第105話 ライアンくんの初めて


「エドワードさん、ちゃんと食べてますか?」

「えっ? あ、はい。どれもとても美味しいですよ」

「まだいっぱいあるので、たくさん食べてくださいね!」

「はい、ありがとうございます」


 僕が空いたお皿や瓶を回収していると、エドワードさんがふうと一息つくのが目に入った。

 じゃが芋パタータを細切りにして揚げたものがトッピングされたサラダを、パリパリととても美味しそうに食べている。

 バージルさんが目立つせいか、エドワードさんの影がとても薄く感じてしまう……。

 どうやらお酒があまり飲めないようで、やっと一杯分飲み終わったみたい。

 ムリして飲むと体に悪いから、空いたグラスを下げるふりをして、エドワードさんの分だけこっそりオリビアさんの好きな紅茶に変えておいた。

 それに気付いたエドワードさんに、後ですごく感謝されてしまった。


「ユイトくん、このピクルスはピリッとして美味いな!」

「あ、ありがとうございます! ちゃんと漬かってたみたいで安心しました」

「これは酒が進むな……」


 アーノルドさんはちょっと顔は怖いけど、トーマスさんと二人で胡瓜グルケのピクルスをポリポリと嬉しそうに頬張る姿は可愛らしい……。


「この煮込んだ豚肉は、どうしてこんなに柔らかいんでしょう……? 串焼きも美味しいですね……」


 イーサンさんはさっきから一つ一つ吟味して食べているみたいで、何かメモを取っている。

 良ければレシピを教えますよ、と提案したら驚かれてしまった。


「ユイトさん、そんなに簡単に教えて大丈夫なんですか?」

「え? ダメなんですか?」


 僕の周りでは普通の事なんだけど……。

 オリビアさんやソフィアさんにも、色々レシピ教えてもらったし……。


「このレシピなら、お金を出してでも買いたいという料理人がたくさんいると思いますよ?」

「ん~……。それなら、その人たちに教えて、いろんなお店で食べれる方が楽しいと思いませんか?」


 同じ料理でも、そのお店で味付けが違うらしいし……。


「あ、違うお店の料理を食べ比べてみるのも面白そうですよね! その各お店のこだわりとか!」

「ふふ、イーサン。ユイトくんはこんな性格だから、変な事教えないでちょうだいよ?」

「いやはや……。実に興味深いですね……。ユイトさんが望むなら、専属料理人に推薦しますが……?」

「「イーサン……!!」」


 イーサンさんはだいぶ酔っているみたいで、この後トーマスさんとオリビアさんに説教されていた。

 専属料理人だって! 名前の響きがカッコいいよね!


 空いた皿も回収し、お替りを補充したところで席に戻ると、ハルトとユウマ、それにライアンくんが一緒にミートボールとミートパスタを頬張っていた。

 三人とも口の周りが……! 可愛いけど……! 服が……!

 慌てて三人の口元を拭くと、ライアンくんは少し恥ずかしそうにお礼を言ってくれた。


「ライアンくん。どう? 気に入ったのあった?」

「はい! このミートボール! とっても美味しいです!」

「本当? ハルト、ユウマ、よかったねぇ!」

「「うん!」」


 あ、ライアンくんも慣れてきたみたいだし、そろそろ作ろうかな?


「ライアンくん、さっき言ってたお楽しみ、今から作ろうか!」

「おたのしみ! ぼくもいっしょに、します!」

「ゆぅくんも! たのちぃよ!」

「はい! 私も楽しみです!」


 三人はすっかり仲良くなったようで、眺めているとなんだかほっこりした気分になる。



 ライアンくんを連れてキッチンに行き、ハルトとユウマがいつも使っている足場を設置。

 皆でしっかり手洗いをして、いざ開始!


「三人にはこれを仕上げてもらいまーす!」


 僕が冷蔵庫から取り出したのは、まだ何もトッピングしていないピザの生地。

 予定ではマルゲリータと、トーマスさんの好きな炙り焼きチキンのピザを作ってもらおうと思ってる。

 自分が作った物なら楽しんで食べてもらえるんじゃないかなぁ、とオリビアさんと相談して用意したものだ。


「私は……、料理をした事がないのですが……」


 ライアンくんの表情はとっても不安そうだ。


「大丈夫! これならソースを塗って、ここにある具材をのせて焼くだけだからね!」

「らいあんくん、だいじょうぶ! とっても、たのしいです!」

「ゆぅくんもねぇ、ちゅくったことあゆの! たのちぃよ!」

「……はい……。私も、挑戦してみます……!」


 ライアンくんがそう言うと、カウンター越しに覗いていた大人たちがおぉ~、と歓声を上げた。

 フレッドさんとサイラスさんも興味深げに眺めている。

 三人のが無事に終わったら、この二人にも作ってもらおうかな……?


