第217話 お別れの日


「みんなを……、このおみせで、はたらかせてください……!」


 レティちゃんの縋る様な赤い眼に何とか応えたくて、僕は何が出来るか考えてみる。

 だけどその人たちに直接会ってみないと、っていう不安は正直あるんだ。

 僕も何か力になれたらいいんだけど、どうすればいいか……。


「……やっぱり、だめ……?」

「え……? あ、そうじゃなくて……!」


 しまった……! 僕が無言だったせいか、レティちゃんは肩を落とし悲しそうに俯いてしまった。


「えっと……。フレッドさん、その方たちは体調が戻ったらどうなるんですか?」

「その三名は現在、不本意でしょうが、不法入国という形にはなっています。奴隷の首輪を使用されていますから、本人の希望次第で国に帰す事は可能だと思います。しかし、このままこの国に滞在するとなると、仕事に就けるかどうかまでは……」

「そうですか……」


 レティちゃんは海を渡って来たと言っていたから、もしかしたらその人たちも遠い国から連れて来られたのかもしれない。

 隣に座るレティちゃんの頭を撫でると、不思議そうに首を傾げているレティちゃんと目が合った。


「……?」

「えっと……。その人たちは、レティちゃんの事、可愛がってくれてたの?」

「うん……! みつかっちゃうから、あんまり、おしゃべりはできなかったけど……。だけど、とっても、やさしいの……!」 


 奴隷の首輪を嵌められていたせいで自由はなかったが、三人とも幼いレティちゃんを気遣ってくれていたらしい。

 初めて会った日に渡したクッキーも、見つからない様に四人でこっそり食べたそうだ。

 とても喜んで大事に味わっていたと聞いて、クッキーを作ったオリビアさんは涙を堪えている。


「オリビアさん、僕としてはその方たちに直接会って話を聞いてから決めたいんですけど……。どうでしょうか……?」


 働かせてと言っても、僕の一存では決められないし……。

 もしかしたら、自分の国に帰りたいと思っているかもしれない。

 だけど、レティちゃんがこんなに必死にお願いするんだから良い人たちなのは分かっている。

 僕としては、レティちゃんが安心して心を許せる人が近くにいてくれたら、それだけで心強い……。


「えぇ、私も会ってからの方がいいと思うわ。ここで働きたいならそれでもいいし、他にやりたい事があるなら応援するし。それに今は体力を取り戻す事が第一でしょう? 動けるようになったら、どうしたいか確認する。レティちゃんも、今はそれでいいかしら?」

「ん……」

「さ、今夜はもう寝ましょう? 明日はお見送りしないとね?」


 オリビアさんが優しく問いかけると、レティちゃんも小さく頷いた。

 心配しなくても大丈夫よ、とレティちゃんを気遣う様に抱き寄せているけど、きっとオリビアさんはもう決めていると思う。

 トーマスさんも、オリビアさんも、そういう人たちだから。


「レティちゃん、おやすみ」

「うん……、おやすみなさい……」


 オリビアさんに連れられ、レティちゃんは寝室へと向かった。

 残ったのはトーマスさんとフレッドさん、そして僕の三人。

 ふぅ、と息を吐くと、トーマスさんはすっかり冷めてしまった紅茶を一口。


「ユイト、その顔はもう決めてるだろう?」

「私もそんな気がしてました」

「え……? 僕ですか……?」


 トーマスさんとフレッドさんは二人して僕の顔を見ると、呆れた様に笑っている。


「頭の中で、どういう仕事をしてもらおうか考えてそうだな」

「確かに」


 二人とも揶揄う様に僕を見ていて、何だか見透かされている様で悔しい……。


「それは……! トーマスさんとオリビアさんも、一緒だと思いますけど……?」

「オレとオリビアか?」

「私もそんな気がしてました」

「おいおい、フレッドまでそんな事言うのか?」

「フレッドさん、僕にも同じ事言ってましたけど?」

「ふふ、皆さんお人好し過ぎて……。私は心配ですよ」


 フレッドさんを見ると、何となく、何となくだけど、苦笑いしながらフレッドさんの眉が下がっている。

 そんな顔、初めて見たんだけど……。僕たちって、そんなに心配になる……?

