第307話 お買い物②


「トーマスさん! 遅くなりました!」

「あぁ、おかえり。大丈夫だよ」


 急いで製粉店に向かうと、トーマスさんは店内でのんびりと商品を見ている最中だった。ハルトたちがいないなと見渡すと、奥のレジ前で店員さんにかまってもらっている様子。


「……どうした? 顔が赤いぞ?」

「えっ!? そうですか!?」


 あぁ~、アレを見たから……。


「急いで来たから暑くなっちゃったのかも!」


 アハハと話をはぐらかし、そろそろとその店員さんの元へ。店内には粉だけじゃなく、生のパスタや瓶詰めされた乾燥パスタも一緒に売られていた。マカロニもあるし、これはじっくり見たいな。


「こんにちは~」

「いらっしゃいませ!」


 挨拶すると、にっこりと笑顔で迎えてくれる白い制服を着た女性の店員さん。その手には、バットに並べられた数種類のパスタが。どうやらハルトたちに見せてくれていたらしい。


「あ、おにぃちゃん! これ、かわいいです!」

「ちょうちょのかたち!」

「いろもきれいなの!」


 ハルトたちが興奮気味に話すのは、そのバットの中にある小さなパスタ。

 覗いてみると、確かに小さな四角い生地の真ん中の部分が折られ、その形は蝶々に見える。色も野菜を練り込んであるのか、緑にオレンジオランジュと色も鮮やかでキレイだ。


「ここは粉以外にもパスタを売ってるんですか?」

「はい! 元々は製粉だけ取り扱ってたんですけど、冒険者さんや商人さん達が多いので宿屋の方からパスタは置けないかと相談がありまして」

「あ~。仕込むのに時間掛かりますもんね」


 王都は人も多いし、馬車の中から眺めた飲食店でもたくさんお客さんいたもんなぁ。他のメニューもあるだろうし大変そう……。


「なら、いっちょやってみるかと! 兄達と一緒に考えて、こういう形になりました!」


 ふふん! と胸を張り、片手で売り場を指しているお姉さん。ちょっとケイティさんに性格が似てて親近感が湧いてくる……。


「へぇ~! ご兄弟でお店を?」

「はい! 今も裏で作業してます!」


 兄弟でお店かぁ~。ちょっと羨ましいな……。

 レジの後ろには大きなガラスが張られており、そこで作業するお兄さんらしき人物が。少しだけ背伸びして覗いてみると、何やらのばした生地を機械に入れ、クルクルとハンドルを回し始めた。ニョロニョロと出てくる生地を片手で掬い上げ、手際よくバットの中に並べている。

 いいなぁ~! あの機械があったらお店のパスタも早く出来るんだけど……。


「あの……、あのパスタの機械って、どこで売ってますか?」

「あれですか? あれは兄達と友人の手作りで、売ってないんですよ……」

「えっ!? 手作り!?」


 あの機械を!? 普通に売ってる物じゃないんだ!?


「僕も店でパスタを仕込むんで、ああいうのがあったらいいなぁって思ったんですけど……。そっか、手作り……。凄い……」

「お客様もお店されてるんですか?」

「あ、はい。家族が経営してるお店を手伝ってます」

「にぃにのぱちゅた、おいちぃの! ゆぅくんもねぇ、だいちゅき!」

「わぁ! いいですね~! 私もパスタ大好きです!」


 そう僕が答えると、いつの間にかトーマスさんに抱えられていたユウマがふんふんと得意気な顔で店員さんに話し掛ける。恥ずかしいけど、お姉さんが笑顔で返してくれて良かった……。ユウマはとっても満足そうだ。トーマスさんも僕たちのやり取りを見て笑っている。


