第94話 ユイト先生のお料理教室、おさらい編


 本日の営業も無事に終了し店内を片付けていると、チリンと扉の鐘が鳴った。


「こんにちは……」


 振り返ると、オドオドした様子のブレンダさんの姿が。

 これ、二日前にも見た気がする……。


「ブレンダさん、こんにちは! 今日も頑張りましょう!」

「さ! やるわよ~! そんなところにいないで、早くこっちにいらっしゃい」


 僕とオリビアさんが、扉の前でたたずむブレンダさんの手を二人で引き、有無を言わさず準備をさせる。


「うぅ~……、お邪魔します……」


 そう、今日はブレンダさんに料理を教える日、二日目。

 僕とオリビアさんは、ブレンダさんのフレンチトーストを成功させるためのリベンジに闘志を燃やしていた。


「ぶれんだちゃん、こんにちは! きょうは、ぼくたち、おうえんします!」

「ぶえんだちゃん、がんばってぇ!」


 ハルトとユウマもカウンター席に座り、ブレンダさんの事を応援するみたい。


「ハルトとユウマも付いててくれるのか……? ありがとう、今日こそはキレイに焼くぞ!」

「「がんばれぇ~!!」」


 二人の可愛い応援に、ブレンダさんのやる気も十分だ。

 ……だけど、横をちらりと見ると、ブレンダさんの肩に力が入ってしまうのが僕にでも分かった。


「……オレもいるが、置物だと思って気にせずやってくれ」


 トーマスさんはカウンター越しにブレンダさんが何か入れないか監視している。

 気にせずにと言われても、置物には見えないもんなぁ……。

 トーマスさん、なんだか監督みたいで、僕だったらちょっと緊張すると思う……。


「トーマス? あなたがそんなに見るとブレンダちゃんが緊張しちゃうから、これでも食べててね?」

「んぐ……。……旨いな!」


 オリビアさんが、カウンターに座るトーマスさんの口に放り込んだのはバタークッキー。

 トーマスさんが前にお替りはないかと強請っていたやつだ。ハルトとユウマにもバタークッキーと牛乳を用意している。

 さながら三時のおやつだな……。

 案の定、トーマスさんはバタークッキーを嬉しそうに頬張っているし、ブレンダさんも口に放り込まれてサクサクと咀嚼し、少し気がまぎれた様子。

 オリビアさん、流石です!



「さ、ブレンダさん。この前のおさらいをしましょうか! まず準備するものは?」

「あぁ、まず食パンと……。牛乳、卵に生クリーム。砂糖と……、バター。仕上げにハニービーの蜂蜜だ!」


 ブレンダさんが作業台にドンドンと置いていくのは、先日のフレンチトーストの食材。ブレンダさんの魔法鞄マジックバッグは時間の停止機能が付いていて、初日の残りでも新鮮そのものなんだって……! なにそれ……、スゴイ……!


「この前のフレンチトーストは、ほとんど成功と言っても差し支えなかったんです。だから今日はすぐ出来ると思います!」


 そう、変なものを入れなければ、あれで成功だったんだ!

 あれさえ入れなければ……!


「私が余計なものを入れたせいで……。すまなかった……!」


 ブレンダさんもあの味を思い出したのか、顔が凄い事になっている。


「でもあのグロディ……、グロディ……、なんちゃらのエキス? 凄かったです! 次の日は身体の調子が良くって!」

「私もよ~! ブレンダちゃん、どのくらいの量を入れたの?」

「量……? グロディアス・ブロムホフィのエキスを入れたのは二、三滴だな」


 そう言って、ブレンダさんが魔法鞄から取り出した赤い液体の入った小瓶は、減っているのかさえ分からないほど並々と液体が入っている。

 二、三滴であの効果……? 

 トーマスさんもクッキーを食べながら耳を傾けていた様で、高価な物はもしもの時、自分の為に使いなさい、とブレンダさんに優しく注意していた。




「まずは、この卵液に食パンを浸して……。しみ込んできたらひっくり返して、もう片面に卵液を染み込ませる」

「そうです。ちゃんと卵液の分量も覚えてますね! すごいです!」

「ぶれんだちゃん、すごいです!」

「しゅごぃねぇ!」

「そ、そうか……? 褒められると照れるな……」


 ハルトとユウマが、カウンター越しにブレンダさんを応援してくれているおかげか、今日は調子よく進んでいる様だ。

 オリビアさんも仕込みをしながら、横でブレンダさんが作業するのを見守ってくれている。


「あと気を付けるのは、火加減だな……! バターを溶かして……、いざ!」


 ブレンダさんが食パンをバターの溶けたフライパンに入れると、ジュワァ~っと焼けるいい音と、バターと卵液のいい匂いが店内に立ち込める。


「よし、このくらいで……。どうだ!」


 ブレンダさんが食パンをひっくり返すと、とっても美味しそうな焼き目が付いていた。


「わぁ! すごく美味しそうです! あともう少しですね!」

「おいしそうです! ぶれんだちゃん、じょうずです!」

「いぃにぉ~ぃ! ぶえんだちゃんのおぃちちょ!」

「そ、そうか……? 私もそう思ってたんだ……!」


 ハルトとユウマがカウンター越しにブレンダさんを褒めてくれているので、今日は本当にとても調子よく進んでいる。


「よし……。このまま、ソ~っとフライパンからお皿の上に……」


「「できたぁ~~っ!!」」


 お皿の上には、キレイな焼き色が付いたフレンチトーストがほかほかと湯気を立てている。

 見た目はバッチリ! 今日は一度目で成功だ!


