第50話 気持ち新たに
「最高だな……」
「ほんと……、
「魚介類だと、もっと旨いんだろう……?」
「はい!
「やはり海に行くべきか……」
「悩むところね……」
「そんなにですか……?」
さっきからトーマスさんとオリビアさんはこの調子。
アヒージョがよっぽど口に合ったのだろう。こんな風に夢中になってくれたら、料理のし甲斐もあるよね。
「おじぃちゃん、とっても、うれしそうです」
「ばぁばもにこにこちてりゅ! おぃちぃの~?」
「トーマスさんもオリビアさんも、あのお料理が大好きなんだって。ハルトもユウマも大きくなったら、皆で一緒に食べようね」
「「うん!」」
ハルトとユウマはまだ小さいから、ガーリクたっぷりのアヒージョは食べられないので見てるだけ。
だけど二人とも、大好きな
二人が美味しそうに食べてくれるのは嬉しいな……。
もっと小さい子向けの料理も練習したいなぁ~。お子様ランチとかいいよね。お米があれば、チキンライスに海老フライ、ナポリタンにハンバーグ……。あ、ハンバーグも食べたいなぁ……。ミートボールにグラタンも、皆好きな気がする。皆が好きと言えば、唐揚げだよねぇ……。プリンにケーキ、砂糖がもう少しいっぱいあればなぁ……。あとチョコレート……。
「……おい、ユイトはどうしたんだ?」
「気にしちゃダメよ。ユイトくんお料理の事考えてると、いつもああなるのよ」
「おにぃちゃん、よく、なります」
「にぃに、しゅごぃねぇ」
そんな事を言われているとは露知らず、僕はお子様向けのメニューに思いを巡らせていた。
*****
ふと顔を上げると、窓から朝日が射し込み始めていた。
「あら? おはよう、ユイトくん。ふふ、早起きねぇ」
「おはようございます、オリビアさん! なんか、明日だと思ったらじっとしてられなくて……」
そう、いま僕がいるのはお店のキッチン。
ついに明日が開店だと思うとつい目が冴えてしまって、いつもより早く起きてしまったのだ。
何かしていないと落ち着かなくて、お店の掃除を終え朝食の準備をしていたところだ。
今日の朝食は
「ユイトくんの作るお料理って、いつも美味しそうだわぁ」
「え? ありがとうございます!」
「見た目だけじゃなくて、味も絶品なのよね……。尊敬しちゃう……」
「急にどうしたんですか? オリビアさん……。褒めても何も出ませんよ?」
「あら! 褒めてるだけなのにひどい! 私、傷ついたわ!」
オリビアさんが大袈裟に悲しむふりをする。
最近はこんなくだけた会話も出来る様になって少し嬉しい。
「えぇ~……。じゃあ、お詫びに今朝はコレをデザートに付けますね」
「えっ!? なにコレ……!」
僕が取り出したのは、
仕込みもまだしなくていいし、手持ち無沙汰だったのもあって、つい面白そうだと手を出してしまった。
一つ目はちょっと不格好になったから僕の分。他のは結構上手く出来たと思うんだけど、どうだろうか……。
「とっても綺麗ね……!