「おきゃくさま、いっつもおかわりしてます! たべたら、しあわせそうです!」

「よっぽど美味しいんですねぇ……! 私も食べてみたいです!」

「でも、しこみたいへんそう……。いっつもあさからやってるもん」

「量があると大変ですもんねぇ……。他の仕込みもあるでしょうし……」


 お姉さんはコロコロと表情を変え、ハルトとレティちゃんにも丁寧に相手をしてくれている。そしてふと後ろのお兄さん達を見つめ、う~んと何かを考えている。


「ちょっと待っててくれますか?」

「え? あ、はい……」


 そう言うと、お姉さんはそのまま裏の作業場へ。二人のお兄さん達と何やら話し合っている。その様子に、僕もトーマスさんも顔を見合わせ首を傾げた。




「お待たせしました~!」


 お姉さんが両手に抱えて持って来たものは、奥の作業台に乗っている物とほとんど変わらないパスタマシン。


「これ、改良する前の物なんですけど、良ければお使いになります?」

「え?」


 マシンをカウンターに慎重に載せ、ハンドルをくるくる回しながら僕に笑顔を向ける。


「兄達ももう使わないって言ってたので、お譲りしますが……?」

「え? いやいや……」

「ほら、兄達も良いって言ってますよ!」


 作業場を見ると、こちらに向かって手を振る顔に白い粉を付けた二人の男性が。ガラス越しの僕たちに投げキッスをして、かなり陽気な人達っぽい……。ユウマもハルトも笑顔で手を振り返している。レティちゃんはスンとしているけど、一応手は振り返していた。  


「ユイト、それがあったら助かるのか?」

「え? あれば生地を切る作業がかなり短縮出来るので……」


 トーマスさんはユウマを下ろすと、胸元のポケットから財布を取り出した。


「そうか。この機械は作るのにどれくらい金額がかかったのか教えてもらえるかい?」

「え? これですか……? 私はちょっと、分からないです……」

「そうか……。ならこれくらいなら足りるだろうか……?」

「えっ!?」


 トーマスさんが取り出したのは大金貨三枚。

 日本の貨幣価値にしたらおおよそ三十万円……。お姉さんが口元を押さえ焦っている。ガラス越しに見ていたお兄さん二人も、そのやり取りを見て血相を変えてこちらに駆け込んで来た。


「お、お客さん! それはそんな大金必要ないです!」

「そうですよ! 友達と酒飲みながら作った物なんで!」

「あ、バカ! そんな事言わなくていいんだよ!」

「あ、すいません!」


 何やら騒々しいお兄さん達に、ハルトたちはポカンとしている。


「でも作るのはタダじゃないだろう? これがあるとウチの店も助かると言ってるし、技術料という事で……」

「いや、ホントに……! そういうの好きなのがいるんです! だからこれも、使った材料はほとんどタダみたいな……」

「そうなのか? でもタダで貰うのは気が引けるしな……」

「そうですね、僕も売ってるお店があればそこで買おうと思ってたので……」


 村でヴァル爺さんにレンジを貰った時もそうだけど、お金を払わないとちょっと気が引けるんだよね……。値引きとかオマケは嬉しいんだけど!


「……ならここで、たくさん買ってもらったら一番有り難いかなぁ~、なんて……」

「こら! アイヴィー!」

「だってぇ~!」


 お兄さん達がお姉さんを叱っているけど、トーマスさんは僕にどうする? と目線で合図。う~ん……。


「あの、このお店にとうもろこしマイスの挽いた粉って置いてたりしますか?」

「マイスですか? はい! いっぱいありますよ!」

「わ! ホントですか? じゃあ、それと、乾燥パスタもあれば見せてほしいんですけど……」

「乾燥パスタはこちらですね~!」


 アイヴィーさんはどうぞ~! と瓶詰めにされたパスタの陳列棚に案内してくれる。


「あの、瓶詰めの物はショートパスタだけですか?」

「いえ、ロングパスタもありますよ! ただ折れやすいので横にして保管してます」


 すると、僕の真後ろの棚には乾燥したロングパスタが横に寝かせて陳列されていた。

 あ、僕の欲しかった細長いスパゲッティもある……!


「あの、このパスタが欲しいんですけど、在庫ってどれくらいありますか?」


 僕が欲しかったスパゲッティは、陳列されている他のショートパスタの種類に比べて在庫が極端に少ない。それだけ売れてるって事なのかな?


