576. なんなん?


 そのまま談話スペース散々イチャつき倒す予定だったが、アリーナから練習を終えた運動部がぞろぞろ出て来たため、今日のところは一旦退散する運びとなった。


 結果的には良かったのかもしれない。キスまでなら大丈夫と思っていても、それ以降も理性が持つかは何とも言えなかった。お互いに。然るべきタイミングだ。



 翌日。修学旅行への出発日を目前に控え、二年生は午前中だけアリーナに集められレクリエーションを受けることとなる。


 行先ごとに組み分けされると、なんとまぁ沖縄へ行く連中の多いことか。

 山形を希望した奴はフットサル部の五人を含めてやはり20名と少ししかいない。



「峯岸ちゃん引率なんて出来んの? 夏合宿も冬の遠征にも着いて来なかったのに? ダイジョーブ?」

「流石に私を舐め過ぎじゃないかァ?」


 瑞希が峯岸をおちょくっている。引率は峯岸とサッカー部顧問ハンチョウの二人。

 怠惰の極みと規律の鬼が揃い踏みとは。逆にバランスが取れている可能性。



「何だかんだで縁のある奴ばっかだな」

「ねえ~。フットサル部のみんなと行けるのはラッキーだったな~」

「なっ? 俺に賭けて良かっただろ?」


 ギリギリまで大阪と迷っていたテツオミのサッカー部コンビも同行。


 学年屈指の美少女揃いであるフットサル部と行先を揃えたのがよほど嬉しいらしい。ハイタッチするな。俺を前に。これ見よがしに。



「良し、全員揃ったな。集合は朝の6時。遅れた奴は置いていくから覚悟しろよ。現地に着いたらホテルに荷物を置いて、ロビーで注意事項を確認して、18時まで自由行動。晩飯は……まぁ、あとは現地で追々な」


 ハンチョウの演説は誰一人として聞いていなかった。人望が無い。


 貰ったしおりで三日分のスケジュールを確認する。食事と消灯の時間を除いたらほとんど自由時間だな。かなり緩い。

 ホテルの近くにはスキー場は勿論、温泉街もあるみたいだ。初日は滑り倒して二日目は観光という手もアリか。


 よほどホテルの近くから離れない限り、特に行動は制限しない方針のようだ。殊更に都合が良い。



 ……愛莉にだけってわけにもいかないからな。他の三人、そして有希と真琴にも同じような対応が求められる。いや、俺が望んでいるのだ。


 この自由気ままな修学旅行を利用して、まずは瑞希、比奈、琴音。それぞれとしっかり話をして。そして、全力で楽しむのが最優先。

 

 

(んっ)


 部屋割りもう決まっているのか。四人部屋で、俺とテツオミの二人……もう一人はサッカー部の谷口か。体育の授業でボコボコにして以来だな。


 そうか。当たり前だけど男子と同部屋なのか。アイツらと同じ部屋で寝泊まりする気満々だったけど、普通に考えたらあり得ないよな。


 夏合宿はアクシデントだったが、大阪遠征なんて狭い実家で当たり前のように過ごしていたし。

 なんならここ最近は俺の家にしょっちゅう入り浸っているからな……今更男女で分けられると違和感が凄まじい。



「廣瀬くん、よろしくね」

「え。お、おう。おおきに」


 隣にいたのは噂の谷口だったようだ。谷口大吾タニグチダイゴ、二年生ながら先の選手権予選でも山嵜高校サッカー部の守備陣を担った期待のホープ。


 オミ曰く、中学時代から県トレの常連として知られる実力者で、何故山嵜に進学したのか分からないほどの有望株らしい。


 ふむ。前に顔を合わせたときは「俺より背デカいな」くらいの感想しか抱かなかったけど、改めて向き合うと中々整った顔立ちをしている。

 

 穏やかな笑みを添え隣の女子と会話を弾ませる谷口。爽やか系イケメンってやつか。分からんけど。ムカつくな。妙に女慣れしているのもムカつくな。だからなんだって話だけど。俺には関係ないけど。ムカつくな。