「さ、ブレンダさん! 味見してみましょう!」

「あぁ……! ……あと、できれば、皆にも食べてみてほしい……」

「じゃあ、皆で一緒に食べてみましょうか!」


 ブレンダさんの要望で、僕は皆にフォークを手渡していく。

 その間にブレンダさんは、皆が食べやすい様にフレンチトーストを一口サイズに切り分けていた。


「では、味見をお願いします!」

「「「「「いただきます!」」」」」


 ブレンダさん以外が、フレンチトーストを一斉に口に頬張った。



「「「「お……」」」」

「お……?」



「「「「おいしぃ~!」」」」


 口に入れた瞬間にふんわりと柔らかな触感と、生クリームが効いているのか、優しい甘さが口の中にじゅわぁ~っと広がっていく……。

 あぁ、溶けてもう無くなってしまった……。


「ブレンダさん、このフレンチトースト、すっごく美味しいです……!」

「そうよ、これはお店に出せるレベルだわ……」

「ぼく、もっと、たべたいです!」

「ゆぅくんも! おぃちかったの!」

「うん、旨いな……。これは朝食に出せば、喜ぶんじゃないか?」


 ちょ、朝食……! やっぱりトーマスさんもそう思ってたんだ……!

 ブレンダさんも皆に褒められて、嬉しいやら恥ずかしいやら、顔がまっ赤になっている。


「……う、……うぅ~~っ……」


 すると突然、ブレンダさんがボロボロと泣き出して、皆で固まってしまった。


「ど、どうしたの……、ブレンダちゃん…!?」


 我に返ったオリビアさんがいち早くブレンダさんの手を取り、原因を聞こうとすると、泣いているブレンダさんが顔を上げた。


「ぅ、うまくできるか……、しんぱぃでぇ……! あんしん、したぁ~……!」


 うわぁ~んとまた泣き出し、オリビアさんは仕方のない子ねぇ、と優しく抱き寄せて背中をさすっている。

 トーマスさんも僕も、一瞬何事かと驚いたけど、これなら仕方ないかと安心した。






*****


「ぶれんだちゃん、なみだ、とまりましたか?」


 ようやく泣き止んだブレンダさんだが、まだスンスンと鼻を啜っている。

 ハルトとユウマは心配して、ブレンダさんの隣に座ってハンカチで涙をちょんちょんと拭いてあげていた。


「あぁ、すまないな……。取り乱して恥ずかしい……」

「ぶえんだちゃん、あんちんちてなぃちゃったの?」

「あぁ。皆に美味しいと言われて、ホッとしたんだ」


 そう言ってふんわり笑みを浮かべるブレンダさん。


「そう言えば、ブレンダさんの恋人っていつ来るんでしたっけ……?」

「予定通りなら、二日後には会える……」

「即答ね~! よっぽど楽しみなのね!」


 オリビアさんが揶揄うと、ブレンダさんはまたまっ赤になってしまったが、その表情はとっても幸せそうだ。


「……う、いつも朝起きて、会えるまであと何日か、確認するんだ……」

「か、かわいい……!」


 ブレンダさんのはにかんだ笑顔に、今度はオリビアさんが照れてしまった様で、甘酸っぱいわぁ~、と一人で物思いにふけっている様だった。


 ……ん? 二日後……? その日って……。


「トーマスさんの依頼も、二日後じゃなかったですか……?」


 確か偉い人が遊びに来るって聞いていたけど……。偶然かな?


「あぁ、オレの依頼は二日後だな。本当は行きたくないが……。そうするとブレンダが恋人に会えなくなるからな。仕方ない……」

「うぅ……! すみません……!」


 トーマスさんが仕事に行かないと、ブレンダさんが恋人に会えない……? なんで……?


「どうしてブレンダちゃんが謝るのよ~! トーマスもワザと揶揄わないの! この人はただ、ハルトちゃんとユウマちゃんと遊びたいだけなんだから~!」

「……バレたか」

「え、そうなんですか……?」


 まさかトーマスさんがそんな事を言うとは思ってもみなかったのか、ブレンダさんはポカンとしている。


「……内緒だぞ? 特にイドリスにはな」

「ふふ、はい!」


 トーマスさんとブレンダさんは笑っているけど……。


「どうしてトーマスさんが仕事に行かないと、ブレンダさんが恋人に会えないんですか……?」


 僕は分からない事が多くて、ついつい訊いてしまった。


「あぁ、王都から来る依頼主の行きと帰りの護衛を務めるのが、ブレンダの恋人のいる冒険者パーティなんだよ。だから到着したら、オレと交代でそのパーティは一旦休暇になるんだ」

「そうしたらブレンダちゃんも、しばらくデート出来るものね!」

「はい……! 楽しみです……!」


 いつもはキリっとしているブレンダさんが、好きな人の事を考えるとこんなにも優しい表情になるんだな……。

 またオリビアさんが可愛いと言って抱き着いている。


「もし良ければ……、その人と一緒にお店に来てもいいだろうか……?」


 ブレンダさんがおずおずとオリビアさんと僕に訊いてくるが、そんなの答えは決まってる。


「「もちろん!!」」


 二人で即答すると、またホッとした様にふんわりと笑みを浮かべた。

 どんな人と来てくれるのか、今から楽しみだ!




 ……あ、そう言えば僕、お酒に合う料理考えてないな……。

 今夜からちゃんと考えよ!

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