第310話 背伸び


「リーダー、今日はスゲェ食うな……」

「エレノアさん、あの量どこに入るんでしょう……?」


 あれからアレクさんがひたすらお肉を焼き続けているけど、エイダンさんたちの食べる勢いが止まらない。僕もホルモンの他に色々と付け合わせを作ったけど、それもエイダンさんたちのお腹へとすぐに消えていった。


「エイダンさん、普段はあんなに食べないんですか?」

「基本食べる方だけど、いつもはエレノアとマイルズの方が食ってるなぁ……」

「気に入ってもらえたって事ですかね?」

「だと思う。マイルズも黙々と食ってるし……」


 リーダーのエイダンさんは、食べるより飲む方が好きらしい。護衛の時にお酒が飲みたいと言っていたメルヴィルさんと話が合いそうだなぁ、なんて思ってしまう。

 キッチンからふとリビングを覗くと、マイルズさんは黙々とサラダ、肉、白米を繰り返し食べ、時折トーマスさんとオリビアさんにこれも食べなさいとよそってもらった料理を嬉しそうに受け取っているのが見えた。

 エレノアさんは食べ方に品があるのに、いつの間にか周りの料理が消えている。ブレンダさんはいつもより食べるのが遅い気がするんだけど……。もしかしたら、エレノアさんと一緒だから……?

 観察していると色々と面白い……。


( あれ? ステラさんは……? )


 ふと周りを見渡すと、ソファーでステラさんとレティちゃんたちが楽しそうに喋っているのが見えた。

 メフィストをあやしながら、きっとオリビアさんの昔の話をしているんだろう。ハルトもユウマも興味津々といった様子でステラさんの話を聞いている。

 何だか保育園の先生みたいだ。

 もうご飯はいいのかな? とお肉をアレクさんに任せ、食後のデザートを持ってステラさんたちがいるソファーへ。


「……あれ? メフィスト寝ちゃったんですか?」

「そうなんですぅ~。いっぱい遊んで疲れちゃったんですねぇ~」


 近付くと、メフィストはステラさんの腕の中でスヤスヤと寝息を立てていた。さっきまで楽しそうな声が聞こえていたと思ったんだけど……。


「にぃに~。あちたねぇ、ねぇねとりーしゅ? ちゅくるの!」

「りーしゅ?」


 りーしゅって何だろう? 全く分からない……。

 そんな僕の様子が面白かったのか、ステラさんが笑いながら教えてくれる。


「ユイトくん、"リース"ですよ~! お花や木の実で飾った丸い輪っかですぅ~! ユウマくんの宝物、キレイに飾りつけするんですよねぇ~?」

「しょうなの! ゆぅくん、たのちみ!」

 

 話を聞くとどうやら明日、ユウマの宝物のどんぐりグランの入った瓶を持って、ステラさんの泊まっている宿でリース作りを教えてもらうらしい。オリビアさんとトーマスさんにも了承済みだという。皆も懐いてるし、ステラさんってかなり子供の扱いが上手なのかも……。


「ユイトくん、それ何ですかぁ~?」

「これですか? 今日ローレンス商会で買った食材でデザートを作ったんです。ひんやりしてて口の中もさっぱりすると思うんで、食べてみてくださいね」

「わぁ~! ありがとうございますぅ~……! 美味しそう~……!」


 小声で喜ぶステラさん。だけど両手が塞がっている為、レティちゃんが代わりに食べさせてあげると張り切っている。


「すてらおねぇちゃん、あ~ん」

「あ~……。……ん~! とっても美味しいですぅ……!」


 一口アイスを頬張ると、一瞬で蕩けた表情に。練乳入りのアイスに餅粉で作ったお団子。そしてきな粉をまぶした定番のデザート。黒蜜が無いのが残念だけど、ステラさんは気に入ってくれたみたいでレティちゃんにもう一口とおねだりしている。


