728. ほぼ大人


「おらァ世良アアッ!! ご自慢のディフェンス陣をズタズタにされた気分はどんなもんじゃアア!!」

「じゃかあしいわボケッ!! ズラタンとケインの2トップなんチートやろ恥ずかしくないんかッ!! ウチがチームごと動かして本気出したらなぁミズキチなん相手やないでッ!」

「ギャァーーーー!! ちょっ、市川先輩ッ、めちゃくちゃタックルされたのになんで!? ファールとか無いんすかッ!?」

「落ち着くのです慧ちゃんコウハイッ! FI〇Aオリジナルのノーファール設定ですッ! こっちもガンガンに削っちゃってくださいッ!」

『ちょっと、わたしの操作してる人、さっき倒されてから一回も起きないんだけどッ!? 完全に怪我してないッ!?』

「シルヴィアちゃんっ、腕を振り回しちゃダメですっ! 飲み物零れちゃいますよぉ!!」



「うるさいですね」

「クソ狭いしな」

「…………」


 ついぞ行き場を失い、リビングの地べたに座り静かにポテチを貪る俺と琴音、そして小谷松さん。

 もう遅いから騒いじゃダメだよ~なんて比奈がキッチンから暢気に呼び掛けているが、届いていないだろうな。



 大勢で楽しくパーティーなど軽々しく言うべきではない。さして広いとは言い切り難い長瀬家のリビングに総勢12人はあまりにも狭過ぎた。


 四人掛けのソファーに無理やり六人が押し込まれ、コントローラ片手にノーファールルールの仁義なき戦いが繰り広げられている。

 まともに誕生日を祝っていたのは本当に最初の最初だけ。愛華さんが夜勤へ出掛けたのを境に途中から一生ゲームやってるコイツら。



「面白いよねえ。文香ちゃんもシルヴィアちゃんも、勿論慧ちゃんと聖来ちゃんも……ずっと前から一緒にいたのかと思っちゃうよね」

「なんでも楽しめるってもはや才能やわ」

「あれえ? 陽翔くんは楽しくないの?」

「笑いながら皿洗いしとる比奈ほどではないな」


 比奈に至ってはキッチンから一度も離れていない。今日は愛莉も主役なのだからと、食事の準備は彼女が一手に引き受けたのだ。オーバーサイズのエプロンからほとばしる若妻の貫禄。



