第172話 アイラさんと兎耳
「じゃあ買い物が終わるまで、オレはここで待ってるよ」
「ぼくも、おじぃちゃんと、まってます!」
診療所を後にし、メフィストとレティちゃんの服を買いにカーターさんのお店にやって来た。
トーマスさんは以前と同じく、ハルトと一緒に店の入り口にある椅子で少し休むと言って座り込む。
「おや、また可愛い子が増えてるじゃないか!」
店先にはカーターさんのお母さんのマチルダさんが。
オリビアさんが抱くメフィストを見て、目尻を下げている。
「カーターくんにはお世話になっちゃって~! またお礼を持ってくるわね!」
「お礼なんていいんだよ! あの子も好きでやってるんだし!」
真っ赤な髪を揺らし、アハハと豪快に笑うマチルダさん。
……もしかして。
「マチルダさんって、娘さんとか……、いらっしゃいますか?」
「娘……? 嫁のアイラちゃんじゃなくて?」
僕の突然の質問に、オリビアさんもマチルダさんもポカンとしている。
「はい……。あの、冒険者の方に……、親戚とか……」
いらっしゃらないかなぁ~、なんて訊いてみたり……。
「……あぁ! もしかして姪っ子の事かい?」
「姪っ子さん?」
「姪ならいま冒険者で頑張ってるよ! ルーナって名前なんだけどね」
「わぁ! やっぱり!」
「ん? やっぱりって?」
僕の言葉に、マチルダさんは首を傾げている。
こうして見ると、何で分からなかったんだろうっていうくらい本当にそっくり!
「ルーナさんって、誰かに似てるとずっと思ってたんですけど、今日やっと分かりました!」
「アハハ! そういや旦那にもそっくりだって言われた気がするよ!」
豪快に笑う姿はやっぱり似てる。
ルーナさんはマチルダさんのお兄さんの娘で、お兄さん夫妻が亡くなってから十五歳まで一緒に暮らしていたらしい。
だから性格も似ているのかも……?
でもやっと分かって、何だかスッキリしたぁ~!
「あぶぅ~!」
すると、メフィストが早くと言わんばかりにオリビアさんの腕をぺちぺちと叩いている。
「あらあら、ごめんねぇ~?」
「アハハ! カッコいい服、見つけないとね?」
「あ~ぃ!」
カッコいい服と聞いて、メフィストの機嫌はすっかり元通り。
そして、ユウマはどこに行ったかと言うと、またカウンターの奥にいるアントンさんの膝に乗ってお喋りしていた。
お仕事の邪魔には……、なっていないみたいで一安心。
「どうせなら二人には肌に優しいものを着せたいんだけど……。どれかオススメはあるかしら……?」
オリビアさんが子供用の服を眺めながら、僕に抱えられているメフィストに服を次々と合わせて行く。
その片手にはこんもりと服が盛られているんだけど、もしかして全部買う気なのかな……?
「オススメかい? それならアイラちゃんの方が詳しいよ! アイラちゃーん! ちょっと来てくれるかーい?」
「はぁ~い」
カウンターの奥から、カーターさんの奥さんのアイラさんが出てきた。
アントンさんの膝に乗るユウマに挨拶をして、優しく頭を撫でてくれている。夫婦でお店に来る時はいつも仲がいいから、僕は目のやり場に困ってしまう。
あのお喋り好きのエリザさんでさえ、席を変えてほしいと言うくらいだから……。
「お義母さん、どうしたんですか?」
「あのね、肌に優しい服を探してるんだけど、アイラちゃん詳しいだろ? オススメしてあげてほしいんだよ」
「分かりました! それで服を着るのは……?」
「あぁ、この子だよ」
マチルダさんが目を細めながらオリビアさんの方を向くと、途端にアイラさんの顔が破顔する。
「新しく私たちの家族になったメフィストちゃんよ。また仲良くしてあげてね」
「あぅ~!」
「は、はい! 私はアイラよ。よろしくね、メフィストくん!」
「あぃ~!」
「か、可愛い~……!」
そう言えば、アイラさんもオリビアさんと同じで子供が好きだったなぁ……、なんてハルトとユウマが店員をしている時の事を思い出す。
ずっと可愛いを連呼していたからなぁ。
「あと女の子もいるんだけど、いまカーティス先生のところでお世話になってるのよ。だからまた服をちゃんと合わせに来るから、その時に改めて挨拶させてもらうわね」
「分かりました! その子の服もお任せください!」
「ありがとう! 助かるわ~!」
そう言ってアイラさんは次々とメフィスト用の服を取り出していく。
どれも生地が柔らかくて肌に優しそうだ。
「この生地は全てコットンで作られているので、赤ちゃんのお肌にも優しいんですよ。こっちは染色しているので色は違いますが、同じコットン素材です」