「あぁ~、それはそこにある分だけなんですよ~……。途中で折れちゃうからってあんまり売れなくって……」

「そうなんですか? 勿体ない……」

「冒険者さんや商人さん達が王都の外に持って行くのは、大体が乾燥させたショートパスタなんですよ。茹で時間もほとんど変わらないんですけど、やっぱり小さくまとめる方が良いみたいで。この辺りに住んでる方は生パスタばっかりなので、必然的に作る量も減っちゃいまして……」

「なるほど。じゃあ、ここの全部買っても大丈夫ですか?」

「え!? いいんですか!? あ、すみません! つい……!」

「いえ、このタイプの細いパスタが欲しかったので!」


 アイヴィーさんは思わず本音が漏れてしまったみたいだ。そんなに売れてなかったのか……。このパスタもナポリタンとかペペロンチーノとか美味しいのに……。


「あと、マイスの粉はどうします?」

「あ~、えっと……。どうしようかな……」


 お米は炊いてないのがまだ魔法鞄の中に別にして置いてあるし、米粉と餅粉はローレンス商会で買えたけど、マイスはどうしようかなぁ~……。あ、コーンフレークとか作って朝食にしてもいっか!

 ユウマを見ると、なぜかお兄さん達と遊んでいる。仕事は放っといて大丈夫なんだろうか……?


「マイスの粉は五袋分買おうかな」

「え? 多くないですか?」


 アイヴィーさんは心配しているみたいだけど、どうせ仕込んじゃうし帰りの分のご飯も作っておかないとだからなぁ……。

 小麦粉の五キロ分なんて、すぐに無くなっちゃう量だもんね。マイスもそんなに変わらないし。


「大丈夫です! あ、あとコレと、アレも……」

「えぇ~!? そんなにですか~?」


 僕の伝えた量に驚いていたけど、アイヴィーさんはもの凄く嬉しそう。正直な人だなぁと僕も笑ってしまった。






*****


「うわぁ~……。またスゴイ量だね……」

「いっぱい買ったわねぇ~!」


 お兄さん二人も馬車まで運ぶのを手伝ってくれ、馬車を牽くサンプソンと幌の上でうたた寝しているセバスチャン、幌の隙間から顔を出したドラゴンに驚いて袋を落としそうになっていた。


 馬車に買ったマイスの粉や小麦粉をどんどん積み込んでいくと、ユランくんはその量に驚き、オリビアさんは慣れているからかユランくんの反応を見て笑っている。ドラゴンもどんどん狭くなる馬車にクルルルと小さな声を上げて戸惑っていた。

 メフィストはぐっすり眠っている様で、ハルトとユウマが寝顔を覗き込んでいる。大きい音を出さない様に気を付けないと……!


「オリビアさん、見てください……!」

「あら、どうしたの? そんなに嬉しそうな顔して」


 自慢気にパスタマシンを見せると、オリビアさんもこれには驚いた様で何に使うのか興味津々。このパスタマシンの代金は結局受け取ってもらえなかったけど、商品を大量に買ったからか三人とも笑顔で見送ってくれた。付け替えの部品も貰えたし、これも商品にすればいいのに……。


