481. この泥棒猫めッ!!
群衆ど真ん中を牛歩に揉まれている分にはちょうどいい恰好かと思っていたが、どうやら見当違いだったようだ。普通に寒すぎる。せめてあと一枚。
この際階段があった方がまだマシだった。賽銭箱まで永遠かのように続く長い長い行列を文香と並び歩く。歩くってほどでもない。小刻みに揺れているだけ。
「さっきから何やっとんねん」
「んー? パ○プロ」
「辞めろや歩きながら……お喋りしようや」
「にゃははっ。お喋りて、はーくんそんな柄ちゃうやろ? ええねんいっくらでも時間あんねんから。楽しみは取っときいや」
「お前な……」
「おっ、サヨナラのチャンス~♪」
確かに誘ったのは俺の方だけれど、こうも雑に扱われるとペースも乱れるというもの。
いっつも連中にジロジロ顔ばかり見られているから、これはこれで新鮮な気がしないでも無いけれど。
所謂スマホゲームというやつだろうか。人差し指を器用にスワイプさせヒットを放つ。
フットサル部の癖に野球ゲームかよと今更ツッコむ気にもならない。
小さい頃からよくやっていたシリーズで、家に遊びに来て俺が相手をしなくなると、すぐにゲーム機を開いて熱中していた。
偶にどんなものかと気になって画面を覗いてみるのだが、野球ゲームなのにしょっちゅう女性キャラとデートをしているし、ルートを間違えると主人公が精神崩壊したりヒロインが爆破されてしまったりする。
今になっても内容はよく分からない。調べる気も無い。取りあえず海でデートをすると打球の弾道が上がって、胡散臭いマッドサイエンティストに出会うと文香が泣き出すことだけは知っている。
「……あれ。あんときお前もいたっけ」
「んー? なにが?」
「幼稚園の頃、父方のじいちゃんに野球連れてかれてな。めっちゃ忘れとったけど、お前もおったよな?」
「ナイターのドラゴンズ戦やろ? おったおった。ヤマモトマサに完璧抑えられたアレな。しっかし息の長い選手やったなあ」
「流石にもう引退してるのか」
「あんときもう大ベテランやったしなあ……んー、ウチも久々に甲子園行きたいなあ。春休み帰って来たら一緒に行こうや。ルールもっかい教えたるから」
「……ヒマやったらな」
「なんやそれぇ! そっちがお喋りしよ言うから乗ってあげとるんに、そのリアクションはアカンで!」
「わ、悪かったって……」
不満そうに唇を尖らせるが、次の試合が始まったのか再びスマホに熱中し始める。こういう独特の雰囲気というか、謎に切り替えが早いところも変わらんな……。
(そういやこんなもんやったなぁ……)
幼馴染という分かりやすい括りで語られる二人だが、元を辿ればそもそも性格が合わないのだ、俺たちは。
このように文香は小さい頃からサッカーより野球の方が好きだったし、会話もところどころ噛み合わない。
歳が一つ違ければ共通の趣味も無いし、文香に連れ出されなければどこかへ遊びに行くことも無い。
偶々幼稚園が一緒で、小さい頃にちょっとだけ仲良くなったというだけの間柄。本来ならとっくに縁が切れていてもなんら不思議ではない関係なのだ。
なのにどうしてか、今日に至るまでこのチグハグなやり取りは続いているし、挙句の果てに俺のことを好いているとまで宣う。
根は飽きっぽいというか、オンオフの切り替えが激しいタイプだ。異様に冷めた反応を見せることも少なくない。
そういうところももしかしたら、ガキの頃の俺がいま一つ信用に足らないと感じた理由だったのかとも思う。
では何故、文香はここまで俺に拘り続けるのか。女ばかり引き連れて帰郷した俺を、今でも引き留めようとしているのか。
(まぁ、今更な)
この出来の悪い空間を心底気に入っているように。文香、お前も同じなのだろう。理由など無い。近くにいることが当たり前で。
それ以上の関係など、どちらも望んでいなかったのだ。たったこれだけのことに気付くまで、随分と掛かってしまった。
「……分かっとらんなあ」
「あ?」
「ちょっと考えるだけやろ、アホっ……これでも照れてんねんで。なに普通に褒めとんねん。なに普通に話し掛けて来とんねん……ホンマ調子狂うわ」
頬をほんのりと染めそっぽを向く彼女。
汐らしい顔がクソほども似合わないのは、もう言わないでおこう。俺とて若干無理をしているのは同じわけで。
ただし、言い訳はしない。
やるからには全力で、出来るところから。
「今更理由とか聞くなよ。舞洲で全部話したろ」
「せやけどなぁ……こんなゴリゴリに接近されたら困るもんは困るっちゅうねん……あんま調子乗らんといてや?」
「やるだけやってみるわ」
「ったく、ホンマ敵わんわ……」
