第108話 たまにはのんびり


「ユイト……? どうしてここに……? 店は……?」

「今日はお休みになったんです! アレクさんこそ、どうしたんですか?」


 アレクさんの宿って、隣街のハズだったような……? 

 僕がそう訊くと、アレクさんは少し気まずそうに目を逸らした。


「……実は、……財布を忘れてしまって……」

「えぇ!?」

「御者が顔見知りだったから、次の時にってツケてもらえたんだけど……」


 アレクさんはそう言うと、ハァ~っと深い溜息を吐いて、また俯いてしまった。

 あの雨の日も、お腹が空きすぎてトーマスさんに挨拶し忘れたって言ってたくらいだから……。

 今日もお腹が空いて、元気がないのかも……?

 ん~……。今日はオリビアさんも二日酔いで寝てるし、ハルトとユウマもライアンくんの所に行って家にいないし……。


「……今日はお店お休みなんですけど、もしよかったら僕と一緒にご飯、食べますか?」


 僕の言葉に、アレクさんは顔をパッと上げて目をこれでもかと見開いている。

 ……あ、いきなり誘っても、迷惑だったかな……?

 もしかしたらここで待ち合わせかもしれないし……。

 そう思ったら、急に恥ずかしくなってきた……。


「あの、もし予定があるならいいん……」

「行く! 一緒に食べたい!!」


 アレクさんは勢いよく立ち上がって、僕の両手を掴んで離さない。

 今度は僕が驚いて目をパチクリとさせてしまった。

 急に大声を出すものだから、周りの人たちがこちらをチラチラと気にしている様子。

 しかも手を掴まれてるし……。


「じゃあ、ここだと暑いんで、ちょっと買い物に付き合ってもらってもいいですか……?」

「え? あぁ、荷物持ちなら任せてくれ」

「ふふ、そんなに買わないので大丈夫ですよ」


 お酢を買いに行く途中だったのに、アレクさんを見かけて忘れていた。

 アレがないと、今日の目的のモノが作れないんだよね。


 前を見ると、僕たちの向こうから数人固まって歩いてくるのが見える。

 あ、こないだお店に来てくれた警備兵の人たちだ。

 また買いに来てくれると嬉しいな。

 そんな事を思いながら、すれ違いざまに軽く挨拶をする。


「こんにちは! お仕事、お疲れ様です!」

「あ、あぁ……! ありがとう! ユイトくんも暑いから気を付けて!」

「はい、ありがとうございます! それじゃあ、また!」


 なんだか皆、僕とアレクさんを交互に見て驚いていた気がするな。

 やっぱりAランクの冒険者だからかな……?



 お店で目的のお酢を買い、お会計の時も僕とアレクさんを交互に見つめる店員さん。

 アレクさんって、もしかして結構有名なのでは……?


 そんな事を考えながら歩いていると、どこからか機嫌の良さそうな鼻歌が聞こえてくる。

 ふと隣を見ると、嬉しそうなアレクさんと目が合った。

 鼻歌の主はアレクさん。

 そんなに喜んでくれるなら、誘ってよかった!

 僕が笑うと、アレクさんは首を傾げて不思議そうな顔をする。


「どうしたんだ? オレの顔、何かついてる?」

「いえ! 一人で食べるの寂しかったので、アレクさんが財布を忘れてラッキーです!」


 ここに来てから、何気に一人でご飯ってなかったんだよね。

 診療所では、カーティス先生やコナーさんたちが診に来てくれてたし……。


 僕がそんな事を思い出しながら歩いていると、後ろでアレクさんが顔を手で覆い、立ち止まりながら唸ってる……。


「アレクさん……!? どこか具合でも悪いんですか……?」


 今日は一段と暑いから、外にいて気持ち悪くなっちゃったのかも……!

 僕は急いでアレクさんの下に駆け寄り、心配して声を掛けたんだけど……。


「いや……、絶好調だ……」


 僕が近寄るのを片手で制し、大丈夫だからと微笑んだ。

 分かりづらいよ、アレクさん……!




 僕がアレクさんと喋りながら、いつもの店通りを歩いて帰っていると、肉屋のエリザさんが大きく目を見開いて僕たちの方を凝視していた。

 目の前で待っているお客さんに、先に商品を渡してあげてほしいな。

 店の奥からは、旦那さんのネッドさんも珍しく顔を覗かせている。

 僕が手を振って挨拶すると、エリザさんもネッドさんもぎこちないけど手を振り返してくれた。


 その後も、いつも行く店の店員さんたちはエリザさんと同じ反応をしている。

 やっぱりアレクさんがいるからかな……?

 Aランクって、凄いんだな……!






*****


「ハァ~! やっぱりお店の中は涼しい~!」


 お店に入ると、スーッと体が冷えて心地いい。

 思わず腕を伸ばして背伸びをしてしまう。

 やっぱり魔核の存在って有難いなぁ……!


「僕、お昼の準備するんで、アレクさんはゆっくりしててくださいね!」


 アレクさんも汗をかいているので、お手拭きとお冷を渡してカウンターに座ってもらう。


「あぁ、ありがとう。……えっと、ここで見てても、いいか……?」

「はい! 今日は僕、お休みモードに入ってるので……。あんまりキビキビ出来ないですけど!」


 僕がキッチンの作業台に今日使う食材を並べながらそう言って笑うと、アレクさんはオレも休みモードだから財布を忘れたんだな、と苦笑いしていた。



「アレクさん、酸っぱいものって平気ですか?」

「酸っぱいもの……? ん~、レモンリモーネとか?」

「お料理にお酢を使うんですけど、今日初めて作るんですよね~。だからアレクさんが苦手だったら、違うメニューにしようかなって」

「いや、オレもそれでいい! それが食べたい!」

「そんなに期待されると緊張しちゃいますけど……。ふふ、期待に応えられる様に、美味しく作りますね!」

「……! あぁ、楽しみにしてる……!」


 そして、アレクさんはふと考えて、


「あ、失敗しても食べるから!」

「ふふ、それなら安心して出せますね!」


 二人で笑いながら、のんびりお昼ご飯の支度を始める。

 

 たまにはこんなのも、悪くないかも。

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