490. 仁義なき悪戯《タタカイ》 PART6
状況を整理しよう。
まず瑞希の話した通り、初見のリアクションから考えても琴音が犯人である線は薄い。バンクシー来訪事件のように、彼女が行動を起こすならほとんどの場合瑞希の策略によるものだ。
加えて先の一件のおかげで私物へのガードが厳しくなったノノも、今回ばかりは犯人から除外すべきだろうか……だが内容はいかにもノノが考えそうなものだ。真っ先に嫌疑が掛かる辺り無視は出来ない。
瑞希にとっては難しい推理だ……なんせ席を外しているほんの僅かな隙に犯行が終わってしまったのだから、各々のアリバイを証明する手立てが存在しない。
となるとやはり、財布をダサいものにすり替えるという少々特異な手口から犯人を炙り出していくほかに方法は無いが……。
「うむむむっ、難しいな……選手権史上最高の難事件の匂いがするぜ……っ!」
「ではセンパイ。ノノを犯人から除外するとお約束するのなら、一つヒントをお届けしましょう!」
「それを知ってる時点で共犯だけどなァ?」
はじめにカードを切ったのはなんとしても疑いを晴らしたいノノ。前回のポンコツ推理を見た限りまともなヒントを提示できるとは思えないが……?
「スマホを隠す。財布を隠す。この辺りは選手権の鉄板です。つまり誰にでも思い付くイタズラなのですよ。そこを敢えて財布だけすり替える……間違いなく性根の捻くれた人間の仕業なのですっ!」
「いやホントそれな……うん、そう考えるとひーにゃんじゃない気はする。なんかいっつも犯人っぽいふいんき出してるけど、だいたい違うもんな」
「わたしは潔白だよー」
「ほらっ、このニヤニヤした顔! なんか隠してそーな態度! そーゆーの良くないと思うなァッ!」
お得意の純正スマイルで瑞希を惑わせに掛かる比奈だが、やはり彼女もこの選手権においては掻き回し役に留まることが多い。
まぁネタバレになってしまうが、比奈は犯行の最中ずっと琴音とお喋りをしていた。彼女は一切関与していない。瑞希の推理通りだ。
「となるとやっぱりコイツらか……」
「だって。ハルト」
「悲しいモンやな。半年間ずっと一緒にやって来てこんな些細なことで疑われちまうなんて」
「その絆をビリビリに引き裂くレベルの凶行だっつってんだよこの野郎がッ!!」
どうやら容疑者は俺と愛莉の二択に絞られたようだ。自他ともに底意地の悪さは認めざるを得ないところだが、いったいどちらが犯人なのか。
「困ったわね……よりによって瑞希に土下座なんて、死んでもお断りだわ」
「足でも舐めた方がマシやな」
「ほぉ~んならトコトン行こうじゃねーか……ッ!」
琴音がカメラを回し、一人ずつアリバイの証明が始まる。まず口を開いたのは愛莉だ。
「私も財布は結構こだわりあるから、そういうイタズラはやらないわよ。ていうか、いかにもハルトがやりそうなやつじゃない。こんなのもう決まりよ」
「陽翔さん。なにか弁明は」
「まず第一に、俺は瑞希の財布がどんなものだったか把握していない。なのにすり替えとか出来ん。以上」
「そう言えば愛莉センパイ、前に瑞希センパイの財布どこで買ったか聞いてましたよね! 羨ましさのあまり犯行に及んだということじゃないですか!?」
「ハァっ!? ちっ、違うわよっ! あんな趣味の悪い財布どこに売ってるのか気になっただけだっての!」
「テメェこの野郎……ッ」
不要の罪を重ねる愛莉はともかく。
この二つの証言。俺は彼女の財布を把握しておらず、対照的に愛莉は財布へ興味を持っていたという事実は、瑞希の覚束ない推理を決定的なものへと導く根拠となり得るだろう。
もっとも瑞希が馬鹿正直にノノの証言を信じるかは微妙だ……自信への追及を免れるために吐いた嘘という可能性もまだまだ捨て切れないところ。
「ふむ……じゃあフラットな立場のひーにゃんに聞こうじゃないか。イタズラしてるところ自体は見てないんよな?」
「うん。気付いてなかったよ」
「おっけー。簡単に分かったらつまんねえしな!」
あくまでもゲームそのものは楽しむと。
だから付け入られるんだよ反省しろ。
「わたしが最後に見たときはまだ鞄の上に置いてあったかな……ちょうど瑞希ちゃんがお手洗いに行って、ソファーのところを見たときはもう無かった気がするよ」
「隣に居たのは確か……愛莉さんでは?」
「ノノも見てました。瑞希センパイがスマホ弄ってるのを愛莉センパイが覗いていたと思います」
「ハルのコラ画像作って遊んでたアレな」
「いやなにしとんねん」
勝手に人の顔で遊ぶな。
やるとしても事前に承諾を得ろ。
だが状況証拠だけでも、愛莉の線がかなり怪しいな。瑞希がトイレに行っていた時間はそう長くはなかったし、財布の中身を入れ替えるだけでもそれなりの時間を食うとなれば……。