 トーマスさんと顔を見合わせると、フレッドさんは我慢できないと言う様に笑いだした。

 お二人とも、何かする時は周囲に相談しないとダメですよ、と釘を刺されてしまう。

 フレッドさんは心配性なんだから……!


「さ、オレたちももう寝よう。フレッドも。明日からはゆっくり出来ないだろう?」

「そうですね……、少し早いですが休む事にします」


 寝たら、ライアンくんたちは王都に帰ってしまう。

 そう思うと……、


「皆さん帰っちゃうの、やっぱり寂しいですね……」

「おや、そんな風に言ってもらえるなんて嬉しいですね」

「あ、冗談だと思ってますね?」

「いえいえ、ユイトさんの気持ちはきちんと受け取りました」

「ホントかなぁ……?」


 顔を見合わせて二人で笑い出すと、トーマスさんは仲良くなったなぁと呟いた。


「さ、寝よう。二人とも、おやすみ」

「はい。皆さん、おやすみなさい」

「おやすみなさい」



 トーマスさんとフレッドさんと別れ部屋へと向かう途中、廊下がやけに明るく感じる。

 窓から外を覗くと、空には大きな大きな煌々と輝く満月が。


「わぁ……! 凄い……!」


 明かりは月光だけ。なのに、庭にあるフェアリー・リングの森へと繋がるあの木が照らされ、ほのかに輝いている様に見える。

 とても神秘的で、何だかずっと見ていたくなる光景だ。


「皆に見てほしいけど、明日は早起きしなきゃいけないからなぁ……」


 名残惜しいけど、もう寝なきゃ。


「あ、そうだ」


 何となく御利益がありそうだし……。


 どうか、ライアンくんたちが何事も無く王都まで帰れます様に。

 レティちゃんの言っていた人たちが、無事に回復します様に。

 皆で仲良く、幸せに過ごせます様に。


 僕はあの流れ星と同じ様に、煌々と輝く満月に向かってお願い事をした。

 まぁ、願掛けみたいな物かな……?


「ふわぁ……、僕も寝なきゃ……」


 明日も早起きして、ライアンくんの好きな物たくさん作ってあげよう。

 何を作ろうかな? そんな事を考えながら、僕はハルトたちが眠る部屋へと向かった。






*****


「ライアンくん、昨日はぐっすりだったね?」

「はい……。最後の夜だったのに……」

「朝から頑張ったから仕方ないよ」


 今朝はライアンくんたちの見送りの為、“オリーブの樹”は臨時休業……、はせず、開店時間を少しズラして営業する。

 皆で早起きをして、冒険者ギルドまで一緒に向かう事に。

 その馬車で過ごすのが、ライアンくんたちと過ごす最後の時間だ。


「殿下、迎えの馬車が到着した様です」

「分かった……。すぐに向かうよ」


 通りのお店が開き始める一時課6時の鐘が鳴った後、アーロさんがダイニングまで呼びに来た。

 ハルトとユウマは、朝からずっとライアンくんにベッタリで、今もライアンくんの傍に引っ付いている。

 ライアンくんの顔が……。うん、もう何も言うまい……。




「わぁ……! この子がサンプソンという馬ですか……!?」

「は、はい……! ライアン殿下が興味をお持ちになられたと伺いまして……」


 店の前まで迎えに来たのは、何とハワードさんの牧場にいる真っ黒な毛並みのサンプソン!

