468. スマートなレクリエーション
【試合終了】
廣瀬陽翔×2 日比野栞×1
市川ノノ×1 世良文香×1
長瀬愛莉×1
金澤瑞希×1
【山嵜高校5-2青学館高校】
残り5分での勝ち越しゴールは青学館にとって想像以上に重く圧し掛かるものがあったようで。
俺たちを苦しめた前半序盤の戦い方にシフトした後もゴールを脅かすような機会は無く。むしろ愛莉と瑞希のカウンターの餌食となり、結果となって表れた。
12分過ぎ。日比野さんがドリブルで持ち上がり14番へくさびのパスを狙ったところ、比奈の巧みなパスカットが決まる。そのまま愛莉へと繋がり、ゴレイロとの一対一を制し追加点。
終了間際には日比野さん自らゴレイロ用のビブスを纏いパワープレーを仕掛けて来たが、琴音のロングスローに瑞希が抜け出し無人のゴールへと流し込んだ。
最終的には3点差まで開き、終了のホイッスルを耳にすることとなる。激闘を終え誰も彼もコートへ倒れ込み、スタンドからは惜しみない拍手が送られた。
そんななか、唯一冷静を装い互いに歩み寄る俺と日比野さん。流石に消耗も激しく肩を揺らしているが、表情だけは晴れやかなものがある。
「……完敗です」
「スコアだけならな」
「ご謙遜を。結果ほど差は無いとか、スコア以上に差があったとか、第三者の言い分ですから。この5-2というスタッツがそのまま私たちの実力差です」
汗に塗れた右の掌は仄かに暖かい。
細く白い指が滑り落ちていく。
「見事なゲームマネジメントでした。我々はまだメンバー交代で流れを変えられるほどの幅広さは持ち合わせていませんから。あの切羽詰まった状況では世良っちにも重荷ですし」
「あんま褒め過ぎるなよ。あとで後悔するで」
「………では、お言葉に甘えましょう」
無理やり皺を寄せ微笑む辺り、内心笑っていられるような心境ではないのだろう。それでも必死に隠そうとしているだけ試合前よりはマシか。
「どれだけ理想的な形を追求しても、最後に明暗を分けるのは個の力……廣瀬さんのプレーを見て痛感しました。私にも足りないものがまだまだ多いですね」
「かもしれんな」
「あまりにも遅過ぎました……スタミナには自信がありません故、劣勢を強いられれば本来の力が出せないことなど、とっくに分かり切っていた筈なのに」
そうは言うが、彼女が一人で仕掛けるようになった後半最後の時間帯は俺も対応に手を焼いていた。どこかしらで破綻してもおかしくは無かったし、これも含めて結果論だ。
だが守り切ったことが何よりの証明。
言葉通り、すべてはスコアに詰まっている。
「一つだけアドバイスしてやるよ」
「……はい? なんでしょう?」
「耳タコかも分からんけどな。型に嵌めるのも自由にやらせるのも、どっちも正解や。せやかてアンタにその力が無いことには自己満足、おままごとに過ぎん。チー厶メイトと同じくらい、自分自身をもっと信用せえ」
「…………ええ、その通りですね」
健闘を称え合うチームメイトたちを一瞥し、日比野さんは深いため息を溢す。今更言われるまでもないって顔だな。まぁなんでもええけど。
「鍛え直します。キャプテンとしてチームを引っ張っていくなかで、私自身の不足についぞ今日まで気付くことが出来ませんでした。必 ず糧とし、今度こそ山嵜さんを倒します」
「そんな機会は一生訪れねえよ」
「さて、どうでしょうか? 私の推測が正しければ、組み合わせにもよりますが……恐らく次は全国大会で相対することとなるでしょう」
自信に満ちた言い分に、思わず苦笑も零れる。
こういうところは中々嫌いじゃない。
予選は地域ごとにブロック分けされるとの話だが、間違いなく青学館も全国へ出て来るのだろう。そして俺たちも……。
たかが練習試合で満足している場合じゃないな。期待へ応えるため、今より確実にパワーアップして帰って来なければ。
課題は山ほどある。
一つひとつ、手探りで乗り越えていくだけだ。
