第190話 レティちゃんのクレーム処理


「ふわぁ~……」


 ん~、ねむぃ……。


 ハルトとユウマ、そして一緒に眠るライアンくんを起こさない様にそっとベッドを抜け、細心の注意を払いながら部屋を出る。

 まだ夜も明けきらぬ薄暗い時間帯。

 今日の仕込みと、明日のライアンくんとレティちゃんの快気祝い、そしてバーベキューの準備のためにいつもより少しだけ早めの起床。


 トーマスさんに確認すると、僕たちを含めた参加人数は二十人以上になっていた……。

 これは定休日を選んで正解だったかもしれない。

 今日と明日は、アーロさんとディーンさんにもいっぱい手伝ってもらわないと……。


「ふわぁ~……」


 ん~、やっぱりまだねむぃ……。


 ふと窓の外に目を向けると、庭ではサイラスさんとディーンさんが見張りの為に起きていた。

 悪い人は捕まえたけど、ライアンくんの警護はまだ続いているみたいだ。

 まぁ、当然と言えば当然か……。


「サイラスさん……、ディーンさん……、おはようございます……!」


 まだ外は薄暗い。

 庭に出て、皆が起きてこない様に小さな声で挨拶を交わす。


「あれ? ユイトくん、おはよう……! 随分早いね……?」

「ユイトくん、おはようございます……!」


 やっぱり騎士なだけあって、二人とも眠そうな態度をおくびにも出さず、剣を腰に差し表情もキリッとしている。

 僕はさっきまで眠たくて、欠伸が止まらなかったのに……。

 尊敬しちゃうな……!


「明日の為にちょっと準備を進めようと思って……! 予想よりも多いので、ディーンさんにもいっぱい手伝ってもらわないといけないんですけど……」

「あぁ、任せてくれ……! 昨夜の手伝いで自信が付いたからね……!」

「ふふ、ディーンさんの作ったキャベジのトマト煮、美味しかったですもんね……!」


 昨夜、ディーンさんとアーロさんの作ってくれた料理はどれも美味しくて、僕たちは何度もお替りしてしまった。

 お替りする度に嬉しそうにはにかむ、お二人の顔が忘れられない。


「ディーンもアーロも、二人とも城に帰ったら騎士団の専属料理人に推薦しとくよ……」

「それだけは絶対にやめてください……!」


 ディーンさんのにこやかな顔が、一瞬で苦虫を嚙み潰したような表情になった。

 そんなにイヤなのか……。

 それはそれで、ちょっと見てみたい気もするんだけどなぁ~。

 騎士団寮、どんな所なんだろう……?






*****


「「「「「いらっしゃいませ(ましぇ)!」」」」」

「あぃ~!」


 今日も開店と同時に、お客様が次々と来店。

 日に日に多くなる気がするんだけど……?


「おきゃくさま、おひやを、どうぞ!」

「おきゃくちゃま、おてふき! どぅじょ!」

「「ありがと~!」」


 ハルトとユウマも手伝ってくれ、席に着いたお客様の顔もほころんでいる。


「お待たせ致しました。ミックスピザと厚焼き玉子サンドです」

「わぁ~! 美味しそう!」

「いい匂い~!」

「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」


 トーマスさんも接客が板につき、その渋い雰囲気と笑顔に着々とファンを獲得している。

 実際は、子供たちが大好きなおじいちゃんなんだけど……。


「あの~……、お持ち帰りのハンバーガーが出来るまで、あそこにいてもいいですか……?」

「あ、はい! 大丈夫ですよ!」

「わぁ! ありがとうございます!」


 お店の一角、そこには異様な雰囲気を放つベビーベッドが置かれている。


「あ~ぅ!」

「「かわいぃ~……!」」


 その周りには、愛嬌を振りまくメフィストを眺めながらハンバーガーを待つお客様で賑わっていた……。

 愚図るかと心配していたんだけど、今日はご機嫌の様子でお客様たちに遊んでもらっている。

 特に、メフィストに指を握られたお客様はメロメロといった様子で、僕が出来上がったハンバーガーを渡してもどこか上の空でボ~っとしている……。

 お気を付けてお帰り下さい……。



 今いるお客様の注文の品を一通り出し終わり、キッチンの仕事は少しの間だけ落ち着いた。

 お客様たちが美味しそうに食べているのを見ると、他にも色々食べてほしいなぁと思ってしまう。


 ローレンス商会の会長ネヴィルさんと、息子のクリスさんにお願いしたお米が手に入ったら、オムライスに丼に、カビーアさんのカリーと一緒にカリーライスとかね!

 色々想像が膨らむなぁ~!