オリビアさんが覗き込む様に、オランジュを凝視している。
「ほんとですか! ちゃんと花に見えてよかった~!」
「お料理にこんな工夫してくれると、華やかで心が弾んじゃうわね! とっても素敵!」
「喜んでもらえて嬉しいです! あ、ハルトとユウマ起こしてきますね」
「えぇ、お願いね。私はすぐ食べれる様に準備しておくわ」
「はい、お願いします!」
テーブルセッティングはオリビアさんに任せ、僕は弟たちを起こしに向かった。
「ハルト~、ユウマ~、おはよぅ~……」
部屋のドアをそっと開けると、二人はまだベッドですやすやと眠っている。僕は二人を起こさない様にそ~っとベッドに上がり、二人の横に肘をついて寝転んだ。
まだ幼い二人のほっぺをつついてみると、マシュマロの様にふくふくで、ずっと触っていたくなる。
ハルトの髪は、僕の髪と違ってふわふわしてる。
いつも抱っこするとき、ほっぺたに当たってくすぐったいんだよな。
口癖の様になってしまった「です、ます」も、あの父親が怖かったから自然とそうなってしまった。
本当はこっちに来て直ればいいなと思っていたけど、ハルト本人も意識してないんだろうなぁ。
いっつも僕の後ろをついて来てあんなに甘えん坊だったのに、いつの間にかお手伝いしたり励ましてくれたり、どんどん成長してる。
ユウマはあんなに小さかったのに、ハルトと一緒になってお手伝いして僕を喜ばせてくれたなぁ。
いちょがちぃ!いちょがちぃ! って、いま思い出しても笑ってしまうけど。
あっちにいるときは、怯えてずっと部屋の隅に座ってたけど、いまはいろんな人に可愛がってもらえて、人懐っこい甘えん坊ってカンジだな。
……あの時、土砂が流れ込んだ瞬間。
もうダメだって思ったのに、いまはこうして柔らかいベッドで眠れている。
こうして三人で一緒にいれるのも、こんなに優しい人たちに出会えたのも、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、皆が助けてくれたおかげなんだよなぁ……。
……あぁ、しあわせだなぁ……。
「……んぅ?」
つい気持ち良くてほっぺを触っていたら、ハルトが起きてしまった。
いや、起こしに来たんだからこれでいいのか。
「あ、おはようハルト。ご飯できてるよ」
「……おにぃちゃん、どぅしたの?」
ハルトが僕の顔を見てびっくりしている。
ユウマも起きてきて、僕の顔を見た途端、悲しそうな顔をした。
「……にぃに、なぃちぇる……。かなちぃの……?」
「え……?」
僕は自分でも気付かないうちに泣いていた様で、意識するとぽろぽろと涙が溢れてきた。
「おにぃちゃん、どぅして、なぃてるの……?」
「どっか、いたぃたぃ……?」
「ちがぅんだ、……う、ごめんね……」
二人は僕を抱きしめながら、だいじょうぶ、ぼくたちがついてるよ、と一緒に泣きながら背中をさすってくれた。
僕はそれでまた涙が溢れて止まらなくなってしまった。
ちがうの、しあわせだなって嬉しくて泣いちゃったんだよ、と言ったら、二人は笑ってぼくもしあわせ! と、またぎゅっとしてくれた。
「はぁ……、ごめんね? お兄ちゃん泣いちゃって……。三人で泣いてたらトーマスさんとオリビアさんをビックリさせちゃうね」
「おにぃちゃん、おばぁちゃん、そこにいます」
「じぃじも! めそめそちてるの」
「え……」
僕の後ろにあるドアの方を振り返ると、ドアの向こうでぐしゃぐしゃに泣くオリビアさんを、目頭を押さえたまま鼻を啜るトーマスさんが、宥める様に抱きしめていた……。
*****
オリビアさんが落ち着くのを待って漸く朝食。
すっかり冷めてしまったけど、皆美味しいねと笑顔で食べてくれている。オランジュで作った花は、ハルトとユウマもきれいと言ってずっと眺めてる。
トーマスさんとオリビアさんには、何かあったらちゃんと私たちに話しなさい、と怒られてしまった。
けど、皆がいるから幸せです、と言ったらまた泣かれてしまった。
「トーマスさん、オリビアさん。僕、今日からまた頑張ります」
意を決してそう伝えると、お二人ともびくりと肩を震わせる。
「ユイトくんはそれ以上頑張ると、私たちがもたないから程々にしてちょうだい……」
「オレはしばらく仕事に行きたくない……。一緒にいたい……」
そう言って、ハァ、と深い溜息。
「おじぃちゃん、いっしょ、たのしいです!」
「じぃじもいっちょ、あちょぶ? ゆぅくんうれち!」
「あぁ! おじいちゃんと遊んでくれ!」
「あら! ずるいわ! おばあちゃんも入れてちょうだい!」
「オリビアさんは仕込みがあるからだめですよ~」
「えぇ~……。そうね……、私も頑張らなくちゃね!」
「おばぁちゃん、がんばって、ください!」
「ばぁば、ゆぅくんおぅえんちてるね!」
「ふふっ! おばあちゃん、頑張れそうだわ~!」
少し恥ずかしいところも見せてしまったけど、この優しい人たちに恩返しする為にも頑張ろうと、僕は気持ちを新たにした。
◇◆◇◆◇
※作品へのフォローに評価、ありがとうございます。
楽しんでいただけるように励みたいと思います。
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