721. 噛まして来い
「四人とも、小学生の頃からすっげえ有名な選手で……オレなんて全然、足元にも及ばなくて。結局ジュニアユースではずっと控えで、最後の大会なんか二年にも負けちゃって……ベンチにも入れませんでした」
急遽マッチメイクされたフットサル部一年生とフロレンツィア組のハンデ戦。和田少年は中学までの身の上と彼らとの関係性を詳しく話してくれた。
「真壁とは少年団から同じで、ジュニアユースからますます格差っていうか、レベルの差が開いちゃって……同じチームに居たのが不思議なくらいですよ」
「あの浅黒い肌の針金スネ夫ヘアーか」
「スネっ……あ、いやっ、はい。そうです。二年の頃からレギュラー張ってて……あとの三人はいっつも真壁と一緒です。子分ってわけじゃないですけど」
「ずっと軽く見られてるってわけな」
たどたどしい語り口から、和田少年の彼らに対する心境はなんとなく透けて見えて来る。一口に目の上のたん瘤というわけでなく、曲がりなりにも中学三年間を共にプレーして来た仲間としてリスペクトはしているのだ。
だがそれはピッチの中での話。難しい話でも無い、声も態度も大きい四人と温厚な性格の和田少年ではそもそも馬が合わないのだろう。
サッカーの実力では敵わず、性格上強気にも出られない和田少年を都合よく友達扱いして、長いこと引き摺り回しているわけだ。弄りとイジメの境界線に立たされ、身動きが取れないでいる。
「アイツらが山嵜に来るのは知って…………あぁ、無理に誘われたんだな」
「家から一番近いのは本当です。でもオレが迂闊だったんですよ。山嵜は人気校なんで……ユースに引っ掛からなかった奴はみんな候補に入れてました。それなりに強いけど、選手が少なくて下級生もチャンスのあるチームですから」
「断れずに同じとこへ進学しちまったと」
「山嵜しか受からなかったんですよ……結局、自分のせいです。本気で逃げようと思えば全然逃げれたのに、そこまで努力しなかったオレが悪いんです」
自嘲に満ちた弱弱しい笑みを浮かべ、軽くボールを蹴り合い身体を動かすフロレンツィア四人衆を遠巻きに眺める。
こちらを睨んでいるのに気付いて、すぐに肩を震わせ視線を外してしまった。これはちょっと、思っていた以上に重症だ。
「まっ、よくあるパターンだよね。嫌いな奴ほど案外同じこと考えてたりさ」
「身に覚えがありそうやな」
「まぁね。今となっちゃ黒歴史みたいなものだケド…………それで、自分たちはどうすれば良いの? アイツらに勝って土下座させればいいわけ?」
「今後の高校生活に差し支えない範囲でな」
「うわ。ヤな先輩」
「お前が言うな。憎たらしい顔しよって」
軽快なリフティングを繰り出し真琴は挑発的に笑う。彼女も彼女で連中の態度が気に食わなかったのか、すっかり臨戦態勢だ。
「勘違いしないでね。個人的に嫌いだから、流れに乗っかってるだけ。アイツらは兄さんも、フットサル部のみんなも馬鹿にした。だから怒ってる。間違ってもアンタのリベンジに付き合うわけじゃないから」
「わ、分かってるよ…………兄さん?」
「で? 先輩みんな引っ込めたってことは、勿論自分たちだけで勝てる算段があるんだよね?」
まるで隠す気の無い兄さん呼びに和田少年は酷く困惑しているが、真琴は遠慮なしに話しを進める。
そう、試合だ。こちらから啖呵を切ってしまった以上、フロレンツィア出身の強者たちに一年生五人で立ち向かわなければならない。
「ひっ、廣瀬さぁんっ! マコくんと和田くんは、そのっ、だ、大丈夫だと思いますけど、私たちはっ……!」
「有希、お前いつまで初心者ぶってんだよ。フットサル部の看板背負っとるんやから、サッカー部の一人や二人くらい軽くブッ倒して貰うで」
「ひいいぃぃ~~っ!?」
エライ動揺している有希だが、なにも無茶振りをしているわけではない。真琴の言う通り、俺には勝算があった。
「ごめんな慧ちゃん、小谷松さん。入部初日から変なこと巻き込んじまって。でも安心せえ。二人が俺の見込んだ通りのプレーヤーなら、間違いなく勝てる試合や」
「そっ、そうは言いますけどッ……! でもアタシとセーラちゃん、ゴリゴリの超初心者っすよ!? ホントにダイジョーブなんすかっ……!?」
「ああ、100パーセント勝てる。俺の指示通りに動いてくれればな。よし、円にって……ええか、作戦はこうや」
