第143話 計画通り


「さ、出来ました~! オリビアさんも席に着いて試食お願いします!」

「はぁ~い! 楽しみだわぁ~!」


 コトコト煮汁を煮詰めて器に盛り、小口切りしたネギリークをのせればやっと完成。ほかほかと湯気を立て、見た目も完璧だ。


「はい、どうぞ! ジュンマイシュとミリンを使った料理です」


 カウンター席に座る三人の前に器をコトリと置くと、皆興味津々で器を覗く。


「いい匂いねぇ~!」

「これがあの酒を使った料理か……!」

「早く! 早く食べましょう!」


 ダニエルくんに急かされ、ジェームズさんとオリビアさんもフォークを持った。


「食べたら是非、感想を訊かせてくださいね! 冷めないうちにどうぞ、召し上がってください」

「「「いただきます!」」」


 三人はそれぞれ食べやすそうなところをフォークに刺し、口に運ぶ。

 僕も自分の分をパクっと一口頬張った。

 モグモグと噛んでいくと、煮汁が染み込んでいて、ジュワァっと口の中に味が広がる。

 食感もコリコリしている部位もあって、とっても美味しい。


「ハァ……、美味しい~……」


 すぐにもう一口食べようと手を伸ばすけど、さっきから三人は黙ったままだ。

 気になってチラリとそちらを向くと、皆黙々と口に運び、ジェームズさんに至っては目を瞑ってよく噛み締めながら味わっている……。


「ど、どうですか……? お味の方は……」


 たぶん大丈夫だと思うんだけど、あまりにも無言だからちょっとだけ落ち着かない。

 するとジェームズさんがゴクンと飲み込み、ゆっくりと瞼を開けた。


「ユイトくん、これはいつから店に出すんだい?」

「え、これですか……? オリビアさんが大丈夫だったら、翌週には出せればと……」


 ジェームズさんがあまりにも真剣に訊いてくるものだから、オリビアさんに助けてもらおうとそっちに話を振ってしまった……。


「オリビアさん、これはメニューには?」

「……そうね、これは出すべきだわ……。本当は明日からでも始めたいけど……」

「なら、始まるのは来週からかい?」

「そうね、そうなるわね……」


 あまりにも真剣に話しているから、ちょっと会話に入りにくいけど……。


「お二人とも、あの、お味の方は……」

「「最高に旨い(美味しい)!!」


 二人の見開いた目に一瞬圧倒されてしまう。

 だけど気に入ってくれたみたいで、僕はホッと胸を撫で下ろした……。


「ねぇ、ユイトくん……」


 すると、ここまで黙々と食べていたダニエルくんが口を開く。

 隣ではジェームズさんとオリビアさんが、あーだこーだと何か話しているけど……。


「どうしたの? あ、味はどうかな? ダニエルくんも平気そう?」

「うん、すっごく美味しい! けどこれ……、もしかして……、内臓……、使ってる……?」

「「えっ!?」」


 ダニエルくんの発した言葉に、ジェームズさんとオリビアさんは一瞬固まった。


「すごい! よく分かったね? 食べやすいように一応お肉の部分も入れたのに!」


 他にも細かく切って大きさを揃えてみたんだけどなぁ~!

 なんでわかったんだろう?


「うん、なんか見た事あるなぁ~と思って。でも、これ食べやすくて美味しいね! おれが前に食べたのなんか、ぐにゃぐにゃしててマズくてさぁ~」

「へぇ! ダニエルくんも食べた事あったんだ?」


 エリザさんとアーロさんは食べないって言ってたのに!


「うん。ばぁちゃんとフローラさん、仲良いだろ? それで結構前に、どうにかして食べれないかって皆で色々やったんだけど……。一度っきりでそれからはやってないと思う」

「あぁ! フローラさんの養鶏場か! そうだね、そこなら不思議じゃないかも!」

「なぁ、これならフローラさん喜ぶんじゃない? だいぶ考えてたから」

「そっか……。それなら内臓も売れるって事だもんね……? それはいいかも……」


 僕とダニエルくんがそんな事を話していると、ジェームズさんとオリビアさんは恐る恐る声を掛けてきた。


「あの、ユイトくん……? これ、内臓って、本当……?」

「はい! 僕が前に住んでいた所では、料理に使ってたんです。専門のお店や屋台なんかもあったんですよ!」

「ほぅ、専門の……?」

「内臓だって分かっても、この味は食べたくなっちゃうわねぇ……」


 先程から、ジェームズさんとオリビアさんの食べるスピードが全く落ちない。

 お替りも催促されたけど、オリビアさんはさっき言った事をもう忘れている様で、黙々と食べている。


「ユイトくん、これ売れるんじゃない?」

「そうかな? それだとフローラさんの養鶏場も少しは売り上げ変わるかな……?」


 よくよく訊いてみると、魔物の内臓の一部分は治療薬に使われるから需要はあるらしいけど、ほとんどは一日程で腐ってしまって食べれないため、内臓はあまりお金にもならないそうだ。

 家畜用の内臓も同じ考えなのか、食べれるものではないと、ほとんど廃棄処分されているらしく……。


「捨てるなんて……! なんて勿体ない……っ!」


 僕は思わず作業台に手をついて、本音が漏れてしまう。

 だからエリザさんのお店でもタダで譲ってくれたのか……!