「おにぃちゃん、これ、どこにおいたらいい……?」


 お米で出来る料理を考えていると、レティちゃんが僕の服の裾をちょんと遠慮気味に引っ張った。


「あ、ありがとう! このお皿はあの棚の二番目に置いてくれる?」

「ん、わかった……!」


 営業直前、ハルトとユウマがエプロンを着けた姿を見て、レティちゃんは自分も手伝いたいと言い出した。

 急だったため、レティちゃん用のエプロンはないけど、ライアンくん用のエプロンを借りて一生懸命洗い物をお手伝いしてくれている。

 退院したばっかりなんだから、ライアンくんと一緒にダイニングか部屋でのんびり過ごしててもよかったのに……。


「レティちゃん、嬉しそうね?」

「そうですね、以前よりも笑顔が増えた気がします」


 初めて会った頃よりもほんの少しだけ、頬もふっくらしてきたかな?

 今までが辛い生活を送ってきたんだから、ここでは楽しく過ごしてほしいな……。


 ガシャン!


「──……い! ……るんだ!」


 そんな事を思っていると、にわかに表が騒がしい。

 何だろうと店内で食事中の人たちは窓から外を覗いている。


「何かしら……?」

「割れた音もしましたよね……?」


 何かが激しく割れる音に、誰かの怒鳴っている声らしきものも聞こえた……。


「ちょっと様子を見てくるよ。子供たちを頼む」

「えぇ、お願い……。皆、私の傍にいてね……!」


 さっきまでの賑やかさが嘘の様に静まり返った店内に、レコードの音だけが響いている。

 ハルトとユウマも言いつけを守りオリビアさんの傍でジッとし、メフィストは冒険者のお客様たちが囲んでくれているから安心だけど……。


「おい! どういう事だ!? いつまで待たせるんだよ!?」


 トーマスさんが扉を開けた途端、男性の怒鳴り声が響いてくる。

 列に並んでくれていた他の冒険者さんたちが何とか抑えてくれている様だけど、興奮しているのかかなり怒っているみたい……。


「お客様、どうなさいましたか?」


 トーマスさんは穏やかな口調で訊ねるが、その男性は怒鳴る事を止めない。

 怒鳴り声を聞くと、ここに来る前を思い出して体が強張ってしまう……。


「おにぃちゃん、だいじょうぶ……?」


 僕の顔色が悪かったのか、レティちゃんが心配そうに僕を見上げていた。


「うん、大丈夫……。ありがとう……」

「ん……」


 レティちゃんはそれ以上何も言わず、僕の手をぎゅっと握りしめている。

 その温もりに、少しだけ安堵の気持ちが生まれた。


「申し訳ございません。他のお客様も同じ様にお待ち頂いておりますので……」

「だから何だ! オレもずっと待ってるぞ! いつまで待たせりゃ気が済むんだ!」


 先程からトーマスさんは冷静に、何度も丁寧に対応してくれているが男性は聞く耳を持たない。

 周りで待ってくれていたお客様たちも気まずそうに列を一人、また一人と離れていく。


 店内にいるお客様たちもそろそろ出ようか、と話し合っているが、まだ食事を始めてすぐなのに……。


「おにぃちゃん、おばぁちゃん。あのひと……、おきゃくさま……?」


 どうしようかと皆戸惑っていると、レティちゃんがポツリと呟いた。

 だけど、何故か耳元でハッキリ聞こえた気がする。


「え? えぇ……。待ってくれているから……」

「う、うん……。お客様だよ……」


 オリビアさんも僕も、本当はあんな乱暴そうな人を店内には入れたくはないんだけど……。


「オリビアさん、ユイトくん、あれは客じゃないですよ……!」

「そうよ! ただの嫌がらせよ! そんなに時間経ってないじゃない!」


 店内のお客様たちが一斉に言い出した。

 確かに、まだ開いて間もないけど……。


「……なら、おにぃちゃんも、おばぁちゃんも、あのひといなくても、こまらない……?」

「え?」

「レティちゃん……?」


 ポツリと呟き、レティちゃんはスタスタと騒がしい外へと向かって行った。

 あまりの事に僕もオリビアさんも反応が遅れてしまう。



「……おじさん」


 レティちゃんは外で怒鳴り続ける男性に向かって、何の躊躇もせず声を掛ける。


「あぁ!? なんだこのガキ!?」


 その言葉に、今度はトーマスさんがキレる寸前だ。


「なん……」

「おじさん、めいわく。きえて」


 トーマスさんの言葉を遮り、レティちゃんは男性に向かって手を翳した。

 すると男性の足元に巨大な魔法陣が現れる。


「は?」


「ばいばい」


 その瞬間、男性は驚愕の表情を浮かべたまま忽然と消えてしまった。


「え……」

「は……?」



「これで、あんしん……!」



 むんと胸を張り、勝ち誇った表情のレティちゃんに、トーマスさんもオリビアさんも、そしてお客様たちも、呆気に取られたままその場を動けなかった……。


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