「もう一度手合わせするというのも悪くありませんね。大阪は遠いでしょう。今度は私たちが出向こうと思います」
「ロクなコート用意出来へんけど、それでええなら」
「構いません。おそらく全国大会は東京か名古屋での開催でしょうから……今のうちにアウェーの雰囲気にも慣れておかないとですし」
「なら春休みにでもまた」
「都合が合えば瀬谷北さんもお呼びしましょう」
高め合う好敵手にしちゃ可愛げがあり過ぎるような気もするが……これはこれで悪くないかもな。次の対戦、楽しみにしているよ。青学館。
「これからも仲良くさせてくださいね」
「程々にな」
持ち前の無表情も崩れ去り、ニッコリと微笑む日比野さん。こうして試合が終わってしまえば、彼女もおさげが似合う真っ当な美少女だ。
地元大阪で出逢った、新しいライバル。
彼女との関係は、きっとこれからも続いていく。
「…………なんや」
「いえ……やはり綺麗なお顔をされているな、と」
「馬鹿言え。アンタには敵わねえよ」
「試合後だから言いますけど、私ずっと廣瀬さんのファンだったんですよ。こうやって一緒に試合して、手を握っているのも夢のようで……」
「あ、そう……そりゃ良かったな……」
空いた片手でほんのり赤く染まった頬を抑える日比野さん。
試合前にも憧れだアイドルだどうこう言っていたな。誰一人として俺の現役時代を知らなかった山寄での日常とは大違いだ。別に嬉しかないけど。なんならシンプルに照れるまである。
「真琴くんに連絡先を教えて貰って、とても舞い上がっていました。今日もあの廣瀨さんに会えると思ったら全然寝付けなくて……そう いうの、伝わってしまうものなのでしょうか?」
「……そこそこやな」
「ああ、やはりバレていましたか……もう隠す必要もありませんね。大変、非常に興奮しています。濡れ濡れです。リビドーが、爆発しようとしています」
「はい?」
濡れる? どこが?
急にどうした?
「撤収作業を考えればもう試合も出来ないでしょうし……今日お時間ありますか? この辺りに美味しい中華のお店があるんです。是非ご一緒出来ればと」
「はい?」
「ついでと言ってはなんですが、私も食べますか?」
「はい?」
「まだ誰も手を付けていませんから、味の保証は出来ませんが。味見も済んでいないので、お代は結構です。貧相な身体つきではありますが、その分テクニックで補う主義なので。ご期待には十分沿えるものと考えています」
だから急にどうした?
聞いてないよアンタの味がどうこうとか。
いや味ってなに?
「……まさかとは思うけど」
「はい」
「オレ、口説かれてる?」
「そんなところかと」
「よく臆面もなく言えるな」
「先ほども申し上げた通り、コートとベッドの上では別腹なのです。支配したいし、支配されたいのです。廣瀬さんのような殿方であれば尚更」
「えぇ……っ」
一癖ある奴だとは思っていたが、これほどか。
なんでそんな堂々と性癖暴露できるの? ヤバない?
「チームメイトの皆さん、こう言ってはなんですが中々勝ち気なところがあるようですから。廣瀬さんのご嗜好にも沿えるかと」
「なにをもって断言したんだよ」
「え? 廣瀬さん、マゾじゃないんですか?」
「判断基準どこ?」
「ああ、私は全然、どっちでもいけるので。安心してください。根はけっこう、マゾっぽいところあると思うので」
「聞いてないって」
「私、正妻より愛人ポジションに興味があるので。通い妻とか憧れます。こう、雑に扱われる感じが、とても」
怖い。
「春休みまで待たずとも、ご自宅を教えていただければすぐにでも飛んで行くので。ボールを使ったスマートなレクリエーションと行きましょう。まぁ、廣瀬さんは転がされる側ですが。二刀流ですね。うふふっ」
「ちょっと一回黙らん?」
前言撤回。
少し距離を置こう。
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