「ではまず、このトマトソースを満遍なく生地に伸ばしてください」

「「「はぁ~い!」」」


 初挑戦のライアンくんは、とっても慎重にトマトソースを掬い、生地にゆっくりゆっくりと広げている。

 ハルトとユウマは手慣れたもので、それにはトーマスさんも感心していた。


「ユイトさん、これでいいのでしょうか……?」


 ライアンくんが恐る恐る、ソースを塗り終わった生地を見せてきた。

 そんなに緊張しなくてもいいのに、と微笑ましくなってしまう。

 可愛いなぁ~。


「うん、キレイに塗れてるね! ん~……、ライアンくんにはマルゲリータを作ってもらおうかと思ったけど、せっかくだし色々好きにトッピングしてみる?」

「好きに、ですか?」

「そう、ライアンくんの好きな具材は、ここにある?」

「はい。私はこれと……、あとこの玉子が好きです!」


 ライアンくんが選んだのは、トマトとスライスした茹で卵。

 これだけだと寂しいし……。

 あ、そうだ! 僕は思いついた事をライアンくんにこっそり耳打ちする。


「……! はい! やってみます!」

「うん。じゃあ、僕は横で違うのを作るから、出来たら一緒にオーブンで焼こうね」

「はい!」


 とっても楽しそうに具材をのせていくライアンくんを、バージルさんはカウンター席で微笑みながらずっと眺めていた。





「「「できたぁ~!」」」


 三人のピザを見てみると、やっぱり個性が出ているなぁと笑ってしまった。

 ユウマは大好きなとうもろこしマイスをこれでもかとのせ、その上にトマトのスライスとブロッコリーブロッコリが花の様にトッピングされている。


「ゆぅくんねぇ、まいしゅしゅきなの! おぃちちょう?」

「うん、とっても綺麗で美味しそう! 出来上がりが楽しみだねぇ」

「うん! じぃじとねぇ、ばぁばにあげりゅの!」


 うふふ、と小さな手で口元を隠し嬉しそうに笑うユウマに、カウンター越しに覗いていたトーマスさんとオリビアさんはいつも通り唸っていた。

 だけどお酒が入っているせいか、いつもより激しいかも……?


 ハルトもやっぱり大好きなパタータのスライスをキレイに敷き詰め、アスパラガスアスパラゴやオニオンにベーコン、ブロッコリも彩りよく添えてミートボールまでのせていた。

 ハルトは意外と、ガッツリしたものが好きだしなぁ。


「ぼく、にしゅるい、のせました!」

「二種類?」


 そう言ってよく見ると、生地の中心はマッシュパタータ、外側にスライスしたパタータをトッピングしている。


「わぁ! 食感が違って楽しそうだねぇ!」

「じしんさく、です!」


 むん! と胸を張り、どこかやり切った感のあるハルトはとても可愛らしく、トーマスさんとオリビアさんはそれを見てご満悦だ。


「あ、ライアンくんのピザもとっても美味しそう!」

「はい! 早く食べてほしいです!」

「そうだね、じゃあ早速オーブンに入れよっか!」

「はい! 楽しみです!」


 ライアンくんは初めて作ったピザにとっても嬉しそうだ。

 皆、カウンター越しに微笑ましそうに眺めている。



 三人のピザと、僕が作った数枚を一緒にオーブンに入れて数分……。

 店内にチーズの焼ける香ばしい匂いが充満していた。


「ハァ~! この匂いは堪らんな……!」

「そうですね……。また酒が進みそうです……」

「イーサン、お前飲み過ぎじゃないか……?」


 バージルさんは鼻をスンスンと鳴らし、イーサンさんは匂いを肴にワインを飲んでいる。

 アーノルドさんは、いつもよりハイペースで飲んでいるらしいイーサンさんを心配していた。


 グゥ~~……、


「……もうしわけ、ございません……」


 皆が音の鳴った方を見ると、フレッドさんがまっ赤になって俯いていた。

 こうしてみると、近寄りにくいなんて思っていたのが不思議なくらい。

 このフレッドさんなら仲良くなれそうなんだけどな、なんて微笑ましく考えていた。




「そろそろ完成かな? 危ないから離れててね~?」

「「「はぁ~い!」」」


 オーブンを開けると、チーズの美味しそうな匂いが充満し、思わず声が漏れてしまう。

 天板を取り出し作業台に置くと、周りから歓声が沸いた。

 どれも全部食べたくなるくらい魅力的……!


