第170話 新しい生活


「ハァ~! 楽しかったわねぇ~!」

「いやぁ~! 素晴らしいものが見れました~!」 

「オレは全く楽しくない……!」


 バージルさんたちのお見送りを終え、今僕たちはカーターさんの荷馬車に揺られ、村へと帰る途中。

 オリビアさんはメフィストを抱えながら笑っているし、トーマスさんは僕に恋人が出来たのが寂しい様で、さっきからずっとこの調子。

 カーターさんにも一部始終目撃されていたみたいで、ユイトくんもやるねぇ、となぜか感心していた。


 因みに僕はと言うと、あんな大通りでなんて事をしてしまったんだろうと猛省中。

 見送りが終わった後も、イドリスさんはずっとニヤニヤしてるし、久し振りに会ったエヴァさんも私より先に恋人を作るなんて、と落ち込んでいた。


「あれくさん、こいびと、だめですか?」

「あれくしゃん、にぃにのちゅきなひとなの……」


 ハルトとユウマも、二人がかりでトーマスさんを説得してくれている。

 嬉しいやら恥ずかしいやらで、僕は内心この荷馬車から降りたい気分……。


「んんっ……! 分かってる……。分かってるんだが……! やっぱりおじいちゃんは寂しいんだよ……!」

「もぅ~! 仕方ない人ねぇ~! アレクならユイトくんの事、とっても大事にしてくれるって分かるから安心じゃない!」

「そうなんだがなぁ~……」


 それでもトーマスさんは拗ねてしまって、肩がしょんぼりとしている。


「トーマスさん、僕はこれからも一緒にいるのに、何がそんなに寂しいんですか?」


 昨日、僕が二人を養うって言ったばかりなのに。


「一緒にって……、いつかはアレクと結婚するんだろう?」

「け、けっこ……!?」


 思いがけない言葉に、僕は思いっきり動揺してしまう。


「それにアレクの事だから、ユイトが成人した途端に迎えに来るかもしれないしな……」

「あぁ~、それもあるわねぇ~!」

「あぶぅ~……!」


 なぜかオリビアさんも同調し、うんうんと頷いている。

 それを見たメフィストも、うんうんと真似をしだした。


「そうだろう? それにユイトの十五の誕生日まであと少ししかないじゃないか……」

「ホントだわぁ……! もし迎えに来たらどうしましょう……!」


 トーマスさんとオリビアさんの妄想は、止まるところを知らない……。


「アレクは案外、ロマンチストな気がするんだ……。花束を持って会いに来るかもしれない……!」

「まぁ! それは素敵ね! トーマスが私にプロポーズした時と同じだわ!」

「そうだろう? あの時は緊張で、前の夜寝れなかったんだ……!」

「もう~! バカな人ねぇ~!」


 誰か、この二人を止めてほしい……。


「おにぃちゃん、けっこん、しますか?」

「にぃに、どっかいっちゃぅの?」


 ハルトとユウマは、僕がどこかに行ってしまうのかと不安気な表情を浮かべている。

 もう! トーマスさんとオリビアさんが余計な事言うから……!