「あいすね、にこらもいっしょにつくったんだよ!」

「そうなんですかぁ~? ニコラちゃん、お菓子作るの上手ですねぇ~! もっと食べたくなっちゃいましたぁ~!」


 レティちゃんの肩に座るニコラちゃんを見て、美味しいですとニコニコしているステラさん。


《 えへへ~! じょうずにできたの! 》

《 あいす、すっごくおいしい! 》

《 ぼく、これだいすき~! 》

《 ほんと~? またつくるね! 》


 アイス作りを頑張ってくれたニコラちゃんも、皆に褒められて照れている。ステラさんは皆の言葉は聞こえていないけど、その嬉しそうにしている様子を見て微笑んでいた。




「あれ? 二人ともどうしたんですか?」


 キッチンへ戻ると、そこにはトーマスさんとユランくんの姿が。


「あぁ、焼くのを代わろうと思ってな。アレクもユイトも座って食べておいで」

「ボクもお腹いっぱいになっちゃって……」


 どうやら僕たちが焼いてばっかりで、全然食べてないと思っているらしい。実際は僕もアレクさんもお肉を焼きながら味見と称してつまんでたんだけど。

 それに、いっぱい焼くぞ~、なんて思っていたものの、エイダンさん達の食べる勢いが止まらずひたすらお肉を焼いて、ちょっと胸やけが……。


「……あ、これだけ作ってもいいですか?」

「何だ?」

「あ。おコメ炒めたの?」


 僕が作ろうとしているモノに、トーマスさんもユランくんも興味津々だ。アイスを持って行っている間にアレクさんに焼いてもらったお肉を切って盛り付け、ソースをかけて青ネギリークをパラパラと。


「わわ……。美味しそうなの出来ちゃいました……」

「うわ、美味そう……」

「見た目もそそるな……」

「お腹いっぱいなのに……。食べたくなってきた……」


 気まぐれで作ったにんにくガーリクたっぷりのガーリクライス。

 焼き肉以外の料理も減っていたから、何か違うものをと作り始めたんだけど……。お皿に盛っているソレに、皆の視線は釘付け。

 お皿にバターと醤油ソーヤソース、商会で買い込んだ調味料で炒めたご飯を移し、そこにアレクさんが焼いた牛の魔物・シュティーアカンプのお肉を盛り付けてステーキソースをかけると、ガツンとボリューム満点のステーキガーリクライスの完成だ。

 見栄えも良くて、これは男性のお客さんにも人気が出そう……。お店の週替わりメニューにも入れようかな……。でもガーリクの匂いが……。う~ん、悩むな~。


「……皆で、味見しますか?」

「いいのか?」

「お腹いっぱいだけど、食べたい……」


 美味しそうなガーリクライス。

 スプーンを持って、アレクさんたちは味見する気満々だ。


「あれ? ユイトは?」

「……僕は遠慮しときます……」

「え、何で? 美味そうなのに?」


 不思議そうな顔で僕を覗き込むアレクさん。本当に分かってなさそう……。


「……明日出掛けるから、匂いが……」


 僕がそう言うと、ハッとした顔でガーリクたっぷりのソレを見つめている。

 せっかく二人で出掛けるのに、ガーリクの匂いが気になって集中出来ないのも嫌だし……。だからと言って、アレクさんがガーリクの匂いをさせてても僕は別にいいんだけど。


「……じゃあオレも、止めとこうかな……」

「え? アレクさんは気にしないで食べてください!」

「いや、オレも匂い気になるし……」

「いやいや、アレクさんは別にいいんです! 僕が勝手に……」


 そんなやり取りをしていると、どこからともなく深い溜息が聞こえてくる。


「二人で一緒に食べたらいいんじゃないか?」

「イチャイチャするなら、向こうでしてくださ~い」


 トーマスさんが小皿にガーリクライスを取り分け、ユランくんが僕とアレクさんをキッチンから押し出す。

 振り返ると、ユランくんがにこやかに手を振っている。あっちで食べろという事なんだろう。


「……食べるか」

「……はい」


 うん。二人で同じ匂いなら、ちょっとはマシかな……?