 しかも、かなりの量をくれたから、まだまだ作れるし……。


「ユイトくん、これトーマスも絶対好きな味よ! 帰ってきたら作ってあげてほしいわ!」

「そうですか? なら頑張っちゃおうかな……」

「これはジュンマイシュとミリンを使っているんだろう? ワシの店も多めに取り寄せておこうか」

「そうね、お願い出来るかしら? たぶん定期的に注文すると思うから」

「わぁ! お二人とも本当ですか!?」

「あぁ、個人的にもこの酒の味は気に入ったしの」

「そうね、ユイトくんの事だから他のお料理にも使うつもりでしょう? それだけだと足りないじゃない」

「や、やったぁ~~!!」


 喜びのあまり、思ったより大きな声を出してしまった。

 三人とも笑っているけど、これは恥ずかしい。


「にぃに~! どちたの~?」

「わぁ! いいにおい、です!」

「本当ですね! とてもいい匂いです!」


 僕が大声を上げた直後、ユウマがちょこちょこと駆けてきた。

 ハルトとライアンくんも、その後ろから仲良く入ってくる。


「ユウマちゃん、ユイトくんがまたお料理作ったのよ。でもユウマちゃんにはまだ噛めないところが多いかも……」

「ゆぅくん、たべりぇなぃ?」

「この普通のお肉なら柔らかいわよ。ちょっと分けてもらいましょうね?」

「うん!」


 僕はユウマ用に普通の鶏肉部分を取り分ける。

 ハルトとライアンくんは大丈夫そうかな?


「はい、どうぞ。これがユウマ用ね。ハルトとライアンくんはこっち」

「おぃちしょ!」

「おいしそう、です!」

「わぁ……! 初めて見るお料理ですね! 楽しみです!」


 ライアンくんがキラキラと期待しているので、フレッドさんたちの分も取り分けて手渡していく。

 でも、何が入っているか知っているアーロさんだけは浮かない表情だ。


「では、早速頂きますね。殿下、少しお待ちください」

「はい!」


 ライアンくんの前に毒見をしないといけない為、フレッドさんは熱いお肉をフーフーと冷ましながら一口頬張る。

 モグモグと咀嚼するフレッドさんを、アーロさんはもの凄い表情で見つめている。

 他の皆もフレッドさんに視線を集中させていた。


「……フゥ。これも大変美味ですね。殿下、よく噛んでお召し上がりください」

「はい! ユイトさん、いただきます!」

「「いただきます(ちゅ)!!」」


 フレッドさんの了承を得て、ライアンくんたちは嬉しそうにフォークを伸ばす。可愛い口を大きく開けて、パクっと頬張ると、途端に目がキラキラと輝いた。

 モグモグとよく噛んで、ゴクンと飲み込む。


「んっ、これは食べたことのない食感です! 何というお料理ですか?」


 ライアンくんは僕にキラキラと熱い眼差しを向ける。


「これ? これはねぇ……」

「これは……?」


 アーロさんが後ろでハラハラとした表情を浮かべ焦っている様子。

 サイラスさんとディーンさんは構わず口いっぱいに頬張っている。


「鶏もつ煮込みって言うんだよ!」

「とりもつ、にこみ……?」

「そう、鶏の内臓部分だね!」

「「ブフォォッ!!」」


 凄い音がしたなと思ったら、サイラスさんとディーンさんが口を手で押さえてゲホゲホと咽ていた。

 フレッドさんは汚いですね、と二人を叱っている。


「な……、ないぞう……?」

「そう、僕たちが前に住んでいた所では普通に使われていたんだけどね? ライアンくんもあまり食べたくない?」

「いえ! とっても美味しくて驚きました! これは父上にも召し上がってもらわねば……!」

「バージルさんに?」

「はい! 父上は珍しいものに興味がおありなので! 気に入っていただけると思います!」


 ライアンくんの楽しそうな顔を見て、受け入れてもらえてよかったと一安心。

 だけど……、


「ライアンくん、でも……。お仕えしている騎士団の方たちが食べれない物を、バージルさんに出すのは……、失礼にならないかなぁ……?」


 僕はうんと眉を下げて、ライアンくんに伝えてみた。

 ライアンくんは後ろの三人を振り返る。サイラスさんとディーンさん、ディーンさんの後ろに隠れていたアーロさんはピシッと姿勢を正す。


「皆……、食べれないのですか……? 美味しいのに……」


 ライアンくんは瞳をうるうると滲ませて、三人に問いかける。


「「「いえ! いただきます!」」」


 三人は覚悟を決めた様に口にかき込むと、目を見開いてお互いに顔を見合わせた。


「「「美味い!」」」


 ガツガツと頬張る三人を見て、ライアンくんもよかったです! とホッとした様だ。

 ふふ、計画通り……。

 後はエリザさんにも食べてもらわなきゃ……!


 僕の笑う顔を見て、オリビアさんとダニエルくんは怖い……、と呟いていた。


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