「大丈夫だよ? 僕はハルトとユウマを置いてどこにも行かないし、二人が嫌って言うまで一緒にいるって言ったでしょ?」


 心配そうな顔をする二人の頭を優しく撫でると、ハルトもユウマも僕にぎゅっとしがみついてくる。


「ぼく、いやじゃ、ないもん!」

「ゆぅくんも! じゅっといっちょ!」

「うん、僕も。二人と一緒がいいな」


 ハルトとユウマが落ち着くまで、しばらくこのままでいようと思う。

 だけど……、


「トーマスさん……? オリビアさん……? 二人をムダに不安にさせて……! 反省してください!」

「あぁ……! すまなかった! おじいちゃんが勝手に思い込んでいたんだ!」

「おばあちゃんもだわ……! ハルトちゃん、ユウマちゃん、ごめんなさい……!」


 僕が怒ると、トーマスさんもオリビアさんも二人に謝り、シュンと肩を落としてしまう。

 予想以上の落ち込み様に、はたから見たら僕が悪いみたいになってるけど……。


「ぼく、おじぃちゃんも、おばぁちゃんも、みんないっしょが、いいです!」

「ゆぅくんも! みんないっちょ! たのちぃの!」

「ハルト……! ユウマ……!」

「私たちも、皆とずっと一緒にいるわ……!」


 トーマスさんとオリビアさんは、二人の言葉に感激して目をウルウルとさせている。


「あぶぅ~!」


 すると、メフィストがオリビアさんの服を引っ張り、まるでボクは? と言っているみたい。


「ふふ! もちろん、メフィストちゃんとレティちゃんも一緒よ?」

「あぃ~!」


 それを聞いて安心したのか、メフィストはキャッキャと嬉しそうに手を叩き始めた。


「トーマスさんも、オリビアさんも! 良い子たちと出会えて幸せですね!」


 御者台に座っているカーターさんが振り向き、僕たちを見てにっこりと笑っている。


「あぁ、幸せだ!」

「私もよ!」


 満面の笑みで答え、僕たちの事をぎゅ~っと抱きしめてくる。

 トーマスさんはさっきまで落ち込んでいたのに、嘘のように嬉しそう。

 やっぱりハルトとユウマの効果は絶大だな……!






*****


「カーター、今日はありがとう! 助かったよ!」

「いえいえ! また何かあれば遠慮なく言ってください! では!」


 カーターさんと別れ、僕たちが降りたのは家ではなくカーティス先生の診療所の前。

 今日はライアンくんとレティちゃんのお見舞いだ。


「今日もいっぱいですね……」

「そうね、やっぱり魔物のせいかしら……」


 診療所には、怪我をした患者さんがたくさん並んでいる。

 僕たちはお見舞いだけなので、すぐに入れたんだけど……。

 この暑さの中、外で待っている人たちは辛そうだ……。

 外には冒険者の人たちに交じって、年配の人も並んでいた。


「トーマスさん、影になる物……。テントとかって無いんでしょうか?」

「そうだな、カーティスたちもこの数じゃ手が回らないんだろう……」

「そっかぁ……、何か手伝えればいいんですけど……」

「そうだなぁ……、あっ!」


 そんな事を考えながら、ライアンくんとレティちゃんのいる病室へ向かっていると、突然トーマスさんが何かを思い出したように大きな声を出し、案内してくれているコナーさんに注意されていた。


「どうしたんですか……?」

「そうよ? 急に大声出して……」


 僕もオリビアさんも、トーマスさんが注意されているのを見て少しだけ声のボリュームを下げてしまう。


「いや、すまない……。実は魔法鞄マジックバッグにテントを入れていた事を思い出してな……。そんなに大きくはないが、広げれば日除け位にはなるかもしれん……」

「わぁ……! いいですね……!」

「ちょっとコナーに訊いてくるよ……」


 そう言うと、トーマスさんは早速先を歩くコナーさんの下へ。

 コナーさんは驚いていたけど、頭を下げてお礼を言っていた。


「許可が出たから、オレは日除けを作ってくるよ。先に二人の病室へ行っててくれ……!」

「わかりました……!」


 そう言うと、トーマスさんは来た道を戻り診療所の外へと消えて行った。




「らいあんくん! れてぃちゃん! おみまいです!」

「みんなで、きたよ~!」 

「あ! ハルトくん! ユウマくん!」

「……!」


 本来ならライアンくんは個室がいいんだけど、病室がいっぱいなので二人とも同じ部屋に寝かされている。フレッドさんとサイラスさん、アーロさんとディーンさんもいるので、部屋が少し……、いや、かなり狭く感じる。