*****


「お。意外と寒くない」

「ホントですね。あ、星も出てますよ!」


 何となく皆の視線が気になり、アレクさんを呼んで二人でテラスに移動する。外はいつもより少し暖かく、テラスの床に腰を下ろして持ってきたガーリクライスを食べる事にした。


「そんなに気になる?」

「……ちょっとだけ」

「まぁ、二人で一緒に食べたら同じ匂いだし。冷めるから早く食お」

「……ですね」


 いただきますと二人で一緒に頬張ると、ガーリクの香りとお肉の旨味が口いっぱいに広がった。自分で作ったけど、これは美味しい……。


「美味いなぁ~! ダンジョン潜った後にこれ食ったら元気出る!」

「ホントですか? 嬉しいです! アレクさんの焼いてくれたお肉も柔らかくて美味しいですね!」

「今日は焼くのだけ上達したな!」


 そう言うとアレクさんは早々に食べ終わり、まだ食べている途中の僕をジッと眺めている。サンプソンたちも厩舎で休んでいるのか、周りには僕のスプーンがカツンとお皿に当たる音だけが響いていた。


「……何ですか?」


( ……あんまり見られると、食べ辛いんですけど…… )


 その抗議の意味も含めてジトリと見やると、アレクさんは目をとろんと細め、口元も心なしか緩んでいる気が……。


「え~? いや、ちゃんといるなぁと思って」

「……?」


 どういう意味かと僕が首を傾げると、アレクさんは静かに笑って僕の髪をくしゃりとする。僕でも分かるくらいに、その手付きは優しく柔らかいものだった。

 

「ユイト、明日は行きたいところある?」


 僕の頬を指先でするりと撫で、楽しそうに訊いてくる。


「えっと……。王都はよく知らないんで、アレクさんの普段行ってるところに、行きたい、です……」


 こういう時くらいしか、王都で過ごすアレクさんを見れないのは寂しいけど。せっかく二人きりだし、どういう所に行って過ごしているのか知りたい。


「ん~……。オレの行ってるところかぁ……」


 そう言ったまま、アレクさんは何か思案している様子だ。あぁ、やっぱりそういうのは面倒くさいかなと自分の言った言葉に少し落ち込んでいると、すごく近い場所から僕を呼ぶアレクさんの声が響いてきた。

 驚いて顔を上げると、目と鼻の先にアレクさんの整った顔が。そして、その綺麗な瞳と目が合った。思わず息を呑むとその目が優しく細められる。

 

「明日さ、朝早くても大丈夫か?」

「あ、さ、ですか……? だ、大丈夫です!」


 ドキドキして少しだけ反応が遅くなってしまった。

 いつの間にか握られた右手がほんのりと熱い。


「ちょっと遠いからさ。朝飯も外で食う?」

「は、はい!」

「ん。ならトーマスさんとオリビアさんにも言っとくな」


 すると、僕たちのすぐ近くでカサリと草を踏みしめる音がした。音のした方に顔を向けると、そこには顔だけ覗かせるドラゴンの姿が。

 おいで、と僕が呼ぶと、嬉しそうに尻尾を振りながら近付いてくる。

 だけど一定の距離でピタリと立ち止まり、鼻をヒクヒクさせて匂いを嗅いでいる様な……。


「……あ、か?」

「ギャウッ!」


 アレクさんが食べ終わった後の食器をひらりと翳すと、ドラゴンは鼻先にくしゃりと皺を寄せ、逃げる様に裏手にある厩舎へと駆けて行った。

 あんなにイヤそうな顔されると、普通に傷付く……。

 心なしか、アレクさんもしょげている様な……。


「……今度からはガーリク、少なめにしますね……」

「……だな」






*****


「じゃあね、皆。気を付けて帰ってね!」

「今日はありがとう。肉も美味しかったよ」


 楽しかった夕食も終わり、エイダンさんたちを玄関までお見送り。


「いえ、こちらこそ! 肉とタレまでもらっちゃって……」

「これで野営でも美味しい食事が食べれます!」

「楽しみです……」


 エイダンさんとマイルズさんの持って来てくれたお肉は多すぎるので、皆さんに食べてもらえる様にタレに漬け込んだ状態でアレクさんに渡してある。他のお肉や野菜も食べれる様に、瓶に入れた手作りのタレも大量に。