「ユイト、後はあの肉屋でいいのか?」

「はい。洗ってキレイにしてくれるって言ってたので、そろそろいいかな?」


 あのお兄さん達に会うのは若干気まずいけど、トーマスさんもいるしさっきよりはマシだと思う……。


「おにぃちゃん、きょうはやきにく?」

「うん。アレクさん達も持って来てくれるって言ってたからね。他にもノアたち用にお肉の入ってないのも作るよ」


 すると、レティちゃんはもじもじと手を弄りだす。


「……わたしね、おだしのはいったおとうふ、またたべたい……」


 レティちゃんの久し振りのリクエスト。

 そんなに小声で言わなくてもいいのになぁ~。


「揚げ出し豆腐? 気に入ったの?」

「うん! ふわふわでね、おいしかった……」

「いいよ~! それと里芋ターロウの唐揚げも作るね!」

「ほんとう? うれしい!」


 レティちゃんは揚げ出し豆腐とターロウの唐揚げと聞いて、嬉しそうに鼻歌を口ずさんでいる。可愛いなぁと頭を撫でると、照れた様にはにかんだ。






*****


「あ! トーマスさん、あそこです!」

「お、あそこか。分かった」


 馬車がゆっくり停まるのを待ち、僕はトーマスさんと一緒にお肉屋さんへ。すぐに終わるからと、今度はハルトたちもお留守番だ。


「こんにちは~!」

「あっ! いらっしゃいませ! 準備出来てますよ」


 声を掛けると、さっきのお兄さんが笑顔で迎えてくれる。

 ちょっと顔を合わせるのが恥ずかしいけど、トーマスさんがいるから大丈夫……!


「おや? 確か屋台の……」

「あ、覚えててくれたんですか? そうです。ソーセージの屋台の」

「だな? あのソーセージ、美味しかったよ」


 トーマスさんもお兄さんを覚えていた様で、和やかな空気が店内に流れている。


「さっき頼んでた内臓と、あとソーセージ……。トーマスさん、何本にしましょうか?」

「ん? アレク達もよく食べるんだろう? 今日も三十本買っとこうか」

「そうですね。残ったら冷蔵しとけばいいし……。お兄さん、ソーセージ三十本お願いします」

「ありがとうございます! ……あ、ベルク~! あと十本持って来て~!」


 どうやらソーセージが足りなかったらしく、追加分を頼んでいる様だ。


「はいは~い。……あ、トーマスさん! お久し振りです!」

「ベルクって君の事か! 久し振りだな! もう傷はいいのか?」

「はい、おかげ様で」


 お兄さんの恋人さんはトーマスさんの知り合いらしく、二人とも会えて嬉しそうだ。このベルクさんは元々冒険者だったけど、今は辞めてここで働いているらしい。


「あ、トーマスさん。オレ、結婚したんですよ」


 その言葉を聞いて、僕は一瞬ドキリとする。

 恋人じゃなくて、結婚してたんだ……!


「ホォ~、そうなのか! おめでとう! 相手はオレの知ってる奴か?」

「はい! 目の前にいますよ! な、デニス!」

「あ、ハハハ……。楽しくやってます……」

「それで二人で店を? いいな! おめでとう!」

「ありがとうございます! あ、ユイトくんもさっきはごめんな?」

「あ、いえ別に僕は全然!」


 ちょっと早口になってしまったけど、このベルクさん、どうして僕の名前を知ってるんだろう?


「さっき? 何かあったのか?」

「「えっ!?」」


 トーマスさんの言葉に、僕とデニスさんはギクリと固まる。


「いや~、実はオレ達がキスしてるところ見られちゃって~。走って逃げちゃったんだよな。ホントごめん!」

「わぁ~! 何で言うんだよ……!」


 デニスさんは慌てているけど、ベルクさんは飄々としている。


「キス……。それは店内で……?」

「「あ、はい……」」


 僕とデニスさんが答えると、トーマスさんはハァ~、と深い溜息。


「……ベルク、店内では止めた方がいい……。客が驚くだろう……?」

「すみません……! 新婚なもので……。な?」

「こら! ベルク!」


 ベルクさんはあんまり反省していない様だけど、デニスさんは顔がまっ赤になっている。

 ……なんか、応援したくなってしまうな……。


「とりあえず……、注文してた物をお願いするよ……」

「は、はい!」


 慌てて用意しているデニスさんと、笑顔のベルクさん。

 男性同士で結婚している人を見るのは初めてだけど、お店も一緒にして、楽しそう……。



( 僕もいつかこうやって、一緒に暮らす日が来るのかな……? )



 今でもドキドキするのに、一日中一緒だなんて僕の心臓が心配だ。

 ……だけど、やっぱり羨ましいな……。


 そんな事を考えながら、お二人の姿に自分たちの姿を重ね合わせていた。


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