アイラさんはコットン以外にも何種類か服を用意してくれたけど、コットンとの違いを分かる様に準備してくれたらしい。
僕も触ってみると、やっぱり柔らかさが全く違う。
これにはオリビアさんも納得した様子で、今まで片手にこれでもかと盛っていた服の山からアイラさんと一緒に一枚一枚、丁寧に吟味し始めた。
そのおかげか、買う予定だった服の量は約半分に。
売らなかったら商売にならないわよ? とオリビアさんが言うと、お客様には本当に気に入った物を買ってほしいですから! とアイラさんは笑顔で答えていた。
「あと肌着と布おむつも同じ素材のがありますけど、ご用意しま」
「お願いするわ!」
アイラさんの接客に感心したオリビアさんは、食い気味に即答していた。
カーターさんと同じでアイラさんもお人好しだなぁ、なんて思っていると、ふと僕の目にふわふわの黒い生地が目に入る。
フード付きの大人用のローブなんだけど、とっても肌触りが良さそう……。
つい出来心でそれを手に取り、メフィストに被せてみる。
「う?」
メフィストは突然被せられたフードを掴み、不思議そうに眺めている。
「ちょっとだけ合わせてもいい?」
「あ~ぃ!」
あとここに、これがあれば……。
ダボダボに余っているローブの端を少しだけ上に持って行き、兎の耳を作ってみる。
「わぁ! 可愛い!」
「あぃ~!」
黒髪のメフィストに黒いふわふわの兎耳フード……!
生地が重いのか垂れてしまったけど、これはこれで可愛いんじゃないか……?
それにもの凄く似合ってる!
メフィストも楽しいのか、キャッキャと嬉しそうに手を叩いていた。
「ゆ、ユイトくん……?」
「な、何ですかそれ……?」
「わっ!?」
すると、オリビアさんとアイラさんが僕の背後からその様子をジッと見つめていた。
「あ……、勝手に触ってすみません……! メフィストに似合うかなと思って……」
「い、いいの! ユイトくんは商品を乱暴に扱わないって分かってるから! でも、それ……」
アイラさんは兎の耳を真似たフードを、食い入る様に見つめている。
「あ、子供用のフードに耳が付いてたら可愛いなと思って……」
向こうではそういう服、たくさんあったもんなぁ……。
僕がローブの端を離そうとすると、二人ともすごい剣幕でもう少し持ってて! と僕に耳を作らせたまま、これはいいわね、他の耳も作れるのでは? と話し始めてしまった……。
「あぶぅ~っ!」
「あっ! ごめんね、メフィスト! 暑かったね」
「あら、ごめんなさい! つい話し込んじゃって……!」
「私もお客様を放っておくなんて……! ごめんなさい!」
二人とも申し訳なさそうに僕とメフィストに謝ってくる。
だけどその目は、どこか爛々としているようにも見えた。
*****
「マチルダ、アイラちゃん、今日はありがとう~! とってもいい買い物が出来たわ~!」
オリビアさんはメフィストを抱えながら、とっても機嫌が良さそう。
その隣ではトーマスさんがこんなに買ったのか……、と袋を抱えているんだけど……。
レティちゃんと二人分だし、問題ない筈だ……。
「こちらこそありがとうね!」
「私も、とってもお勉強になりました!」
お店の外までお見送りに来てくれたマチルダさんとアイラさんは、ホクホク顔でオリビアさんにお礼を言っている。
「じゃあ、オリビアさん……。また完成したら、知らせますね……!」
「えぇ……! お願いするわ……!」
アイラさんとオリビアさんが最後に謎の握手を交わし、僕たちはやっと家へと向かう。
「ハルト、重くないか?」
「だいじょうぶ、です!」
「そうか、持ってくれておじいちゃんすごく助かるよ」
「はい!」
ハルトはトーマスさんのお手伝いで、少し小さめの袋を抱えている。
それでもハルトの両手には収まらないくらいの大きさだ。
率先して色々と手伝うようになって、頼もしくなったなぁと、ふと弟の成長を感じた。
僕はそんなハルトを見守りつつ、ユウマを抱っこしお喋りしながら歩いていた。
「にぃに~! ゆぅくんねぇ、あんとんしゃんにしゅごぃってほめりゃれたの!」
ユウマはふんふんと鼻を膨らませながら嬉しそうに話してくれる。
「そうなの? よかったねぇ! 何をしたの?」
「かとえーりゅごで、ごあぃしゃちゅ!」
「わぁ! スゴイ! ユウマ頑張ってるもんね!」
「うん!」
僕はちょっと教えてもらっただけで頭がクラクラしてきたのに、ユウマは真面目にお勉強しているみたい。かなり尊敬してしまう……。
あ、いい事思いついた!