 特に喜んでいたのはエレノアさん。ブレンダさんと一緒で、かなりの大食漢だった。次の野営が楽しみだとご機嫌だ。


「ユウマくん、明日は楽しみにしてますねぇ~!」

「うん! ゆぅくんもねぇ、あちた、たのちみ!」


 トーマスさんとユランくんの用事の間、ステラさんがユウマを見てくれるという事になっていた。

 どうやらハルトとレティちゃんは家で留守番する様で、ユウマだけ別行動らしい。それも珍しいなと思ったんだけど、本人たちは楽しみにしている様子。

 ステラさんはユウマと素敵なリースを作ろうと約束を交わしていた。



「あ、僕、外まで見送りに行ってきます!」

「えぇ、お願いね」

「先に戻ってるよ」


 オリビアさんとトーマスさんに断り、門の外まで皆さんと一緒に歩いて行く。エレノアさんが少し離れているのを確認し、ブレンダさんの元へ。


「……ブレンダさん、次は一緒に作りましょうね!」

「……あぁ! よろしく頼む!」


 王都に向かう道中で約束したオムライスの作り方。今夜はお肉がメインだったけど、何とか王都にいる間に練習しようとコッソリ約束。エレノアさんの食べる量も分かったし、絶対にオムライスだけじゃ足りないから他の料理も教えよう……。


「リーダー、先行ってて」

「あぁ、ユイトくん今日はありがとう! またな!」

「ごちそう様」

「ユイトくん、またね」

「おやすみなさ~い!」


 門扉まで来ると、アレクさんはエイダンさんたちを先に行かせる。エレノアさんやマイルズさんも今日のお礼を言いながら僕に手を振り、宿へと帰って行った。


「……アレクさん、今日はありがとうございました」

「こちらこそ。ごちそう様」


 二人きりになった途端、アレクさんの目がまた優しいものへと変わる。

 何となく擽ったい気持ちになってしまう。


「明日は迎えに来るから。馬車乗り場まで歩くけど大丈夫か?」

「はい。楽しみにしてますね!」


 明日は朝からずっと一緒だ。

 今からドキドキして寝られないかも知れない……!


「アレクさん」

「ん?」


 周りに誰も居ないのを確認し、帰ろうとするアレクさんの腕を掴んで少しだけ背伸びをする。

 悔しいけど、この差を埋めるには背伸びするしかない。


 微かに聞こえるリップ音。

 そして、そっと唇を離すと、息を呑む音が聞こえた。


「あ、えっと……。明日、楽しみにしてます! おやすみなさい……!」


 足早にその場を去り、玄関の扉を開ける。


( あぁ~……! 顎にしちゃった……! )


 まだ胸がドキドキしている。


 ほんの少しだけ目的の場所には届かず、僕からのキスはあえなく失敗に終わった。

 ギルドの時は、アレクさんの顔を引き寄せたからかな……? まさか顎にしちゃうなんて恥ずかしい……。明日は成功させたいなぁ……。


( でも、こんな事考えてるなんて嫌われるかな……? でも、引っ付きたいし…… )


 あ、そう言えば僕の口、ガーリクの匂いするかもしれない……!

 そう考えたら失敗してよかったのかも……。あ、明日はドラゴンに匂い確認してもらおうかな……? でも、あの顔されたらショックだよなぁ……。


「ハァ~~~……。今夜はちゃんと牛乳飲んで寝よう……」


 ガーリクの匂いがマシになるかも知れないし……。

 どうか明日には匂いが消えてます様に!


 そんな事を考えながら、僕はパタパタと熱くなった頬を手で仰ぎながらトーマスさんたちのいるリビングへと向かった。






*****


 門扉の前で、オレは自分の顎を触りながら呆然と立ち尽くしていた。


 右頬にふわりと当たる髪の擽ったさと、自分の唇スレスレに触れた柔らかい唇の感触。



( ……いま、ユイトからキスされた……? )



 突然の事に思わず固まってしまい、言葉が出てこなかった。

 失敗したのか、少しだけ恥ずかしそうに声を漏らし、目を潤ませて照れた様にはにかむ姿。


「~~~ッグゥ……ッ!」


( アレは反則だろ~~~っ!? )


 成人するまでキスはしないって決心したばっかなのに、それを今更後悔しだした自分が憎い……! だけど正直、もう少しだけ屈めばよかったと思っている自分もいる。


( 明日、オレ……、ちゃんと守れるかな……? )


 そんな事を考えながら、オレは門の前で暫く動けずにいた。








「なぁ。アレク遅くないか?」

「どうしたんでしょう~?」

「ブレンダ、ステラ、心配ないよ。今頃ユイトくんと別れを惜しんでるんじゃないか?」

「そんな気がする……」

「ハハハ! アレクの変わり様には驚いたけどな」

「今のアレクは、幸せそうだ……」

「確かに」

「ユイトくんがいてくれて、よかった!」


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