 ライアンくんが楽しみにしていた牧場への視察も、結局行けず仕舞いだったからと、フレッドさんがギルドまでの馬車を内緒でサンプソンに牽いてもらえる様に依頼していたらしい。

 サンプソンだけで他の馬の三頭分は牽けるって言ってたな……。

 ハワードさんは緊張しているのか、挨拶を済ませてからもずっとソワソワしっぱなしだ。


「ありがとうございます! ずっと会ってみたかったのです……!」


 そう言うと、ライアンくんは一歩一歩前へ歩みを進め、大人しく待つサンプソンに近付いた。


「……キミがあの時、私たちを助けてくれたのか……。ありがとう……!」

「ブルルル……」


 ライアンくんは通常の馬の倍以上の体躯はあるサンプソンを見上げ、目を細めながら礼を言った。

 それに答える様に、サンプソンは低く嘶く。

 ハワードさんは感激のあまり、言葉を失っている様だ。

 すると、ライアンくんの後ろからひょっこりと小さな影が顔を出す。


「ぼくたちも、さんぷそんのばしゃ、のれますか?」


 ハルトたちもサンプソンとの久々の再会に興奮している様で、ライアンくんと一緒にサンプソンを見上げている。

 そして大好きなサンプソンが馬車を牽くと知り、ハルトたちは乗りたくてうずうずしているのが目に見えて分かる。


「えぇ、大丈夫ですよ。特別大きな馬車を借りましたから」


 フレッドさんも、そんなハルトたちの様子にクスクスと笑いながら答えている。

 僕たちと初めて会った頃と比べると、今のフレッドさんの態度は凄い変化だと思う。

 多分だけど、気が張っていたんじゃないのかな? フレッドさんは真面目だからね。


「皆で一緒に乗りましょうね」

「うれしい、です!」

「しゃんぷしょん、のしぇてくれりゅの? ゆぅくん、うれち!」


 ハルトとユウマに気付いたのか、サンプソンがのっそりと顔を近付け、鼻先で二人の小さな鼻先に触れる。

 牧場に行った時も、馬たちでこうして鼻先を寄せていたから、サンプソンなりの挨拶なのかもしれない。

 そしてライアンくんにもそっと鼻先を近付け、その綺麗な鼻先にチョンと触れる。

 ライアンくんは凄い……! と、静かに興奮しているけど、馬車の横でハワードさんは非礼が無いかオロオロしている。


「おうまさん、とっても、おっきい……!」

「あ~ぅ~!」


 レティちゃんは初めて見た大きな馬に驚いていたけど、やはり興味があるのかオリビアさんと手を繋ぎながら眺めていた。

 メフィストもサンプソンとは面識があるからか、きゃっきゃと手を叩いて興奮している。

 そしてレティちゃんとメフィストにも鼻先を近付けご挨拶。

 トーマスさんもオリビアさんも、嬉しそうなレティちゃんとメフィストに頬が緩みっぱなしだ。


「あら、私にもしてくれるの?」

「ハハ! 何だ何だ、オレにもしてくれるのか?」

「ふふ、私にもしてくれるのですか?」

「おぉ、私たちもですか……!」

「ブルルル……」


 サンプソンは機嫌がいいのか、その場にいる全員に鼻先を近付けご挨拶。

 その様子にハワードさんは気を失いそうだったけど、そのおかげで僕たちはほっこりした気分になれた。



「さて、そろそろ出発しましょう。皆様、足元に気を付けて」

「「「はぁ~い!」」」


 フレッドさんの言葉に元気よく返事をし、ハルトとユウマはライアンくんと一緒に馬車の中へと楽しそうに入っていく。

 御者席に座るのはハワードさん。そして周囲には馬に乗ったアーロさんとディーンさん、サイラスさん、トーマスさんの四人が馬車を囲う様に並走する。

 他の警護の人たちは冒険者ギルドに集合しているそうで、その中にはブレンダさんも参加している。


「ハルトくん、ユウマくん、王都に来たら何をしましょうか?」

「えっと~……」

「はるくん、にゃにちてあしょぶの~?」

「ん~と~……」


 馬車の中ではもうすっかり王都で遊ぶ気満々のライアンくんとハルト、ユウマの三人が、何やら可愛い相談の真っ最中だ。

 まだバージルさんにもライアンくんの外出許可は貰えていない、と言うか、まだ伝えても無いんだけど……。


 そんな楽し気な三人を眺めつつ、僕たちは馬車に揺られギルドへと向かった。


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