「今度カビーアさんがスパイスを持って来てくれた時に、ユウマがカトエール語でご挨拶して驚かせちゃう?」
カビーアさんも、まさかユウマが自分の国の言葉を勉強しているなんて思わないだろうし!
「……! うん! ゆぅくん、がんばる!」
また鼻をふんふんとさせながら楽しそうに揺れるユウマを見て、ここに来た時よりも少しだけ重くなった体を抱えなおし、僕はほっこりした気持ちで家までの道を歩いた。
*****
「さぁ! ユイトくん、やっちゃいましょうか!」
「はい!」
帰る途中で明日のお店の食材も予約しておいたし、皆で昼食も済まして準備万端!
トーマスさんがハルトたち三人を見てくれているので、僕とオリビアさんは物置になっている部屋を片付けるべく、三角巾で埃除けのマスクをし、手には厚めの軍手をして完全防備でやって来た。
「やっぱり埃が舞ってるわねぇ~……。窓を開けて、換気しながら進めましょう!」
「そうですね。僕はこっちの片付けをしていきますね!」
「えぇ、お願いね! 私は冬用の服と毛布を出してくるわ」
早速二人で手分けして作業に移る。
ここには冬用の服と毛布の他にも、トーマスさんとオリビアさんが使っていた防具やアイテムがたくさん置いてあるそうだ。
決して、それが見たくて率先して片付けを手伝っている訳では……。
無いとは言えない……、かな?
レティちゃんがゆっくり出来る様に、きれいに掃除もしないとね!
「あら! 懐かしい~! これ、昔使ってたバックパックよ~!」
片付け始めてから数分後、オリビアさんが冒険者時代に使っていた大きいリュックを見つけ懐かしんでいる。
「わぁ~! これで冒険してたんですか?」
所々擦り切れて年季が入っているけど、オリビアさんはそれを愛おしそうに眺めている。
「えぇ、トーマスが
「へぇ~! 冒険ってどんな所に……?」
「そうねぇ、駆け出しの頃は色々行ったけど、ランクが上がってからは火の噴き出る火山や、雷獣のいる岩山にも行ったわねぇ……。ダンジョンも階層によっては砂漠だったり雪原だったりして大変だったわ……」
昔を思い出し、引き攣った笑いを浮かべるオリビアさん。
「ら、雷獣……! ダンジョンも……! スゴイです……!」
「冒険は大変だったけど、今でもいい思い出だわ~!」
こんなに優しいオリビアさんも、戦う時は容赦ないからな……。
目の前で見て確信したもん、この人を怒らせちゃダメだって……!
「ダンジョンのドロップ品はほとんど売っちゃったんだけど、確かこの辺りに……」
そう言ってオリビアさんがクローゼットの中をゴソゴソと漁り始めた。
さっきから片付けている筈なのに、なぜか散らかっていってる気がしないでもない……。
「あ! あったわぁ~!」
オリビアさんが両手に抱える大きな塊……。
僕これ、見たことあるなぁ……。
「使い方が分からなかったんだけど、この形が気に入っちゃって売らずに置いてたのよ~!」
キレイでしょう? とオリビアさんが見せてくれたその大きな塊には、上に大きなラッパの様な物が付いている……。
これってもしかして……。
蓄音機、っていうやつでは……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。