「……まっ、決まりだな」
「えー。私なんだ……」
「あたしのクソお洒落な財布に嫉妬した長瀬は、つい出来心から財布をすり替えてしまった……そのまま気付かなければ財布は自分のモノになると、そう思っていたんだな! 甘いッ! その手は食らわんッ!」
「だとしても高望みし過ぎでしょ……」
「気付かんとしたらお前がアホなだけや」
「さぁ決着の時間だ長瀬ェェッッ!! こっち来いやああああッッ!!」
渋々立ち上がった愛莉、ソファーの前へ赴き勝利を確信した瑞希と対峙する。対照的な様子が印象深い。
「愛莉センパイ結構な頻度で疑われますけど、一回も土下座したこと無いですよね」
「ご自身が犯人の際も必ず嫌疑を避けていますね」
「ついに愛莉ちゃんも敗北かな~?」
カメラを構え決着の瞬間を待ち焦がれる三人。真面目な議論のようにも見えるが、どちらが頭を下げることになるのか彼女たちは既に知っている。性格悪い。
「犯人はっ、お前だ長瀬ッ!! あたしに謝れえええ゛ええええ゛えッッ!!!!」
ビシッと指を突き出し絶叫する瑞希。推理ドラマさながらの名演技に、周囲の緊張も次第に高まる。切迫しているのは瑞希だけだが。
「……本当に良いのね?」
「お前しかいねえだろこのド畜生がッ!」
「ファイナルアンサー?」
「ふぁいなるあんさー!!」
「はぁー……こうも決め付けられると悲しいものね……なら答えてあげるわよ」
深いため息とともに、愛莉は両手を膝に沿えゆっくりと身体を縮めていく。スムーズに土下座へ移行するための前段階のようにも見えるが、果たして結果は。
「私は、瑞希の財布をすり替えて――――――――」
「――――ませーん!!!!」
「クソア゛アアアァァ゛ァァアアあアアアアぁぁ゛あアア゛アアァァ゛ァァア゛アァァァァァ゛ァッッ!゛!!!」
むくりと顔を上げ大っぴらに舌を出す愛莉と入れ替わるように、瑞希の身体が地面へ高速で落下していく。
世にも美しい渾身の土下座が決まり、愛莉は勝ち誇った顔で高笑い。残る三人もゲラゲラと下品にソファーの上で笑い転げている。
まさかの推理失敗に怒りで震える彼女へゆっくりと近寄り、そっと肩を叩いた。
「…………俺が犯人だァ……!」
「テメェこのやろォォォ゛ォォォ゛ッッ!!」
「残念だったな…… 財布が誰のものかは知らない、これは事実や。たまたま近くにほっぽいといた自分を恨むんやな……」
「そういうことか゛ァ゛……ッ!!」
俺はこの場でなに一つ嘘を吐いていない。元々すり替え自体は計画していて、このバリバリ財布も用意してあった。偶然目に入ったのが瑞希の派手な財布だったのだ。
「アンタにとって誤算だったのは……私が本気であの財布をダサいと思っていたという、ただそれだけよ……!」
「それもそれでムカつく゛ゥ゛ゥ゛……ッ!」
追い打ちを掛けるような言葉に、力任せに地面を拳で叩き付ける瑞希。一連のやり取りで溜まっていった愛莉へのヘイトに気を取られ、イタズラの内容、巧妙さというシンプルな着目点をしっかり考査しなかったのが、瑞希、お前の敗因だ……!
「つうわけで瑞希。愛莉を疑った罰ってことで、今日から一週間この財布で生活な」
「ハァッ!? 無理ムリダサいダサいダサいッ!!」
「んなゴテゴテした派手な財布使っとるから今回みたいに余計なところで目ェ付けられるんだよ。なに、ほんの一週間だ。童心に帰ったと思えば愛着も沸いて来るさ」
「だから使ったことねえっつってんだろこのタイプ!! は!? マジで!? あたしクラスでもこのダサい財布使わねえといけないの!?」
「まぁまぁ、意外と使い出したらシックリくるかもしれませんよ? ほら、チェーンも着いてますし腰のところに……」
ノノの施しで腰回りの引っ掛けるところにチェーンが装着される。力無く立ち上がった瑞希、一旦ポケットに財布をしまい再び取り出す。
「あれえ、センパイ財布変えたんですかぁ?」
「……あー、そうそう……チェーンも着いてるし失くしにくいし……おっ、意外と収納も多くて使いやす…………ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ゛!゛!!!」
ヤケクソのノリツッコミも長持ちはせず思いっきり地面へ叩き付けるが、伸縮性の優れたチェーンのおかげで軽々とバウンドし瑞希の顔面へ直撃する。
そのまま財布を握り締め廊下へうつ伏せで倒れ込む。オチまで完璧に決まり、談話スペースは爆笑の渦に包まれるのであった。
……一週間後、意外に使いやすいかもしれないと罰ゲーム終了と同時にノノがバリバリ財布を譲り受け、大阪遠征直前まで我が物顔で使い続けたのはまた別の話である……。
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