第204話 アドルフの便利な魔法
「お、お風呂……。あるんですか……?」
「おぅ! ウチのはギルド所有の一軒家だからな! 始めっから付いてたぞ!」
イドリスさんの家は冒険者ギルドが所有する二階建ての広々とした一軒家らしく、ギルドマスターに昇任してから暮らし始めた時には既にお風呂は完備されていたらしい。
ま、まさかこんな身近にあるなんて……!
イドリスさんは一人暮らしの為、掃除が面倒でたまにしか使わないと言う……。
なんて勿体ない……!
「う、羨ましいです……!」
「そうなのか? ユイトは風呂好きなんだなぁ~?」
さすがにバージルさんたちが泊まりに来た時は風呂を使ったらしいけど、イドリスさんは普段あまり湯船に浸かる事はせず、大抵は体を洗って流して終わりだそうだ。
「そんなに入りたいなら皆で泊まりに来……」
「行きたいです!!」
「お、おぅ……!」
食い気味に答えてしまい、若干イドリスさんは引いている気がするけど!
このチャンスは逃せない!
「おとまりですか? ぼくも、いきたいです!」
「ゆぅくんも~!」
お泊りと聞いて、ハルトもユウマもはしゃいでいる。
「おぅ! 皆まとめて来い!」
「「「やったぁ~~~!!!」」」
ガハハと豪快に笑うイドリスさん。
何気に他の人の家にお泊りするのは初めてかも……!
お礼にサンドイッチをお土産に持って行こうかな?
あ、それか……、
「じゃあ、その日は僕がお礼に、イドリスさんの好きなものいっぱい作りますね!」
キッチンを借りてそのまま出来立てを食べた方がいいかも!
食べたい物を決めておいてください!
そう提案すると、イドリスさんは目を見開き口がわなわなと震え……、
「ま、マジか……!! やったぜ……っ! これで家でもサンドイッチが食える~~~っっ!!!」
ウオォオオオオ~~~!!! と叫び出し、皆の視線が一気に集まるのが分かった。
中でもキースさんは他の子たちが悪戯しないか付きっきりだったせいで、アドルフが僕たちにわしゃわしゃと洗われているのを見てまた固まってしまった。
念のため、手を振っておこう……。
「さ! アドルフ~! 洗い終わったよ!」
「まっさーじ、きもちよかったですか?」
「あどりゅふ、きもちぃ~?」
「ワフッ!」
僕がタオルで拭こうとすると、アドルフはすっくと立ち上がり体を捻る……。
もしかして……!
「あ、待っ……! うわぁあああ~~~!!」
「「きゃあ~!!」」
「うぉおおお~~!! つめてぇ~~~!!」
思いっきり体をブルブルと震わせ、全身の水滴を飛ばす。
体が大きい分、僕たちに飛んでくる水滴も量が多い……!
「ワフッ!」
アドルフはハルトとユウマのマッサージが気持ち良かったのかご満悦だけど、僕たちはしゃがんでいたせいでびしょ濡れ……。
イドリスさんも逃げる間もなく被害に……。
「アドルフ……、もう少し待ってほしかったな……」
「びしょびしょ、です……!」
「しゅごぃねぇ……!」
「豪快だな……!」
「クゥ~ン……」
さすがにびしょ濡れの僕たちを見て悪いと思ったのか、アドルフが申し訳なさそうに鼻をピスピスさせながら鳴いている……。
タオルで拭こうかなと思っていると、どこからともなく暖かい風が……。
「え? 何この風……」
その温風は僕たちの周囲を囲むように吹いている。
その証拠に、僕の足元にある芝生は風に靡いているのに、少し先の芝生は全く揺れてもいない。
「あったかい、です!」
「ぬくぬく~!」
「おぉ~! こりゃいいな!」
三人ともうっとりとした表情で風を浴び、リラックスムード。
確かに気持ち良いけど、これってどこから吹いてるんだろう……?
周りを見渡すと、アドルフが小さく一鳴きする度に風の角度が変わっている事に気付く。
あ、もしかして……!
「この風、アドルフが起こしてるの……?」
「ワフッ!」
そうだ! と言わんばかりに立ち上がり、激しく尻尾を振っている。
従魔も魔法を使えるの……?
