677. なにをと言われれば
青学館メンバーに別れを告げ場所を移動。駅前のサ〇ゼで大反省回。
本当は現地解散の予定だったが、流石に今日の出来では勝利だけが手土産というわけにもいかない。
峯岸と橘田さんはいつの間にか帰ってしまった。小煩い会長に一言言ってやろうと思ったのに。
「有希、いつまで落ち込んでんだよ。プレー始めて数か月で、初めての実戦やろ。良いパスも何本かあったし、十分過ぎるくらいやって」
「うー……そう言ってくれるのは嬉しいですけど、やっぱり悔しいですっ……もっと活躍できると思ってたのに……」
まずは有希のアフターフォローから始めることになった。試合後からずっと落ち込んでいたし、一人だけレベルの差を痛感してしまったのだろう。
確かに有希の実力は他のメンバーと比べれば見劣りする。だが些細な問題だ。彼女が努力すればするほどフットサル部の戦力は底上げされる。伸びしろしか無いのだ。気長に成長を待てば良い。
「美味いモン食って元気出せ。つってもサ〇ゼの安メシで悪いけどな。ほら、アラビアータもあるぞ。全部奢りやから好きなだけ食え」
「えっ……ほ、本当ですかっ!?」
「その代わり次の試合で一点取れよ。約束な」
「……わっ、分かりました! 次こそ活躍しますっ! じゃあ、いっぱい食べちゃいますねっ! 店員さん、アラビアータ大盛り二つお願いします!」
「切り替えはえーな……」
一方、時間を掛けている場合でもない切迫した課題もある。有希の手本たる存在がこの始末では安心してトレーニングに打ち込むことも出来ない。
「説教するわけちゃうけどな。いくらなんでも走れなさ過ぎやろ、特に上級生。真琴が一番目立ってどうすんねん」
「まー試験終わってからほっとんど練習してなかったからなー。これくらいはむしろ想定内っしょ」
悠長に構える瑞希である。まぁ彼女は比較的動けていた方だからあまり強く出ることも出来ないが……問題はコイツらだ。
「……すまん有希、あと真琴。ドリンク持って来てくれ。先輩命令」
「早く終わらせてね。シルヴィア先輩は?」
「どうせ日本語分からんからええわ」
新一年二人には席を外してもらう。真琴はだいたい察しているようだが、少なくとも有希がいる前で話すようなことでは無いだろう。
「……技術的な話はこの際ええわ。愛莉も途中から修正出来てたしな。それより運動量や。人数が増えて一人ひとりのプレータイムは前より減っている、なのにバテるのが早くなった。つまり……」
「な、なによっ……」
「なんでしょ~」
「…………お前ら、昨日の夜なにしてた?」
「なにをと言われればナニしてましたけど?」
「わざわざボカしてやったのに……ッ」
おかしいな。こういうところは真面目にやってくれるのがノノの良いところなのに、全然頼りにならないんだけど。あれェ?
「いやいやセンパイ。いくらそーゆーことがあったからって、別にノノたちも覚えたての猿じゃないんですから。それくらいで影響が出るとか……」
「……………………」
「な、なんの話だろうねえ琴音ちゃ~ん?」
「エェ~図星ぃ~……!?」
違った。ノノでも予想出来なかったパターンだ。珍しく想像の上を行ったやつだ。
愛莉は昨日の電話の内容からおおよそ把握はしていたが、この様子だと比奈もドップリか……やっぱ家に帰ってから電話で反省会すれば良かった。サ〇ゼで話すことじゃない絶対に。クッソ。
その手の類で特にノリノリだった二人だ。まさかこんな形で影響が出て来るとは……うわぁ、もう喋りたくねえ……。
「比奈。隠し事はよくありません。詳しくは分かりませんが、その反応から察するになにかしら落ち度があったのでしょう」
「逆に琴音ちゃんが平然としてるのが不思議なんだけどなあ……」
「だってくすみん一人でシないんでしょ」
「あぁ~~そうだったぁぁ~~……!」
珍しく比奈が露骨に落ち込んでいる。あぁ、こないだ琴音と二人だったときそんなこと言ってたな。比奈が色々手を回していたから、琴音はその手の知識が根本的に欠けているという。やだもう昼間っからサ〇ゼでこんな話。
「……い、一応ね? 考えてはいるんだよ?」
「でもシちゃったんでしょ昨日も」
「だって陽翔くんが誘ってくれないだも~ん!」
「泣くほどのことかね比奈さんや」
すげえ。瑞希が比奈相手にツッコんでる。
そういや瑞希も前に話していたな。下ネタとセクハラが加速してるとかなんとか。なんてことない顔しといてやっぱり持て余してたな……。
で、テーブルに突っ伏してピクリとも動かない愛莉。コイツが一番問題だ。
俺も餌で釣るような真似をしてしまった手前、このような公開処刑染みた説教も心苦しい所存だが……言わないわけにはいかないよなぁ。