「お帰り真琴。ほら、はよ見せてみろや」

「……絶対に笑うじゃん……ッ!」

「恥ずかしがってるからだよ。さっさと来い、駄々捏ねとると引ん剥くぞ」

「そっちの方が有難いくらいだねッ!」


 リビングの扉が開き、暫く姿を消していた姉妹の片割れが帰って来た。扉に体重を預け身体のラインを必死に隠している。

 真琴にしては珍しいへちゃむくれの頼りない装いだ。それもその筈、こうも慣れない恰好を押し付けられれば納得の範疇。



「おおおおーーッッ!! すっげー真琴氏っ! 完全にメチャクチャ美少女じゃないっすか!」

「わあああっ! マコくん可愛い~~っ!」

「かっ、可愛いじゃねえかマコの癖にッ!」

「癖にとはなんですか! マコちんのポテンシャルはフットサル部随一と言っても過言ではありませんっ! ノノとタメ張れるレベルですよっ!」

「どこで自信持っとんねん……はー、しっかし服一枚で化けるもんやなぁ~」


 ボーイッシュを通り越しメンズ物ばかり着ている真琴にはあまりに縁遠い、薄ピンクのフリっフリのワンピース。


 比奈からの誕生日プレゼントだ。去年の夏休みに連れていかれたブランドの新作らしい。あのレベルが私服だから比奈ってすっげえよな。尊敬。


 ゲームもほったらかしに悶える真琴を取り囲む一同。燦々のフラッシュに彼女は引き攣った笑みで応えるばかりであった。

 暫くは今日の写真で弄り倒される羽目になるのだろう。せめて強く生きろ。フットサル部に入るとはこういうことだ。



「……どちらへ?」

「愛莉の様子見て来るわ」

「もう寝ているんじゃないですか?」

「この騒ぎでスヤつけるなら大物や」


 琴音に声を掛け二階の愛莉の部屋へ。一人くらい着いて来るかと思ったが、真琴に気を取られているうちはその心配も無いか。


 もう一時間近く愛莉は部屋に籠っている。誰からもプレゼントを貰えなくて拗ねたとかではない。むしろ逆。俺が渡したプレゼントのせい。


 誰も居ないところで開けろと念を押し部屋へ向かわせたところ、本当に帰って来なくなった。よほど気に入ったかキレているのか、果たして。



「…………なにしとんねんお前」

「ビャアアアアーー゛ーーッ゛ッ!?」


 部屋の扉を開けると、全身鏡の前に立ち呆けている愛莉の姿があった。勝手に入って来たからか大層慌てた様子で、隠れるようにベッドへ飛び込んでしまう。



「ノックくらいしなさいよぉっ!?」

「いやだって全然降りて来んし。腹でも下したかと思って心配で…………早速着とるんやな」

「……わっ、悪い!?」

「んなこと言ってねえやろ。よう似合っとるな」

「ちょっ、捲るなぁっ!!」


 布団を無理やり引っぺがす。純白の薄手なネグリジェに包まれた愛莉が、対照的な真っ赤な肌を纏い身を縮こませていた。

 なんとか布団を取り返そうと腕を伸ばして来るが、せっかくなので遠くに投げ飛ばしてみる。



「やだぁ、見ないでぇ……っ!」

「ふむ。愛莉くらい身体が大きいと逆に映えるのか……アンマッチな感じがこう、アレや。エロいな」

「ストレートに言うなぁぁっ!」


 涙目でヒンヒン泣きじゃくる、ここのところすっかり見慣れたいつもの愛莉である。大きな赤ちゃんだ。セルフで授乳出来るとは便利な幼児がいたもの。おお、我ながらキモいこと考えるな。こわ。



 夏合宿、大阪遠征、修学旅行、はたまた自宅でのお泊り。寝間着姿は幾度となく見ているのだが、基本ジャージか俺のシャツで寝ている彼女。

 パジャマの一つもロクに持っていないそうで、ならばちょうど良いと思って買ってみた。


 ネグリジェ=外国人がよく着てそうという雑なイメージでルビーを頼ってみたところ、お気に入りのブランドを教えて貰ったのでネットでポチったんだけど。これはちょっと凄いな。想像の数倍を行く破壊力だ。エロ過ぎ。


 互いの恥ずかしいところは散々知り尽くしている筈だが。可愛らしい服は着るのも選ぶのも苦手な愛莉。恰好が恰好なだけにむしろシンドそうだ。

 この顔を見れただけでお釣りが来るな。今後ウチに泊まるときは絶対持って来させよう。



「言うてちょっと気に入ってるんだろ? アレやろ、さっきからずーっと鏡の前立っとったんやろ」

「…………ちっ、違うし……」

「我ながらエロいなあとか思ったんやろ?」

「思ってないし……ッ!」


 図星だ。間違いなく。

 ついに己の才を自覚したか。不本意ながら。



「……ホントにさ。駄目だって、こういうの」

「んだよ。嫌だったか?」

「イヤじゃないけど……嬉しいけど、そうじゃなくて、そのっ…………困る」

「なにが」

「だって、こんなのプレゼントされたら……そういうことばっか考えちゃうじゃん……」

「ムラムラして部活に集中出来ねえって?」

「……んっ」


 顔を両手で抑え力無く頷く。いや愛莉さん。それはもう自身の気の持ちようでしかないと思うわけですけれど。我慢しろ以外に言うことも無い所存でしてね。


 でもそうか。こないだも言っていたな。今まで部長らしいことがなにも出来ていないから、新入生も入ってきたし気合を入れ直したいみたいなこと。


 出鼻を挫かれたということか。だとしても俺のせいではないけど。絶対に。



「なんかもう、ハルトのせいでどんどんダメ人間になってる気がする……」

「甘やかしてるつもりは無いんやけどな」

「……女誑しめ」


 可愛げしかないジト目で睨む愛莉。

 否定しない。というか出来ん。


 コートの外と中の切り替えが出来ないのは、何だかんだでずっと愛莉の課題なんだよな。今週も土日の余韻を引き摺ったままだったし。


 比奈やノノなんて、致した後は人が変わったみたいにスッキリした顔になるんだけどな。愛莉はドツボにハマったまま帰って来ないんだよな。

 そもそもの体質なのか、更に依存が強まっているのか……別にそんな大した問題じゃないけど。



「取りあえずさ。大会が終わるまでちょっとだけ気張ろうぜ。せっかく面白い後輩も入って来たんだし、少しは部長として良い顔したいだろ?」

「……うん」

「弛んどったら俺がケツ引っ叩いてやるから。なっ。18歳やろ。ほぼ大人やでお前。年長の意地見せてくれって」

「誰のせいでこうなってるのよ…………まぁ、頑張るけどさ。アンタも、あんまり優しくするの禁止」

「はいはい」


 これといって着地点も無い、俺が一方的に励まして愛莉が頷くだけの、いつも通りの会話である。

 まぁでも、ちょうど良いキッカケかもな。誕生日。何気ない日々をちょっとずつ繰り返して、愛莉も少しずつ成長していくのだ。



「それとも大会まで禁欲するか?」

「…………ぜったいむり」

「あのなお前」


 成長、してるのかな。微妙。


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