦労したが、セバスチャンが渡した石で位置が分かると聞き、漸く落ち着いた。

 ユイトが帰ってきたら説教されるに違いない……。


「えてぃちゃんねぇ、にぃにのこと、ちんぱぃちてたの」

「そうだな。レティは優しいから」

「はるくんもねぇ、ちんぱぃちてた!」

「それ、何となく分かる気がするなぁ~」

「ハハハ! ユイトは皆に心配されてるなぁ」


 ハンカチは魔力のないユイトを心配して用意したそうだが、一人にならない限りアレクがいるから大丈夫だろう。ユウマのふっくらとしたまろい頬を撫でながら、今朝の嬉しそうな二人を思い出す。


「レティちゃんって、才能あるんですね。普通は付与おまじないなんて出来ないですよ?」

「そうだなぁ……」


 ユランの言葉に、オレは頷く事しか出来なかった。


 ……正直言うと、オレはあの子の力が少し心配だ。人よりも遙かに多い魔力の量に、誰もが使えるわけではない高度な転移魔法。本人は気にしてなさそうだが、また利用しようと近付いてくる輩がいるかも知れない。

 オレもオリビアも、転移も付与も使えないからなぁ……。

 平気だと言っていたが、魔法を使ったとして、レティの魔力がどのくらい減るのかも分からないし……。


「今日は魔法を教えてもらうって張り切ってましたもんね」

「あぁ、攻撃魔法を覚えたいと言ってたな」

「えてぃちゃん、しゅごぃねぇ」


 今日はオリビアと一緒に庭で魔法の練習をするらしい。オリビアの得意な土魔法……。ハルトもノア達と一緒に稽古をすると張り切っていたからなぁ。

 帰ったら庭がどうなっているか少し不安なんだが……。

 いや、向かいにコールソンさんもいるし、大丈夫か……?


「ばぁばのまほう、ちゅよぃもんね!」

「そんなに?」

「うん! まものねぇ、いーっぱぃたおちてた!」

「そ、そうなんだ……」


 グランの入った瓶を両手で上下に動かすユウマを見て、ユランは引き攣った笑みを浮かべている。

 将来の事を考えて、レティを魔法学園に通わせた方がいいかも知れない……。だがステラも学園には通わず、オリビアに教わって立派な冒険者に成長しているしな……。まだ十歳だし、今からでも通わせてもいいんだが、それだと寮生活になる。それはそれでオレが寂しい……。悩ましいな……。


「じぃじ、どぅちたの?」

「トーマスさん、さっきから難しい顔してますね」

「いや、何でもないよ」

「ほんと~?」

「あぁ、大丈夫。ありがとう」


 目をパチパチとさせ顔を覗き込む可愛らしいユウマにつられ、オレもついつい笑顔になってしまう。ハルトもユウマもまだ五歳と三歳。教会で読み書きは教えてくれるが、村には学校も無いしなぁ。それにユウマにはスキルもあるし……。

 まぁ、それは村に帰ってから追々考えよう。






*****


「あ! ユウマく~ん!」


 三人で会話しながら歩いていると、少し先からステラの声が響いてきた。どうやらオレ達が来るのを宿の前で待っていたらしい。


「じぃじ、おろちてぇ~!」

「あぁ、転ばない様にな」

「うん! ねぇね~!」


 ユウマを下ろすと、ステラの元へと一目散に走り出す。昨晩だけですっかり懐いてしまった様だ。


「トーマスさん、ユランくん、おはようございます~!」

「おはよう、ステラ」

「おはようございます」


 ユウマと目線を合わす様にしゃがむステラはローブも杖も持たずに可愛らしい装いだ。今日は冒険者稼業は休みと言っていたから、ゆっくり休みたいんじゃないかと思ったが……。

 

「ステラ、今日は無理を言ってすまないな。暫くの間、ユウマの事よろしく頼むよ」

「はい! お任せください~!」


 何でも宿の女将にはユウマが入る事は既に了承済みだそうだ。食堂のテーブルを貸してもらうらしい。


「ゆぅくんねぇ、たのちみにちてたの!」

「そうなんですかぁ~? 一緒に素敵なリース、作りましょうねぇ~!」

「うん!」


 二人の微笑ましいやり取りを眺めていると、その向こうから老夫婦が歩いてくるのが見えた。そしてその間に目が不自由なのであろう杖を突いた青年が。

 通行の邪魔になるなとステラとユウマに声を掛けようとすると、その老夫婦が立ち止まる。


「あら? おはようございます」

「おはようございます。こんな所で会うなんて、奇遇ですね」

「え? あ! お、おはようございますぅ~!」


 その夫婦が声を掛けると、ステラは焦った様に立ち上がり身なりを整え挨拶を返す。心なしか頬がほんのり赤みを帯びている様な……?