その程度の覚悟で俺に対抗できると思うな。今の俺は無敵だ。バチバチに手術成功してるから。それもセルフで。ざまぁみろ。
取りあえず春休みの予定は空けておこう。
どうせ凝りもせず帰って来る。
色々と理由はあるけどな。
結局お前に逢うのが目的になりそうだよ。
* * * *
それから数十分後。長蛇の列を抜け出しようやく目的地が近付いて来た。忍ばせておいた五円玉を取り出し賽銭箱へ一歩踏み出す。
「案外早かったな」
「はーくんなんのお願いするん? やっぱ野球が上手くなりたいとか? 彼女が欲しいならすぐにでも叶えたるで?」
「いつまでパワ○ロ引き摺ってんだよ」
思いのほか立ち直りの早い文香である。そうそう、ここで野球が上手くなりたいってお願いすると筋力ポイントと技術ポイントが……俺も俺でよく覚えてるな。どうでも良すぎるしこの話は辞めよう。
一通りルーティーンを終え賽銭箱を離れる。まだまだ続く長蛇の列。午前中に来ておいて良かった。今から並んでいては日が暮れる勢いだ。
「で? なにお願いしたん?」
「言わねえよ」
「えー? 教えてえやあ!」
らしさも全開に駄々をこねる文香である。
そりゃもう色々だ。アイツらとのこと、フットサル部の今後、そして文香との関係……誰にも言わねえよ。言えるわけあるか。
どうせ口にしなくとも現実になる筈だ。
筈っていうか、実現させるけど。
さて。あとは初詣にやることといえば、おみくじとか甘酒飲むとか、あとなんだろう。この辺りまったく分からんな。どうしよ。
「おや。こんにちは」
「……え。あぁ、どうも」
「こんなところで奇遇ですね……あら世良っち。私からのお誘いを断ってどうしたものかと思えば、廣瀬さんとご一緒とは。生意気ですね」
「げえっ!? しおりん!?」
偶然もあるもので、青学館フットサル部キャプテンの日比野栞と出くわする。厚手のコートに丸眼鏡……随分と印象が変わるな。一瞬誰かと思ったわ。
不味いな……面倒な相手に捕まった。
試合後の一幕から今日に至るまで、SNSで結構しつこく誘われてるんだよなぁ……内容も内容で「いつ頃食べていただける予定ですか?」の一点張りだし。超怖い。
一癖どころではないキャプテンの登場に文香も動揺している様子であった。
呼び方からして仲が良いのは察するところだが、雰囲気から伝う明確な上下関係までは抗い切れない……。
「あけましておめでとうございます。昨年もお世話に……と言っても短いお付き合いでしたが。今年もよろしくお願いします」
「あ、おん。よろしく……」
「世良っち。私に黙って廣瀬さんを独り占めとは良いご身分ですね。複数人プレイなら私も誘えと散々言ったじゃないですか」
「んなん言われた覚えない……って、しおりんなぁ……はーくんの前でくらい下ネタ辞めようや……」
「そう言われましても、ライフワークみたいなものですから。それはそうと廣瀬さん。この後お時間ありますか? お誘いはいま申し上げた通りですが。世良っちも前菜として軽く平らげていただければ……」
「ウチを混ぜんといてやッ?!」
駄目だ。全然ペース握らせてくれない。出逢った頃の愛莉や琴音より扱い難しいわ。ザックリ纏めてちょっと嫌いだよアンタ。
「見たところ、お二人だけで秘密の逢瀬といったところですか。なるほど。では私もご一緒させていただきます」
「どういう回路辿ればそうなんだよ」
「さあどうぞ世良っち。今こそ私を辱めるチャンスです。夢を叶えてください。往来のど真ん中で「この泥棒猫めッ!!」……と全力で叫んでください」
「やらんやらんやらん……」
「デートの邪魔をするつもりはありません。安心してください。私はただ仲の良いお二人を横目に「この女さえ始末すれば彼は私のものに……ッ!!」と醜い嫉妬に震えるだけですから。どうぞお二人のご自由に」
「……ごめんはーくん……」
「お前が謝るべきやない。絶対に」
本当になにを考えているんだこの人は……見た目だけなら丸眼鏡とおさげで正統派の文学美少女だというのに、とんでもない性癖飼ってやがる。あと話し言葉が琴音と若干被っているのも地味にムカつく。
思春期拗らせるとこういう性格になっちまうんだな……試合中は憎たらしいほど目に入る良い選手だったのに……聞いてた話と違うって真琴……。
「……いっつもこんな調子なのか?」
「フットサル部関係無いとだいたいこんなんやなぁ……頼りになる先輩なんもホンマやけど。男子相手にもエグイ下ネタ飛ばすねんで。真顔で」
「恐ろしい女だ……ッ」
というわけで、若干一名ほど部外者が乱入したところで初詣はもう少し続く。
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