 だけど、二人は昨日より顔色も良さそうで安心した。

 ライアンくんは嬉しそうに出迎えてくれたけど、レティちゃんは少し緊張しているみたいだ。


「ライアンくん、体はどう? 皆を助けてくれたって聞いたよ」

「あ、はい……。もう体は何ともないのですが、先生が絶対安静だと……。それと、皆さんを助けたのは偶然と言うか……」


 ライアンくんは、なぜか気まずそうに俯いてしまった。


「偶然? そんな事ないでしょう? 殿下は私たちを守ってくれたのよ?」

「や、止めてください……! 私はあの時、無我夢中で……! 自分でどうやったのか覚えていないのです……。ただ……」

「ただ?」

「あの時、私を庇うハルトくんとユウマくんを見て、二人を守りたいと思ったんです……。そうしたら声が聞こえてきて……」

「声……!?」


 それは初耳だったのか、フレッドさんやサイラスさんたちも驚いている。


「……や、やっぱり、もう少し後でお話します……!」


 そう言うと、ライアンくんは布団を被り、顔を隠してしまった。

 何か言いたくない事があるのかもしれない……。


「そう……、話したくなったらいつでも話してね?」


 僕たちはムリに訊こうとせず、ライアンくんが話してくれるのを待つ事にした。



「レティちゃん、もう気分は大丈夫?」

「……うん。へいき……」


 隣のベッドには、まだ痛々しい痕が残るレティちゃんが……。

 だけど、初めて会った日のような怯えはもう感じない。


「レティちゃん、初めまして。私の名前はオリビアよ」


 すると、オリビアさんがベッドに座るレティちゃんの横に立ち、自己紹介を始めた。

 そう言えば、レティちゃんずっと眠ってたからなぁ……。


「あ、わたし……。れてぃって、いいます……」


 恥ずかしいのか、手をもじもじとさせて俯いている。

 だけどその手を取り、オリビアさんは優しく声を掛ける。


「あのね? レティちゃんに大事な話があるの」

「わたしに……?」

「えぇ、突然なんだけど……。レティちゃんさえ良ければ、私たちの家に来ない?」

「……え?」

「昨日、傷だらけのあなたを見て、守ってあげたくなっちゃったの」


 突然の申し出に、レティちゃんは目を見開いてオリビアさんを見つめている。


「ムリにとは言わないわ……。だけど、せめて体を治す間は、私たちと一緒にいてほしいの」

「……いいの?」

「えぇ! 今日はね? これからレティちゃんの服を見てお部屋の掃除をしようとしてたのよ」

「わたしの……?」

「そう! 来る準備は整えておくから、後はレティちゃんの気持ち次第なの。どうかしら?」


 オリビアさんが訊ねると、レティちゃんはそわそわしながら僕とオリビアさんの顔を見る。


「わたし……、いっしょにすんでも……、いいの……?」

「えぇ! もちろんよ!」


 その言葉に嬉しそうに笑顔を浮かべるが、次の瞬間、悲しげな表情に戻ってしまう。


「……でも、わたし……。ごしゅじんさまのせいで、みんなに……」

「大丈夫! そんな事気にしないで? あなたはもう、奴隷なんかじゃないんだから……!」


 オリビアさんがレティちゃんの肩を抱き寄せそう言うと、レティちゃんは堪えていた涙をぽろぽろと流し、両手でゴシゴシと拭っている。


「あら、ダメよ? 目が腫れちゃうわ?」

「だって……、うれしくて……」

「そう……。なら、あなたを迎える準備をこのまま進めてもいいかしら?」


 オリビアさんの言葉に、レティちゃんは頷き、とうとう泣き出してしまった。

 そんなレティちゃんの背中を擦りながら、オリビアさんはとても優しい表情をしている。


「……おにぃちゃん」


 泣いていたレティちゃんが、不意に僕の事を呼ぶ。

 どうしたんだろうと近付くと、


「たすけてくれて……、ありがとう……」


 真っ赤な目にきらきらと涙を溜めて、レティちゃんは嬉しそうに微笑んだ。



 今日からまた、僕たちの新しい生活がスタートする。

 きっと騒がしくなるけど、僕はそれが楽しみで仕方なかった。


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