 ステラの態度に、ユランと一緒に顔を見合わせる。


「その声はステラさんですか? おはようございます」

「テオドールさん、おはようございますぅ~……」

「まさかお会い出来るとは思いませんでした」

「は、はい……。私もですぅ~……」


 穏やかそうな笑みを浮かべるその青年に、ステラはモジモジと手を弄りだした。明らかに様子の違うステラの態度を見て、オレもユランもあぁ、と納得する。

 この青年が昨日オリビア達が盛り上がっていたステラの意中の相手か……。しかし、些か態度が違い過ぎないか? 普段の様子を知る身としては、こんなに変わるとは思わなかったがな。


「おはよぅごじゃぃましゅ!」

「あらあら、まぁまぁ! 可愛らしいお坊ちゃまですね。おはようございます」

「おはようございます。ステラさんの弟さんですか?」


 ペコリと挨拶するユウマに、老夫婦は眉尻を下げている。


「あ、えっと~……。この子はユウマくんと言って、あちらにいるトーマスさんのご家族です~……」


 オレとユランが軽く挨拶と会釈をすると、老夫婦と同様、その青年もこちらに体を向け微笑みながら挨拶を交わし会釈する。青年の瞳は見えていない筈だが、声で位置が分かったのだろう。その雰囲気に、不思議と惹き付けられる。


「おにぃしゃん、“ておどーる”っていうおなまえなの?」

「えぇ、そうですよ」


 今もユウマの近くにいるであろう妖精の“テオ”と同じ響きを持つ青年に興味が湧いたのか、ユウマは青年の足元に近付き見上げている。


「ゆぅくんのおともだちもねぇ、“ておくん”っていうの!」

「そうなんですか? じゃあ、私とお揃いですね?」

「ね! おしょろぃ!」


 うふふ! と笑いながら瓶で顔を隠すユウマに、どうやら青年に付き添っている使用人であろう夫婦は陥落した様だ。孫を見る様ににこにこと目を細めている。


「ておどーるしゃん、おでかけなの~?」

「そうですよ。今から商業ギルドに向かう予定です」

「しょうなの~? じゃあ、あしょべなぃねぇ」

「おや、私と遊んでくれるんですか? でも、残念ですね……」

「きょうね、ねぇねと“りーしゅ”ちゅくるの!」

「りーしゅ……? ……あぁ、もしかしてリースの事ですか?」

「しょうなの!」


 ゆぅくん、たのちみ! と一生懸命話し掛ける姿に、御婦人は何かを一考した後に口を開いた。


「ステラさん、良ければ私共がギルドに行く間、テオドール様も加えて頂けませんか?」

「「えっ!?」」


 突然の事に、ステラもテオドールという青年も驚きの声を上げている。

 この御夫婦もステラの気持ちに気付いているだろうし……。あの御夫人、オリビアと気が合いそうだな……。


「使用人の私がお願いするのも差し出がましいのですが、ギルドに向かうまでは人も多いですし……」

「簡単な用事ですので、私共も坊ちゃまには休んで頂いた方が安心なのですが……」

「え、えっと~……」

「ナンシー! ルーバンまで……!」


 あの青年は明らかに動揺しているが、ステラは心なしか嬉しそうだ。


「ておどーるしゃん、いっちょにあしょぼ!」

「ゆ、ユウマくん……!」

「ねぇね、だめなの~?」

「だ、ダメじゃ、ないですけど~……!」

「じゃあ、いっちょにあしょぼ!」


 ね! と笑顔で手を握られ、青年は諦めた様に息を吐く。


「ステラさんがいいのであれば……」

「わ、私は大丈夫です~……。よろしく、お願いしますぅ~……」


 顔を赤らめ、嬉しさを隠せていないステラを見ると、やはり年頃の女の子なんだなと微笑ましい気持ちで見てしまう。これは応援したくなってしまうな……。

 もしかしたらユウマも、ステラの気持ちに気付いて……?

 ……いや、それはさすがにないか。


「私達は冒険者ギルドに向かうんです。良ければ途中まで一緒に行きましょう」

「あら、よろしいのですか?」

「えぇ、是非。ユウマ、ステラの言う事をちゃんと聞くんだよ?」

「はぁ~い! ゆぅくん、だぃじょぶ!」


 ふんふんと満足気に頷くユウマと、頬を赤らめるステラ。それに、同じ様に頬をうっすらと染めるあのテオドールという青年……。

 小さい頃から知っているステラの恋だ。少しばかり後押ししたくなってしまうのは仕方ないだろう。


「ステラ、オレ達は行ってくるから。よろしく頼むよ」

「は、はい~! 行ってらっしゃい~!」

「じぃじ、ゆらんくん、いってらっちゃい!」


 ステラとユウマ、そしてテオドールという青年に見送られ、オレ達は冒険者ギルドと商業ギルドへと歩みを進めていく。

 そっと後ろを振り返ると、宿の中へと入っていく三人の姿が見えた。



( 帰ったらオリビアに根掘り葉掘り訊かれそうだな…… )



 そんな事を考えながら、四人で目的のギルド方面へと足を進めた。


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