 お皿に丸々一枚分ずつ載せてテーブルへ移動すると、待ちきれないとばかりにワッと集まってくる。


「これ、ゆぅくんちゅくったの! じぃじ、ばぁば、どぅじょ!」

「まぁまぁまぁ……! お花に見えるように盛り付けてあるのね~! とっても綺麗で美味しそう!」

「うちの子は天才だからな……」


 ユウマのピザに、オリビアさんは満面の笑み。

 トーマスさんは顔には出ていないけど確実に酔っているらしく、サラッと天才とか天使とか呟いていた。


「ぼくのは、ぱたーたをにしゅるい、のせてます!」

「おぉ~! ボリュームあるな……! これ、食べてもいい?」

「二種類の食感を味わえるのですね……。私もいいですか?」

「はい! ぜひ、たべて、ください!」


 ハルトのピザは、焼き上がるとパタータのホクホク感が見て分かるくらいに湯気が立っている。

 これには、先程からパタータのフライとサラダを食べていたエドワードさんとサイラスさんが反応した。

 二人とも、パタータが好きなのかもしれないな。

 そして……。



「父上……! 私のピザ、食べてみてください……!」

「これを……?」

「はい……! 父上の好きな、ポルチーニ茸とマッシュルームを、のせてみたのです!」


 頬を赤く染めながら、手作りのピザをバージルさんの前に置くライアンくん。

 緊張している様で、少し声が上擦っていた。


「ライアンが……、私のために……」


 目の前に出されたピザを、感慨深げに見つめながらハァ、と息を吐くバージルさん。


「父上、食べてはもらえないですか……?」


 あまりにも見つめているものだから、ライアンくんは勘違いして悲しそうに眉を下げている。


「いやいや、嬉しくて勿体なかったんだ! このまま保管出来ないものか……」

「そんな事をしたら、腐ってしまいます! 早く食べてみてください!」


 真面目な顔で呟くバージルさんに、ライアンくんは痺れを切らせて腕を掴む。

 そんなライアンくんを、周りも微笑ましく眺めていた。


「では、冷めないうちに食べましょう! いただきまーす!」

「「「いただきまぁ~す!」」」


 子供たち三人は、自分の作ったピザを交換して食べている。

 その光景に僕もすごく癒された。



「はぁ~! このピザとっても甘くて美味しいわ! ユウマちゃんスゴイわね!」

「このパタータも、違う食感が楽しめて大変美味しいです! 是非、私の館でも食べたいですね!」

「あぁ~~~……、ライアンのピザ……! 涙が出るほどウマい……!!」

「「「やったぁ~~!!!」」」


 自分たちのピザを絶賛されて、三人は大はしゃぎ。

 大人たちはその光景を穏やかな顔をして眺めながら、ピザに舌鼓を打っていた。

 その様子を見ながら、僕はある人の下へピザを取り分けて近づいた。



「フレッドさん、このピザ、食べてみてください」

「これですか……?」


 僕が勧めたのは、トーマスさんも好きな炙り焼きチキンのピザ。

 醤油ソーヤソースで作った照り焼きのタレと、お手製のマヨネーズがかかっている。この香ばしい匂いが堪らない。

 さっきから見ていると、どうやら鶏の唐揚げフライドチキンがお気に入りみたいなので、きっとコレも気に入るんじゃないかな?

 ピザを見る目が興味津々だ。


「さ、冷めないうちにどうぞ!」

「はい……。では、いただきます……」


 僕から皿を受け取り、ピザをパクリ……。



「ほ、ほぃひ~~~~っ!!!」



 口に頬張った瞬間、フレッドさんから耳と尻尾がブワア~ッと生えた。

 ホントに生えた。しかも一瞬で。

 なんだか、目もさっきと違う気が……!?


 何も知らない僕とハルト、ユウマは、ビックリして固まってしまう。


 その様子を見ていたバージルさんたちの笑い声が、いつまでも店内に響いていた。

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