 説明会が終了。この後は各自解散となり明日の早過ぎる集合時間に備えることとなる。

 少し位置の離れていた皆のもとへ歩き出すと、またも谷口に話し掛けられた。



「廣瀬くん、スキーとスノボどっちをやるの?」

「えっ。あぁ、スノボやけど。それが?」

「いや、経験者なのかなって。哲哉と武臣は初心者らしいからさ、一人くらい一緒にガンガン滑れる人がいると助かるんだよね」

「なんや。自慢しに来たんか」

「あはは、違うちがうって。小学生までは道民だったからね、向こうじゃ誰でも滑れるんだから自慢にならないよ」


 ふーん。北海道出身なのか。北国だと高身長で色白のイケメンが育ちやすいのかな。なんでもええわ。興味も無いわ。



「一応スノボにしたって程度の初心者や。温泉入って寛ぐのが目的やからな、その手の相談は他を当たってくれ」

「あーそっかー。なら仕方ないね……そう言えば瑞希はどうなのかな」

「……あっ? 瑞希? 知り合いか?」

「同じクラスだよ。A組だから。特別が仲良いってわけじゃないけど、まぁ割と喋る方ではあるかな」


 そっか、瑞希はA組なんだっけ。担任のハンチョウが着いて来てウザイウザイ言ってたもんな。で、A組には二年のサッカー部が集まってるとかなんとか。


 って、なに気軽に名前で呼んでるんだよ。大して仲が良いわけでもなしに女子を呼び捨てとか、イケメンからしたら普通なのか?

 サッカー部戦まで俺が抱えていた葛藤はイケメンにとっては無用なのか? は? なんなん?



「ハルぅー、ごはん食べにい……あれ、タニーじゃん。ハルになんか用?」

「廣瀬くんと同じ部屋になったから、ちょっと仲良くなっておこうと思って」

「ほーん。イケメンは手が早いですな」

「あはは。やめてくれって」


 すっげえナチュラルに会話弾ませるし……確かに瑞希がクラスで誰とどう過ごしているかなんて知らなかったけど、こうも見せ付けられると……クッ。



「……なに妬いてんのよ。クラスメイトでしょ?」

「愛莉……いや別に、そうじゃねえよ」


 いつの間にか残る三人も勢揃い。朝の段階ではやや昨日のやり取りが尾を引いていた愛莉だったが、時間が経つに連れいつもの調子に戻っていた。



「そうだよね~。真琴ちゃんのときもすっごい嫉妬してたもんね」

「はあ? なんだよ比奈まで」

「……少しはこちら側の気持ちもご理解いただければ幸いですね」

「え、なに琴音?」

「なんでもないですっ」


 比奈と琴音も後に続く。

 なんだよ。茶化すんじゃねえよ。


 確かに真琴が男だと思っていた時期は、みんなに囲まれるアイツに少し妬いていたかもしれないけど。でもすぐに気付いたわけだし、言うてちょっとの期間だぞ。


 俺が谷口に嫉妬? 馬鹿言え、そりゃ顔面偏差値では劣るかもしれないが、ボールの扱いにかけては俺のほうが100年上を行っているのだ。

 短い人生において俺が敗北感を覚えた相手など居やしない。自尊心だけは人一倍だぞ。舐めんな。



(…………やめよう。アホらしい)


 即時撤回。死ぬほどイライラしている。


 元よりボール一つ挟まなければロクにコミュニケーションも取れなかった俺だ。フットサル部の連中を除いて女性の相手など経験皆無なのだから。


 その手の気遣いは谷口のみならず、そこらの男共と比べても圧倒的に劣る。

 藤村みたいに寝取られ癖も付いていなければ、谷口の紳士的な振舞いに焦りを覚えるのも当然の……いや、待てよ……ッ。



(……寝取られる……ッ!?)


 ヤバイ。その可能性は考えてなかった。


 修学旅行なんてちょっとしたきっかけで男女の仲が急接近するものだろ。

 もし俺がいつも通りのかったるい言動でアイツらを困らせている間、谷口が紳士的に、或いは情熱的に迫ったらどうなる……!?



「フットサル部のみんなとは一度話してみたいと思ってたんだ。なんせサッカー部の一軍を倒した強豪なんだからね」

「そ、そうか……ッ」

「楽しみだね、修学旅行」

「あ、ああっ、せやな……」


 女性陣を見渡し、爽やかなスマイルを撒き散らす谷口。や、やめろ。奴を見るな。耳を傾けるな。


 まさかコイツ、俺を餌にフットサルの皆を狙っているのか? 紳士的なフリして隙あらばってか? そうなのか……!?



「なに? ハルどしたん?」

「……い、行くぞっ! 昼飯やろ! 奢ったるから、さっさと来い!」

「マジで!? やったー! タニーばいば~い!」


 瑞希の手を引いて、皆に着いてくるよう促すと同時にアリーナから一目散に離れる。谷口め、お前の思い通りにはさせん……ッ!



「……なに焦ってんのよ、アイツ」

「新鮮で可愛いねえ」

「日頃の行いが悪いからです」


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