652. ちょっとは察して欲しい


 春休み中に二人で逢う約束を無理やり立てられ、バリカンによる追撃は逃れることとなった。


 女の子の機嫌を取るためにデートを持ち出すのが癖になりつつある。そろそろ辞めにしたい。いつか身を滅ぼす。


 規模自体はそれほどだが、上大塚の駅ビルにもメンズ向けのショップが幾つか入っている。

 同じ建物内には夏休みに琴音と訪れたスポーツジムがあり非常に便利。先に服を買ってからジムへ向かう。



(流石にチャラ過ぎかな……)


 さっさと汗を流したかった一方、仮にも女の子と出掛けるのだから安いブランドで済ませるのも如何なものかと、結構高い物を買ってしまった。


 すっかり影響を受けている。ユニ〇ロやし〇むらなんて選ぼうものなら比奈と瑞希が一発で見抜いてヤイヤイ言って来るのだ。夏頃まで学校指定の白ワイシャツを何枚も着回していたってのに。


 店員に薦められるまま購入したロング丈のカットソー。下はジョガーパンツというらしい。違いが分からない。上下で一万近くした。納得いかない。



「すいません、人待ってるんで」

「ちょっとくらい良いじゃないですか~~!」

「いやホンマ勘弁してください……」


 時間も時間だったので、ジムでシャワーだけ引っ掛けて待ち合わせ場所の改札前で彼女を待っているのだが。


 何故か見知らぬ女に声を掛けられる。これで三組目だ。上大塚でナンパするな。もっと都会でやれ。


 これに留まらず、街行く女性にやたらジロジロ見られている気がする。

 異性から好印象を持たれるに吝かでは無いが、あまり嬉しくはなかった。アイツら以外からモテてもなんの意味も無いし……。



「……髪の毛、やっと切ったんですね。ま、まったく。探すのに手間取ってしまいました」

「おっせーよボケ。どんだけ待たせ……」


 背後から聞き馴染みのある舌っ足らずな声。振り返らずとも琴音と分かるのは当然として、思わず言葉に詰まってしまったのには理由があった。



「おお……っ!」

「な、なんですか。泡を食ったような顔をして」

「懐かしい!!」

「こっ、声が大きいですっ!?」


 モノクロのワンピース、ピンクのカーデガン。夏休みに遊んだときと丸っきり同じ格好だ。流石に足が寒いのかニーソは履いているが、当時の記憶が蘇るようで柄でもなく興奮してしまう。


 高校生にしてはちょっと幼いコーディネートだけど、彼女ほど突き抜けた可愛らしさを持ち合わせていれば些細な問題。琴音にしか着こなせないし、琴音にしか許されない何かがある。