六人で秘密会議。それぞれにポジションとおおまかな役割分担を化し、全員の背中をポンと押して俺はコートの外れへと赴く。
様子が気になったのか、或いは絡まれる心配が無くなったからか。みんな揃って新館から出て来て俺の周りにゾロゾロ集まって来る。
最後には谷口も引っ付いて来た。連絡を受け飛んで来たのか、制服姿のまま滝のような汗を流している。コートに鎮座するフロレンツィア四人衆を発見し思いっきり顔を引き攣らせていた。
「あぁー、恐れていた事態が……ッ」
「おいキャプテン。こういうのはしっかり情報交換しようって言ったよな?」
「うん、本当にごめん……まさかフットサル部に乗り込んで来るなんて、考えもしなかったよ。ったくアイツら……!」
温厚な谷口も珍しく怒り顔だ。手土産代わりにここ二週間ほどのサッカー部の様子について、やはり事細やかに解説してくれた。
「春休み中はそうでもなかったんだけど……それこそ体験入部が始まってからすぐだよ。一般入試組が入って来て、急に態度がデカくなってさ」
「そりゃええ気分やろな。自分たちより下手くそな奴が大勢おるんやから」
「他の子もさ、フロレンツィアから来たってだけですっげえビビっちゃって……まだ一週間も経ってないのに、もう一年の中で格差が出来ちゃってるんだよ」
中学時代の栄光を盾に早くも好き勝手やり始めているそうだ。上級生は谷口を筆頭にテツオミの二人など優しい先輩ばかりだから、強く注意することも出来なかったらしい。新チームになったばかりで難しいところもあるだろうが。
「にしてもアイツら、随分と和田に固執しとるな」
「揃って攻撃的なプレーヤーだったみたいだからね……まぁ考えることはよく分かるよ。一人実力の落ちる選手がいれば自分たちが上手く見えるし」
「ハッ。他人任せで見せ掛けの努力しか出来ねえから、どこのユースにも引っ掛からなかったんだよ。山嵜レベルで満足しとる奴が上へ行けるか」
「き、厳しいなぁ……」
谷口の話は実に共感出来る。普通ならライバルは少なければ少ない方が良い筈だが、アカデミー出身の人間はこういう考え方をするんだよな。
プロの育成機関と言えど、実際に昇格出来るのは一部の極々限られた選手。一方多くのクラブは毎年のように『生え抜き枠』だなんだと言って、必ず数人の選手をトップチームへ昇格させるのが慣例となっている。
己の実力を磨きお呼びが掛かるのを待つより、ポジションの被る選手を潰して『相対的に上手く見える』状況を作り出そうとする傾向があるのだ。
(こういうの宮本の常套手段やったなぁ……)
本職はボランチだが、守備的なポジションへのコンバートを志願し『便利なプレーヤーである』ことを江原にアピールしつつ、元々そこでプレーしていた選手に圧力を掛けていた。ピッチ内外で。
結果的にその部分が評価されトップチーム入り。まぁ確かに、対人能力と運動量に光るものはあったが。多少な、多少。
本気でプロを目指すのであれば必要な工作と言えなくもない。もっとも、山嵜のような中堅校において有効な手口であるかは甚だ疑問だが……。
「……ん、ちょっと待て。ってことは和田もオフェンシブな選手だったのか?」
「うん。基本はサイドハーフで、あとはシャドーとかセンターハーフでもプレーしてたみたい。ボランチより後ろはほとんどやったこと無いって」
「…………いやいやいや。んなアホな」
「え、なんかおかしなこと言った?」
「おかしいもなんも……お前も春休み中見てて気付かなかったのかよ。だとしたら節穴もええとこやで」
フロレンツィアのコーチ陣は和田少年の何を見ていたのだ。アイツの特徴なんて初日のミニゲームだけですぐ分かったぞ。
まぁ良い、むしろ好都合だ。彼が俺の求めた通りのプレーをしてくれて、尚且つ本来の適性を誰も見抜いていないのだとしたら、このゲーム。
「兄さん! もう始めて良いんだよねっ!」
「おう! 噛まして来い、一年坊主ッ!!」
真琴が背後の和田少年へボールを戻し、キックオフ。それと同時に有希、慧ちゃん、小谷松さんの三人が一気にゴール前へ突っ込んでいく。
「まーた悪そうなツラしてんな、ハル」
「いっつもこんな顔やっちゅうに」
隣に陣取る瑞希もしたたかに笑う。嫌な思いをさせられた分、彼女の仇もついでに取って貰うとしよう。では暫しのお暇、傍観者に成り下がるとしますか。
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