イージー・ライダー ~怒りの箱根登山ロード~

841. 独白 No.10


『はい、もしもし』


「……お。出たー」


『こんばんは。お久しぶりですね』


「にゃははっ。何か月ぶりやろなぁ」


『落ち着いたらすぐに連絡すると言っていたのに、随分待たされましたね。焦らしプレイは嫌いじゃないですが』


「うわあ。早速下ネタやん」


『どうですか。元気にやっていますか』


「取りあえずアパートがボロい」


『そうですか。まぁ、便りが無いのは良い便りと言いますから、つまりそういうことでしょうけれど』


「……せやけど、ビミョー」


『微妙? それはそれは、穏やかではないですね。まさか身体の相性が悪かったんですか? あのヒロくんのことですから、粗チンで萎えてしまったなんてことはあり得ないでしょうし……そんなに痛かったんですか?』


「アホっ。ヤってへんわ」


『では余りの大きさに怖気づいたとか?』


「あんなぁ、もう高三やろしおりん。ええ加減程々にせんと彼氏も出来へんで?」


『ちゃんと弁えていますよ。殿方の前では』


「はーくん困っとったで。ライン超ウザイて」


『ヒロくんは特別なぁの♪ きゃるーん♪』


「ホンマキショイでしおりん」


『ちょ、そこまで言わなくても良いじゃないですか。ジョークですよジョーク。大阪ジョークです。大阪城、頑丈』


「どこのジョ○マンやっ……ちゅうか、なんではーくんのはーくんがどんくらいとか知っとんねん」


『んッフフフフ。どうしてでしょう?』



 ……………………



『それで、なにが微妙なんですか?』


「急に真面目モード入るやん」


『根っこは真面目な優等生です。まぁ、猫被ってますけど。タチ寄りですが』


「聞いてへんわっ……」


『彼との関係が上手く行っていないんでしょう。分かりますよ。なんとなく』


「……まー、そんなカンジやな」


『長くなりそうですか? なら先にお風呂へ入るのはいかがでしょう。スッキリしますよ。諸々が』


「もう入った。シャワーやけどな。あとは寝るだけ……なぁ、聞いてえな」


『はい』


「ウチ、はーくん好きやないかもしれへん」



 ……………………



「……え、どした?」


『……ちょっと衝撃だったもので。少し○ッてしまいました』


「しおりん。マジな話なんよ」


『あぁ、はい。で、どういうことです?』


「……なんかなぁ。こっち来てからずーっと、幼馴染やねん。ウチら」


『え。幼馴染じゃないんですか? やっぱり嘘だったんですかあの話?』


「ちゃうちゃう。そーゆうことやなくて……幼馴染以上にならないんよ」


『あぁっ……なるほど』


「冬に大阪で再会した頃と微妙にちゃうねん。今の気持ちが。あんときはもう会えた嬉しさでいっぱいで、はーくん大好き~愛しとる~みたいな感じやったんに……気付いたらガキの頃みたいな関係に戻ってしもうた」


『幼少期はどんな感じだったんですか?』


「んー……なんとなーく一緒にいるっちゅうか、ウチがダル絡みして、はーくんもなんだかんだ付き合うてくれて……」


『幼馴染というより兄妹ですね。それを聞く限りは。まぁ私はそういう人もいないので、分かりませんけど』


「……間違いなく好きやってん。これは100パーやねん。初恋やったし、少なくとも高校生の……はーくんと離れるまで、その気持ちは絶対にあった筈なんよ。ちゅうか、今やって好きやもん。別に。フツーに」


『はい』


「こっちで一緒に暮らし始めて、何の不満も無いねん。アパート帰ったらだいたいおるし、暇なときにゲームしたりマンガ読んだりしてんねんで?」


『はい』


「そーゆう時間はむっちゃ楽しいんよ。なんか、小学校低学年の頃みたいでな。ごっつう懐かしくてなぁ……あー、これがやりかったんやなぁ~って。ほんでまぁ、あー、やっぱ好きやなぁって、そーゆう気持ちもあんねん」


『はい』


「……なんになぁ」



 ……………………



「……最近、アカンねん。イライラはせんけど、なんか引っ掛かる。フットサル部で他の女といるところ見てまうと……なーんかムズムズする」


『純粋たる嫉妬では?』


「まぁそれも多分あるんよ。でもなしおりん。ウチがそいつらに負けとるか言うたら、絶対そんなことあらへんねん。はーくんもウチのこと、特別に想ってくれとるって、それもちゃんと伝わっとるんよ」


『はい』


「なにが足りひんかって……そのっ……」


『セックスアピールですか』


「…………ハァ~~」


『違いましたか』


「いや、多分そうかもしれへん……これやからしおりんには相談しにくかったんよなぁ~……」


『むしろ適任でしょう。この上なく』


「今すぐ夜這いせえ言われるん分かっとんねん! んな単純な話ちゃうねんで!」


『言いませんよ。そんなこと。私と違って世良っちは繊細な子ですから。ちゃんと分かってます』


「ほんまにぃ~……?」


『ええ、勿論。彼と離れてしまってからの一年間……まぁ、それまでの貴方を私は知りませんが。しかしこの一年の貴方のことなら、よく知っています。フットサル部以外ではとても静かで、案外冷めた子だって』


「……むう」


『じゃあ、ちょっと真面目な話ですけど』


「んっ」



 ……………………



『あの廣瀬陽翔と幼馴染なのだと声を高らかにして喧伝する姿の、なんと痛々しいことか。すぐ気が付きました。貴方にとって彼の存在は、幼馴染であり、支えであり、想い人であり……同時に足枷でもある』