「……試合前日やぞ。なに考えとんねんお前ら」
「…………すいませんでした……ッ」
「うぅ~……反省しま~す……」
「愛莉には試合中も言うたけど、最低限の分別は付けてくれよ。いやまぁ俺も俺やけど……とにかく、こういうフワッとした雰囲気が橘田会長にも伝わっとるんや。分かんだろ?」
「はい……っ」
「控えま~~す……」
「サ〇ゼで下半身事情の説教してるこの状況マジキモイっすよね」
「ホントそれな」
『ねえミズキ、さっきからなんの話?』
『試合前の準備は大事って話~』
『それは確かにその通りねっ!』
クソ。自分から降っておいてなんだが、物凄く微妙な雰囲気になってしまった。
だがこればかりは本当に大事なことなのだ。今日は結果こそ付いて来たが、公式戦までこの調子じゃどこかで泣きを見るのは明らか。
真琴が加入して余裕が出来たとはいえ、大半が女子という極めて不利な状況に変わりは無い。一人でも調子を崩していたら全体に影響が出てしまう。
「或いはもう、欲に溺れる頻度と同じくらいフィジカル的に追い込めば、トントンになってちょうど良いんじゃないですか」
「具体的には?」
「そりゃもう、楽しくもなんともない長距離走と辛い筋トレです。とゆーかフットサル部の練習、技術練ばっかりで体力作りがおざなり過ぎだと思います。前からちょっと思ってましたけど」
「ならなんで言わなかったんだよ」
「だってやらなくてもウチ強いですし。でもこうやって課題として出て来ているのなら、真面目に考えなきゃダメだと思いますよ」
「……それもそうかもな」
走り込みか……俺は個人的に続けているから別に苦でもなんでもないけど、ノノの言う通り本当につまらないんだよな。効果も分かりにくいし。
試合のための体力作りだから、ゲーム形式で培うのが一番効率的。セレゾン時代に財部がよく言っていたことだが、あくまでも『日頃から努力している』というのが大前提のアドバイスではある。
勿論みんなも個人的に練習はしているんだろうけれど、現にこうして影響は出ているわけだ。本気で全国を目指すのなら必要なことか。
「まー言われてみればね。練習もぶっちゃけヌルいっちゃヌルいし、一回バカになって死ぬ気で追い込むのも必要かもな」
「瑞希と同意見や。効率の良い練習に越したことねえけど、シンプルに気が緩んでるってならここらで締め直した方がええ」
「あー、でもなー。ただ走るってだけじゃヤル気出ないなー。なんかこう、ハルからご褒美的なのがあればなー、嬉しいな~?」
「えーっと~、わたしもただ走るだけはちょっと辛いかなあ~、な~んて……?」
「……一着の奴に明日の俺を自由に振り回す権利を与えよう」
「おっしゃあッ! 死ぬ気で走るぞてめーらッ!」
「は~い頑張りま~~す♪」
そっちが目的かい。
ヤル気出してくれるなら良いけど。
そして比奈。お前はホンマに反省しろ。
「じゃ、暫く体力強化週間ということで。ノノ的にはあんまりメリット無いですけど、一人だけ足並みがブレるのもアレですからね。お付き合いします」
「なんだか私だけ割を食っている気が……」
「琴音センパイももうちょっと体力付けないとですね~」
取りあえず上手いこと纏まった。コースは学校までの坂道にしよう。荷物は一回俺の家に預ければ良いし。問題無い。
「……結局物で釣ってるじゃない」
「ええねんどうせ明日フリーやから。だからまぁ……俺も悪かった。やり方が良くなかったわ。お互い様ってことにしとき」
「……別に気にしてないけどさっ」
どちらかというと『こんなところでプライベートな話広げてごめんなさい』って意味なんだけどな。伝わっていると嬉しい。
腹は括った。要するに、コイツらとイチャついてる時間と同じくらい必死に身体追い込んで、ちゃんと両立させろって話だろ。ならやったるわ。
どちらか一つを優先するなんて器用な真似、俺には。俺たちには出来ないのだ。だったら死ぬ気で努力して、両方とも手に入れるしかないだろ。
楽しいことは全部やる。欲しいものは全部手に入れる。今も未来も、どっちも大事なんだ。そのためにほんの少しだけ背伸びする。
これまでだってずっとそうして来ただろ。ほんのちょっとハードになるだけだ。
「みなさーんお待たせしましっ……あれ、どこか行くんですかっ?」
「行くぞ有希。地獄が待っとるで」
「ほえっ?」
「今から走り込みだってさ、有希」
「……わたし、打ち上げって聞いてたんですけど!?」
「ごめんな。アラビアータはまだ今度奢ってやる」
「そんなァ!?」
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