びしょ濡れだった僕たちの服も髪も、すっかり乾いている……。
よく見ると、アドルフも濡れていたのにいつの間にかふわふわに……。
「あどるふ、まほう、つかってます……!」
「あどりゅふも、まほぅちゅかぃなの……?」
「「すご~い!!」」
興奮する僕たちにイドリスさんが教えてくれた。
グレートウルフは風魔法を操って、とてつもない速さで森の中を駆け抜けるらしい。
だから遠くに離れていてもあんなに早く辿り着けたのか……!
それに……、
「これ、洗濯する時に便利ですね……!」
雨や曇りでも洗濯物が乾くってスゴイ……!
いぃなぁ~! 僕もこの魔法が使えたらなぁ~!
「ユイトの頭は、そんな事ばっかりなのか……?」
またイドリスさんが引いてる気がするけど……。
だけど、洗濯物が乾くって結構重要じゃない?
「じゃあ泊まりに来る日はトーマスに伝えてくれ! 楽しみにしてるからな!」
アドルフの風魔法のおかげで、僕たちの髪も服もすっかり元通り!
桶やタオルを片付け終わると、手伝ってくれたイドリスさんはニカッと笑みを浮かべる。
「はい! 僕も楽しみです!」
「ぼくも、たのしみです!」
「ゆぅくんも~! たのちみ!」
サンドイッチはその日のメニューに加えるのが決まったな。
皆でのほほんと笑っていると、ブランコで遊んでいたトーマスさんたちの方からどよめきが聞こえてくる。
何だろう? と振り向いてみると、ブランコを掛けている庭の木がわっさわっさと揺れ、枝も木の幹も心なしか大きくなっている様な……。
「え……」
「おいおい……、なんだありゃ……」
「ゆれてます……」
「しゅごぃねぇ……」
「ワフ……」
僕たちが呆然と見ていると、揺れている木の幹が徐々に光り出す。
え? ウチの木って、光るの……?
常に食事中のダリウスさんやビリーさんたちも手を止め、食い入る様に見つめている。
ブレンダさんやキースさんも呆気に取られている様で、その場で動かない。
冒険者の人たちが動かないって事は、危険ではない……、んだよね?
「ハルト、ユウマ、行こ!」
「「うん!」」
心配で慌てて駆け寄ると、ライアンくんが慌てた様子でウェンディちゃんを止めている……。
傍にいるトーマスさんとオリビアさん、フレッドさんたちも呆然とし、トーマスさんの腕の中にいるメフィストだけが手を叩いて喜んでいる状態だ。
「れ、レティちゃん……! これ、どうしたの……?」
傍で見ていたであろうレティちゃんに声を掛けると、レティちゃんの口からは思いもよらない言葉が……。
「あのね、うぇんでぃちゃんのおともだち、よんでるの……」
「え……、ここに……?」
森の中で呼ぶものだと思ってたんだけど……!?
「うらやましかったみたい……」
「な、なるほど……」
「のぁちゃん、きますか?」
「のぁちゃん、ここからくりゅの~?」
「のぁちゃん……? たぶん……。うぇんでぃちゃん、がんばってるの……」
レティちゃんの言葉にウェンディちゃんを見ると、一生懸命両手を木に翳し、僕たちには聞こえないけど何かを呟いている。
いつの間にかグレートウルフたちも集まり、その様子をソワソワと眺めていた。
「うぇんでぃちゃん、がんばってぇ!」
「がんばれぇ~!」
ハルトとユウマは無邪気にウェンディちゃんを応援しているけど、トーマスさんたちはもう何かを諦めている様に頭を押さえ立ち尽くしている。
すると、光る木の周りにぽこぽこと小さな茸が顔を出し始めた。
その茸は徐々に成長し、木の周りをぐるりと一周する程の数が生え揃う。
この光景、前にも見たんだけど……。
「ウソだろ……」
「前代未聞です……」
僕の後ろから付いてきたイドリスさんと、ライアンくんの隣で呆然と立ち尽くすフレッドさんの声……。
サイラスさんとアーロさん、ディーンさんはライアンくんの周りに立っているけど、言葉が出ない様で、しなる木を只々見上げるだけ……。
「あ! あそこ! とびら、です!」
「しゅごぃ……!」
ハルトとユウマのはしゃぐ声に木の根元をよく見ると、そこには小さな小さな穴が開き、奥には扉らしき物が……。
「「「あ……!」」」
そしてその小さな小さな扉が開き、そこからひょっこりと顔を覗かせるのは……、
「「のぁちゃんだぁ!!」」
にこっと満面の笑みを浮かべるノアと、後ろから楽しそうにこちらを覗く妖精さんたちの姿だった。
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