522. なに笑とんねん
目に付いた軽食を買っては食べ買っては食べ、ついでに食っているところの写真を撮っては食べ。そんなことを繰り返し、あっという間に陽も落ちる頃合い。
華奢な身体つきからは想像にも及ばないが、この早坂有希という女の子は本当によく食べる。
家庭教師時代に夕食へお邪魔して、ママさんの作ったご飯をペロリと完食しているところを見て「年頃らしからぬ食いっぷりだな」とは常々思っていたが。
軽食を何度も取れば実質一食分になる筈だが、彼女の食欲と浪費は留まることを知らなかった。
結局大人っぽくないと敬遠していたタピオカも飲んでるし。二杯も。
こんなに食べるのが好きなのに料理は壊滅的だなんて、悲運の星の下に生まれたものだ。早坂家の食費事情が心配。メッチャ食べるし、メッチャ食材無駄にするし。
「そろそろ晩ご飯ですね……あっ、このお店なんだかお洒落で良いかもですっ!」
「まだ食うのかよお前……」
中華街を往復し駅前のストリートに戻って来たところで、気持ち高級感あるイギリス料理の店を指差し興奮気味に手を握る彼女。
ちなみにタピオカは台湾発祥で、ポッピングボバとやらは韓国のスイーツらしい。加えてイギリスとは、今日だけで何か国制覇するつもりなのか。
「もうそこのス○バでええやん……」
「あれはデザートなので、ご飯には入りません! さあさあ! あっ、すみません! 二人ですっ!」
颯爽と扉を潜り店内へ侵入。
駄目だ。もう止められない。普通にリードされてる。大人っぽさ殴り捨てに掛かってる。若しくは逆に大人なのか。分からん。
(何だかんだコイツが中心なんだろうなぁ)
有希に連れ回される真琴とエリちゃんの苦労が目に浮かぶようだ。
一切気を遣わなくていい相手にはいっつもこんな感じなんだろうな。ようやく俺もその仲間入りというわけか。素直に喜べるかは怪しいところ。
(ふむ……)
流れで席に着いてしまったが、中々に小洒落た空間というか、本格的な装いだな。かなり落ち着いた雰囲気だし、プロポーズには最適な店だろう。
周りの客も心なしかドレスコードっぽいし、子どもだけで入るにはちょっと背伸びし過ぎな気も。
「イギリス料理! カッコいいですよね!」
「お前ホンマふんわりとした動機だけで生きとるな……」
「これがメニューですかねっ?」
薄っぺらいメニュー表を眺め目を輝かせる有希。
が、暫くすると眉間に皺を寄せ気難しそうな表情へと変化していく。隅々までにらめっこを続け、次第に瞳には困惑の色が。
「……あの、廣瀬さんっ……」
「おん。どした」
「よ、読めませんっ……!!」
「なんや。異国情緒に染まり過ぎて日本語不自由になったんか。ポカ○ンタスか?」
「そっ、それは分からないですけど!」
手渡されたメニュー表を確認してみる…………あぁ、全部英語なのか。かなり本場に寄せた店なんだな。いや日本で店開くなら多少は気を遣えよ。プライド高過ぎか。
「肉料理多いな……焼き方とか拘りあるか?」
「あっ、ありません……!」
「じゃあ適当に頼むわ。すんませーん」
店員を呼び寄せる。現れたのは堀の深い金髪の男性ウェイター……外国人だな。高級ホテルでしか見たこと無いぞその制服。黒の蝶ネクタイて。緊張させんな。
今更だけど、ウェイターも厨房にいるキッチンスタッフもみんな外国人じゃねえか。お客さんも七割方外国人だし。
もしかしなくてもここ、観光客向けの店かよ。完全に選択間違えとるやん。
「ひっ、廣瀬さぁーん……!」
「はいはい……」
昼の観劇と同じ状況に追い込まれてしまった有希。
一日に二度も語学力でマウントを取られるとは。背伸びすると上から叩き潰されるこの様式美いったいなに。
『What would you like?』
「わわっ!? えっ、えーっと、そのぉ……!」
超簡単な質問なのに……仕方ない、助け舟出してやるか。なんで母国でメシ食うだけなのにこんな思いさせられるんだろうこの子。可哀想に。
『この上から二つ目のステーキとサラダのセット……そう、これ。彼女にも同じものを。片方は大サイズで』
『焼き加減はいかがしますか?』
『どっちもミディアムレアで』
『かしこまりました。少々お待ちください』
『お構いなく』