「み、見すぎです……っ!」

「いや見るて。こんなん穴が開くほど見るて」

「気持ち悪いこと言わないでください……ッ」


 短いスカートの丈をギュッと抑えそっぽを向く。ちゃんと可愛い恰好をしているのは自覚済みなのか。でも着て来ちゃう琴音さん。可愛い。



「あれ。でもお前、瑞希とどっか行ったんじゃねえの。今日のためじゃなかったのか?」

「……良いものが見つからなかったので。比奈にも相談してみたのですが、これを着ていけと言われました」

「なるほど」

「夏合宿のあと、比奈に薦められて買ったんです……あの、写真はやめてください。凄く犯罪的です。勘違いされるので、本当に……っ!」

「ごめん。あと20枚」

「謝って許される枚数じゃないでしょう!?」


 あまりにも恥ずかしがるので5枚程度に収めてスマホをしまう。


 二人に相談したら『いつも通りで良いけど最大限の出力で行け』みたいなこと言われたんだろうな。今度正式にお礼を言おう。いっぱい褒めちゃう。


 つまり、持ち合わせの中で一番可愛い服。一張羅でやって来たわけだ。しかしそうなると……。



「なんで夏休みのときもこれ着て来たんだ?」

「はい?」

「いやだって、そんな恥ずかしがる恰好で俺と逢うの嫌じゃなかったのか?」

「……ほ、他に着る服が無かったんです。偶然です、他意はありませんっ……」

「へえー……」


 本当かなあ。最初からデートする気だったわけではないだろうけど、怠い恰好で逢うのが恥ずかしくて敢えて着て来たんじゃないのかね。琴音さんや。


 意識しちゃってたんじゃないですか? どうなんですか? ねえねえ琴音さん。答えてくださいよ。目を合わせましょうよ。俺が興奮し切る前に。



「さっきから目が気持ち悪いですっ、ジロジロ見ないでくださいっ。切ったら切ったらでその濁った目を隠す努力をしてくださいっ」

「マジで言うとんの? 過去最高に輝いてない?」

「だから気持ち悪いと言っているんです……!」

「ひどいっすよ」


 仕方ない。いつまでも気味悪がれていたら話が進まないしちょっと落ち着こう。

 流石にキモ過ぎちゃったな。ナンパされて調子乗っちゃったね。どれだけ取り繕っても俺は俺だね。悲しい現実だね。



「……チケット、ちゃんと持って来ましたか?」

「そりゃ勿論。時間あるしゆっくり行こうぜ」

「急に冷静にならないでください。怖いです」

「どうすりゃええねんチョケるのも真面目なのもアカンて」

「喋らないでください」

「デートとは? 逢瀬とは?」


 駅ビルの最上階に映画館がある。修学旅行で貰った誕生日プレゼントをいよいよ使う日がやって来たわけだ。


 早足でツカツカ歩く琴音を後ろから追い掛ける。両手とも前に隠してしまうので、繋ぐ気は一切無さそうだ。冷たいやっちゃ。可愛いから許す。



「……珍しい恰好ですね」

「……………………」

「なんで無視するんですか」

「え。だって喋るなって」

「真に受けられても困るのですが」

「なんだよ。言ったことには責任持てよ」

「陽翔さん」

「はい?」

「凄く面倒です。ウザいです。調子に乗り過ぎです。いつも通り、普通にしててください」

「あ、ハイ。すんません」


 エスカレーターを乗り継ぐ間も琴音はちょっと不機嫌そうだった。露骨に浮かれている俺が気に入らないのか、或いは他に原因があるのか。


 対応に困っているのも事実だったりする。


 わざわざ日時を指定して逢う約束をして。普段恥ずかしがって着ない一張羅まで用意して。

 意識していない筈が無いのだ。ただでさえ琴音に対しては甘い俺がここぞとばかりに褒め千切るのだって、容易に予想出来るだろうに。



「さっき買ったばかりでさ。どう?」

「……さあ。良いんじゃないですか。私には、男性のファッションの良し悪しは分かりませんが」

「お前から話振った癖に、もっと感想ねえのかよ」

「似合っていますよ。とっても。これで良いですか?」

「割に合わねえ」


 俺がダル絡みして、琴音がやはりかったるそうに受け答えする。日常的な光景だ。これはこれで楽しいのだけれど、やっぱりな。


 お互いちょっと背伸びして来たんだから、もっと男女の逢瀬というものを意識してくれても良いのに。俺だけ張り切ってるみたいで寂しくなる。



「……今日のために」

「え?」

「今日のために、わざわざ買ったんですか」

「おん。まぁ色々あってよ。琴音と出掛けるんだから半端な恰好じゃアカンやろ。瑞希も言うとったで、お前の隣に立つには諸々勇気がいるって」

「……そ、そうですか……」


 前に立つ琴音はただでさえ猫背気味な背中を更に縮ませ、こちらへ振り返る気配さえ見せない。

 やる気が無さそうに見えるのはいつものことだが、普段はもうちょっと真面目に受け答えしてくれるのにな。


 なんだか最近の琴音、出逢った頃のツンツンした感じに戻ってる気がする。秋頃はもっと素直に甘えてくれていたような気もするし。


 とはいえ、修学旅行でドゲザねこ越しに話してくれた本心を忘れることも出来ない。


 故に不可解。今一つ腹の内が読めない。俺になにを求めているんだ。



「……あの、陽翔さん」

「おん。どした」

「…………すみません。その、色々と」

「いや急に謝られても」

「分かってます。別に陽翔さんはなにも悪くないんです……私が悪いんです、分かってます……でも、そのっ……ちょっとは察して欲しいです……っ」

「へ?」


 最上階まで着いてエスカレーターを降りた琴音。スカートを抑えて皺を伸ばすと、顔を半分だけ捻ってチラチラとこちらの様子を窺う。


 他にもなにかが言いたげだったが、寸前のところで口を噤み。家電量販店を横目にすぐの近くの映画館へと向かう。


 ふらつく足取り。なにも無いところで軽く躓いて、それを誤魔化すように早足で遠ざかっていく。



(……逆に、ってこと?)


 調子に乗っているどころか空気も読めていなかったようだ。意識していたのはやっぱり俺だけじゃない。琴音も同じくらい。いや、それ以上に。


 そうだ。肝心なところまで忘れるところだった。琴音はあの日、ちゃんと伝えてくれたじゃないか。自分からは行けないから、俺がもっと……。


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