第224話 女神様の贈り物
『──お久し振りですね』
そう言って、僕たち兄弟を助けてくれた女神様が、目の前で優しく微笑んでいた。
「め、女神様……?」
『ふふ、驚いていますね?』
女神様は楽しそうに、まるで花が綻ぶような笑みを浮かべている。
「ここ、教会でした……、よね……?」
先程まで僕が祈りを捧げていた教会ではなく、見渡す限り真っ白で温かな空間に僕と女神様は立っている。
『えぇ。ユイトさんが私に祈っていたので、お会いしたくなりまして。つい、呼んでしまいました』
「そ、そんな簡単に……?」
会いたくなったからと言って会えるものなのか、疑問が残るけど……。
だけど、僕も直接お礼を伝えたかったから嬉しい!
「女神様。あの時僕たちを助けて頂いて、本当にありがとうございました。僕たち今、トーマスさんとオリビアさんという方たちに迎えてもらって、家族として暮らしているんです」
『えぇ、とても心優しい人たちですね。それに、周りにいる人たちも』
少しだけこの世界の神に頼んで、覗かせてもらいました。と、楽しそうに微笑む女神様。そうか、女神様以外にも、この世界の神様もいるんだ……。
きっと優しい神様なんだろうな。
『──ユイトさんは今、幸せですか?』
女神様は少しだけ眉を下げて、困った様に微笑んでいる。
そんなの、答えは当然……。
「はい! とっても!」
僕が満面の笑みでそう告げると、女神様はホッとした様に肩の力を抜き、ふわりと僕の傍に近付いてくる。
どうしたんだろうと思っていると、実は……、と申し訳なさそうに俯いた。
『ユイトさんたちに、謝らなければならない事がありまして……』
「僕たちに? 何でしょうか……?」
謝られるような事があったかな……? 全く思い当る節が無いんだけど……。
僕の顔に出ていたのか、女神様は苦笑いだ。
『こちらの世界には“魔力”という物が存在すると、すっかり失念していまして……』
「あぁ! 魔力!」
『はい、申し訳ありません……』
そう言うと、女神様はシュンとした様に肩を落とした。
どうやらこの魔力が無いと、魔法は使えないらしい。
この世界に飛ばされて、初めてカーティス先生に治癒魔法を掛けてもらっている間も、僕は魔力を受け取る器が出来ておらず、治癒の利きが悪かったそうだ。
僕としては今のところ、魔力が無くても全く問題は無いんだけど……。
あ、そうだ!
「僕のこの食材の横に出てくる“鑑定”? みたいな物って、女神様が付けてくれたんですか?」
『はい。あなたのお母様たちが知識を与えたいと仰ったので。どうですか?』
「とっても役立ってます! 家族にもお客様たちにも、料理が美味しいって言ってもらえるんです!」
『そうですか……。ユイトさんの役に立てているのなら、一安心です』
ところで……、と女神様は僕の肩に視線を移す。
そしてふわりと微笑み、可愛らしいお友達ですね、と姿を消していたノアをすぐに見つけてしまった。
姿を見せても良いと思ったのか、ノアは姿を現し、女神様に何かを必死に伝えようとしている。
『はい、はい……。ふふ、そうですね』
女神様がそう言うと、ノアはコクコクと首を縦に振っている。
いいなぁ。女神様は、ノアと話が出来るんだ……。
『えぇ、お話し出来ないのは、寂しいですよね』
「え? 僕また、言葉に出してましたか?」
『え?』
きょとんと顔を見合わせる僕と女神様。ノアは羽をはためかせ、目をパチクリさせている。どうやら僕の事ではなく、ノアが伝えていた内容だった様だ。すごく恥ずかしい……。
『どうやらユイトさんも、あなたと同じ事を思っていたみたいですね』
ふふ、と柔らかい笑みを浮かべながら、女神様はノアに優しく声を掛けている。
そして少し考える素振りを見せた後、僕にこう提案した。
『ユイトさん、ノアさんたちとお話し出来たら嬉しいですよね?』
「え? あ、はい! トーマスさんはノアと話せるんですけど、ずっと良いなぁって思ってて……」
『魔力を忘れていたお詫びに、お話し出来るようにしましょう』
《!!!》
「え!? いいんですか!?」
女神様の提案に、僕もノアも興奮してしまう。
ノアは嬉しい気持ちが抑えきれないのか、女神様と僕の周りを凄い速さで飛び回っている。
また目を回さないか心配だ……。
『ふふ。そんなに喜んで頂けると、私も張り切っちゃいますね』
そんな事を呟きながら、女神様はなにかを掬うように、僕たちの前に掌を重ねて差し出した。
その掌から、ふわふわと光の粒が溢れてくる。
『さぁ、初めての会話が楽しみですね』
そう微笑んで、掌から溢れる光の粒をタンポポの綿毛のようにふぅっと息を吹きかける。
あ、まただ……。
きらきら舞う光に包まれて、僕は自然と意識が遠のいていくのを感じた。
『ハルトさんとユウマさんも、もうすぐお爺様たちの知識や技術が目覚めると思います。私も、見守っていますね』
──そうだ。貴方の大事なご家族にも、同じスキルを贈りましたから。
その言葉を最後に、僕の意識はプツリと途絶えた。
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