メニュー表を引き下げウェイターが席を離れる。唖然とした表情で俺を見つめる有希……なんだよ、変な顔するなって。
「すっ、すごい……っ!!」
「いやいや……あんなん中学英語でも余裕やろ」
「でっ、でもちゃんと話せてるじゃないですかっ! ただ知ってるだけじゃなくてキチンとお話出来るの、すごいと思います!」
「文法とかメチャクチャやけどな……だいたい意味が通ってればええねん、向こうも察してくれっから」
真面目に勉強していたのは大阪に居た頃までだから、実際のところ英語に限らずスキルはガタ落ちしている。
ウェイターもちょっとニコニコしてたし、学生にしては頑張ったな程度の拙いレベルなのだろう。
海外で生活するならいざ知らず、日本で語学力発揮したところで自慢としか思われないからあんまり使いたくないんだよな……英語の授業で喋らされても未だにクスクス笑われるし。あれホンマ気分悪い。
「まぁあれや、自信持って話すのが大切やな。単語だけでも伝われば拾ってくれるから。間違ってても向こうからしたら面白外国人扱いやし、大して損も無いわ」
「なっ、なるほど……てことは廣瀬さん、やっぱりさっきの英語劇もぜんぶ……」
「おおよそは」
「……す、すごすぎる……っ!」
感心したように掌を合わせ拍手を送る。
こうもベタ褒めだと流石に恥ずかしい。
サッカー以外の数少ない得意分野なのだ、こればっかりは多少大目に見て欲しい。というかぶっちゃけ喋るよりリスニングの方が得意。
教材使って勉強したり、海外の試合を違法視聴サイト使って向こうの実況で見たりしてたし。ドイツ語とかロシア語とか無駄に覚えてる。
ちなみにロシア語で「惜しい」はワロータと話す。シュート外しといてなに笑とんねんとか思ってた。超どうでも良い話。
「こんなに流暢に話せたら、世界中どこでもお仕事出来ちゃいますねっ」
「出るつもり無いけどな」
「でもでもっ、せっかくならこれを活かせるお仕事とか、向いてると思います! お母さんみたいに!」
「……は? ママさんが?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
そもそも有希ママが働いていること自体初耳なんだけど。専業主婦じゃなかったのか。で、お母さんみたいにとはどういうことだ?
「英会話の先生かなんかか?」
「いえいえっ。ほら、私のお家の最寄り駅からちょっと離れたところに、区役所があるじゃないですか。あそこの……多文化交流? センター? ってところでお仕事してるんです。お手伝いさんみたいな感じで」
「へぇー……」
聞いたこともねえな……第一にあの辺りの地理まったく知らないし。交流センターなるものも初めて知った。そこでパートをしているのか。
「学生の頃にホームステイしたことがあって、ちょっとだけ話せるらしいんです。日本で暮らしてる外国人さんのサポート? とか、そういうお仕事だそうですよ」
「ほーん……そんな仕事があるんやな」
「ちなみにお父さんとはホームステイ先のお家が一緒で、それがキッカケで仲良くなったって聞きました。お父さんも英語ペラペラなんですよっ」
「逆になんでお前は話せねえんだよ」
「……さっ、才能が無かった、から?」
「教えてやる。それは怠惰というやつや」
「ひうぅっ!」
とてつもなく恵まれた環境下で育ちながらこの現状か……まぁある意味で有希らしいと言えば有希らしいかも分からんが。
…………そうか。お手伝いさんってことは……もしかしたら高校生の俺でも、何かしら出来る仕事があるかも……?
「あっ、きっ、来ましたよ廣瀬さん! ハンバーグですか、美味しそうですね!」
「ステーキだって」
「それでっ、どの辺りが貴重なんですか!? ほらっ、なんとかレアって言ってたじゃないですか!」
「ソシャゲやり過ぎお前」
駄目だ、誤魔化そうとして我を失っている。取りあえずしっかり食べさせて自宅まで送り届けよう。元よりそのつもりだが、思わぬ収穫があるやもしれぬ。
「お待たセしましタ。ごゆっくリどうゾ」
「いや日本語話せんのかい」
「アナタ、エイゴ、素晴らしイ!」
「あ、どうも……」
綺麗にオチを付けるな。
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