「……足枷?」


『はい。聞けば世良っち、貴方ずーっと昔から彼の後ろに引っ付いてたとか』


「まぁ、せやな」


『貴方がそうしたいのなら文句はありません。なに一つ。しかしこれだけは言わせてください。世良っちの人生は、世良っちだけのモノなんですよ』


「……ほー」


『彼ありきの人生では意味が無いのです。世良文香は世良文香、廣瀬陽翔の付随ではありません。貴方自身の価値を見出さなければなりませんよ』


「……ウチ自身の?」


『はい。要するに、アイデンティティーです。貴方、他に一つでも自慢出来るものがありますか? 誰にも負けない個性や強みが』


「…………ギャグセンス?」


『人並みです。ハッキリ言って』


「ハッキリ言い過ぎやろッ!?」


『でもそういうことでしょう。廣瀬陽翔と幼馴染な『だけ』なんですよ。世良っちは。だからそうやって悩んでいるんです。というか、悩む羽目になるんです。他人と比較したりして』


「んぐぐっ……そ、それはっ……」


『だいたい分かりました。つまり世良っちは、幼馴染よりもっと先に行きたい。いえ、行きたかったんですよね。でも気持ちが着いて来ない。あんなに好きだったのに、何故かどうして、幼馴染のままでも良いやと思い始めている』


「……せや、な。かもしれへん」


『しかし周囲の女性陣を見ていると、どうしても焦ってしまう。事実あの人、結構な方と関係があるんですよね』


「……ヤ○チンやで。完全に」


『でしょうね』


「どう思う?」


『別に。なんとも。生命力の強いオスが複数のメスを囲うのは生物学的に当然の話ですから。法律なんてものは、頭の捻くれた自称知識人たちが生み出した強がりの産物に過ぎないのです』


「それは極端やろ……ッ」


『良いですか世良っち。貴方が今日に至るまで彼との関係を進められないのは、セックスアピールが足りないとか、ライバルが強すぎるとか、女としての魅力に欠けるとか、そんなしょぼっちいことが理由じゃないんです。貴方の問題なんです』


「……ウチの?」



 ……………………



『揺れ動くだけの心も無いんです。今の世良っちには。『廣瀬陽翔の幼馴染』以外のプライドが無いんです。それに回帰しようとして、安心した気になっている』


「……………………」


『その塵粕みたいなプライドも今や藻屑の海。だから他の女性陣と一緒にいる彼を見て、不安に思うんです。置いて行かれたような気分になる。先に進むのは怖い。かといって戻る場所も無い。あれえ、ここは誰? 私は何処? 状態です』


「……………………」


『さて、どうして世良っちだけ置いてきぼりなのか…………彼は、見つけたから。大阪で築き上げた華やかな栄光とはまったく異なる、新しい居場所を。心の拠り所を見つけたからです』


「……それが、ウチには無いっちゅうこと? ウチ、空っぽなんか?」


『仰る通りです。幼馴染を続けるとか、恋人を目指すとか、そんなのどうだって良いんです。というか無理です。だって世良っちには、自分が無いんですから。自分が無いのに相手ありきの関係をどうやって築けと?』


「……………………」


『世良っち一人だけが、過去に、思い出のなかに生きているんですよ。未来へ進み始めた彼と、彼女たちに……今の貴方が追い付けるのですか?』



 ……………………



「……キっっっっツいわぁ~~……」


『貴方のためを思って言っています。これでも年上なんですから、大人しく聞くのが身のためですよ』


「……ほんなら、どうすればええねん」


『簡単です。ブッ壊すんですよ。今現在の世良文香を。彼を抜きにして考えるんです。貴方の人生から廣瀬陽翔を除外しない限り、なにも変わりません』


「……好きなんを忘れろーゆうて?」


『違います。その気持ちは大事にしてください。私が言いたいのは、彼ありきで行動するのをやめろということです』


「そう言われてもなぁ……」


『時に世良っち』


「にゃん?」


『最近、お出掛けはしていますか?』


「……まぁ、ぼちぼち?」


『貴方こっちにいた頃、自転車で当ても無く高槻近辺をフラフラ探索していたじゃないですか。そういうのやってますか?』


「……やってへんなあ。あぁ、こないだ原付買うたんよ。中古やけど」


『ならちょうど良いじゃないですか。彼のことを忘れ自由気ままに一人旅なんて、悪くないですよ』


「……自分探しの旅、的な?」


『言い得て妙、ですね』


「……こっから大阪って、ガソリン幾らやろ?」


『高いですよ。多分。あと高速に乗れません』


「ほんなら里帰りはアカンか……」


『山嵜さんってほぼ県南ですよね。箱根とか近いんじゃないですか?』


「…………え、なに? どゆこと?」


『ンフフフっ。世良っち。貴方が離れたって、彼は貴方から離れませんよ。確かに彼には新しい居場所が、拠り所がある……しかし世良っち。貴方も同様に、彼の大切な心の拠り所なのです』


「……にゃにゃっ?」


『良い提案があります。どちらにせよ貴方には、考える時間が必要です。一人で。しかし長引かせるわけにはいかない……ならばタイムリミットを設けるのです』



 ……………………



『逃げましょう。その安っぽいアパートから。そして、追い掛けて貰うんです。世良っちだけでなく……彼にも悩んで貰うというのは、如何でしょうか』


「………にゃるほど~っ」


『ではプランを纏めましょう。少し喋り疲れたので、一度リセットしますね。エネルギーが枯渇しています』


「自家発電って言いたいん?」


『はい』


「だめ」


『どうしても?』


「アカンッ!!」


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