357. 貴様なんぞす○家で十分


「…………ホンマそこそこやな」


 スローテンポなエンディングと共に流れるスタッフロール。


 皆との集合時間は14時頃だが、10時にもなっていない。だいぶ早く起きてしまったこともあり、借りておいたDVDを観て暇を潰していた。


 推理モノの洋画とドゲザねこのアニメ。どちらにするか迷った挙句、前者を選ぶ。いやどうだろう。言うほど迷わなかった気がする。


 朝っぱらから二次元三次元かかわらず誰かの土下座を見る気分にはなれなかった。それだけは確かだ。返却期限までまだあるし。


 大事に取っておこう。そう、大事に。

 存在を忘れるわけではない。一応。



「んっ」


 支度を始めると、愛莉から電話が掛かって来る。


「うい。どした」

『……お、おはよ。まだ家にいる?』

「ちょうど出るとこ。なんかあったか?」

『そ、そっか……あのさ。まだ集まるまでちょっと時間あるでしょ? そのっ……先に二人で逢えないかなぁって…………だ、だめっ?』


 自分から言い出して、大いに慌てている姿が電話越しでも想像出来るようで。まだまだ寝ぼけ眼の気怠い午前の空気にも馴染む。


 前座にしては真剣過ぎるお誘いだ。

 が、それはそれで趣がある。



「じゃ、昼飯でも食うか」

『うんっ。先に待ってるからっ』

「エライ積極的やな。頭でも打ったか?」

『…………まぁ、ぶつけっぱなしみたいな感じ?』

「はっ。なんやそれ」

『と、とにかくいいのっ! 早く来てっ!』


 若干の強引さを残し通話を切られる。

 自覚はあるんだな。諸々の。



 彼女と過ごした濃密な二日間も、忙しないフットサル部での日常に混ざればとっくに過去の出来事のように思えてしまう。まだ数日しか経っていないというのに。


 あれから愛莉は教室でも部活でも、クラスメイトとチームメイトという二つの関係性をそれほど破綻させること無く、極めて今まで通りの態度を取っている。


 他のフットサル部連中への対応もそれほど変わっていない。誰かが俺にベタベタして来たら、いの一番にそれを咎める役割も同様だ。ここ数日は琴音が引っ張っている気もするけど。



 それが理由になるのかは分からないが、彼女の方からこうして二人の時間を積極的に作ろうとしてくれることが、俺としては結構嬉しかったりするのだ。


 愛莉に限った話でないのがまた困り処ではあるのだけれど。こればかりは単純に、長く短い秋の移り変わりのなかで蓄えて来た、ある種の経験と財産みたいなもので。


 こんな気持ちを素直に受け止めることが出来るようになったのも、また一つの成長なのかもしれない。勿論、それに引っ張られ過ぎるのも良くないけどな。



(……せっかく借りたなら……)


 玄関の戸を締める直前。テーブルの上に出しっぱなしにしてあるドゲザねこのDVDが目に入った。帰って来たら観るのは確実なのだから、それは別に問題無いのだけれど。


 どうせならキャラクター情報含め、事情をよく知っている琴音と一緒に観た方が楽しめるのではないだろうか。ふとそんなことを思った。


 そうか。アイツ、今日は来ないのか。


 一人でじっくり勉強する時間も大切だろう。

 でも、やっぱりちょっと寂しい気はする。



「……今日も寒いな」


 厚手のコートへ手を突っ込み、空を見上げた。


 夜までには解散するだろうし。

 あとで連絡してみるか。


 寒さに震え夜へ引き籠るのなら、電話越しでも彼女の解説込みで鑑賞した方がずっとマシに決まっている。彼女がどう思うかは別問題として。



 懲りないな、俺も。

 誰かにも劣らぬワガママな性分だ。


 使い込んで少し傷が目立ち始めたスマホケースの上で、黒猫が必死に頭を下げている。反射して映り込んだ自分の顔が思いのほかソイツとよく似ていて、思わず吹き出してしまった。




*     *     *     *




 フットサル部からすればもはや庭のような存在となった、集合場所である上大塚駅の改札前へと到着。すぐに見慣れた顔が飛び込んで来て、そちらへ向かう。


 向かったのだが。

 同時に襲われる圧倒的違和感。



「……あれ、髪どうしたん」

「朝一で切ってもらったの」

「なんや。トレードマークみたいなモンやろ」

「流石に長くなり過ぎちゃったから、まぁいいかなって。練習のたびにポニテにするの面倒だし」

「にしても大胆にやったな」


 軽やかにステップを踏み、初めて見掛けるホワイトのロングカーディガンを左右に躍らせる。



 ずば抜けた顔の造形とデカ過ぎる乳。この二つと並んで彼女を象徴する存在であった、栗色のロングヘア―がバッサリと短くなっていた。


 肩に掛かる程度だから、瑞希と同じくらいの長さだろうか。両サイドに垂れる黒いシュシュがより一層目立っている。

 前髪含めボリュームはそこまで変わっていないから、本当に後ろの長いところだけ切ったんだな。



「…………どう?」

「ん。短いのもええな。似合っとる」

「……ありがとっ」


 少し視線を外して、ニンマリ微笑む愛莉。


 クソ。可愛いなこの野郎。

 慣れないだけに破壊力が増し増し。



「なんや、あれか。先に見せたくて呼んだんか」

「それも、ちょっとある」

「なら他は?」

「…………早く会いたかったから。普通に」


 小さな歩幅と共にゆっくり近づき、右手を取る。


 え。待って。待って。

 何でお前そこまで積極的なの?


 ホンマに愛莉? 髪型どころか性格変わっとらん?

 俺の単純ぶり知ってるだろ?

 更に好きになるよ?



「あんま茶化したりするの、やめてよね。わたしも結構無理してるんだから……」

「にしてもエライ変わりようやな」

「変わってないわよ、全然。隠してただけ…………この二日間くらい、ちゃんと頑張ったのよ? 今まで通り、今まで通りって……でもやっぱキツイ。なんか、前よりイライラ溜まるペース早くなったかも」


 態度の割には正直に告白して戴いているご様子だが、既に面食らっている以上気の利いた一言も出て来ない有り様である。


 なるほど。誰よりも彼女をよく知る真琴にして曰く「溜まり過ぎて爆発」のペースが、以前より早まっているということなのか。


 だとしたらまぁまぁな事件だぞ。

 街中であの甘えん坊モードに入るつもりか。



「……これもさ。こないだ買ったばっかで、今日初めて着て来たの……ハルトの趣味とかよく分かんないけど、前までの男っぽい恰好より、こっちのほうが良いかなって……っ」


 色気づいている。完全に。


 お前、みんなと遊ぶ気ちっとも無いだろ。

 思いっきりデートのつもりで来やがったな。


 …………ダメだ。とても強気には出れない。

 嬉しいどころか、ちょっと感動してきた……。



「……あの、一応言うとっけどな。アイツらが来たらいつも通りに戻れよ。だいたいあのときも言うたやろ。お前のことは特別やけど、特別扱いは……」

「分かってるそんなこと。でも知らない。少なくとも今はわたしとアンタ、二人だけなんだから。その時間をどう使おうが私の自由でしょ?」

「……それは、まぁ……」

「ハルトが言い出したんだから、ちゃんと相手して……悪いけどわたし、仲良しは仲良しでも、慣れ合いはしないから。その辺しっかり覚えておいて。いいっ?」


 掴んだ手を引き下げ、顔をグッと近付けて来る。


 クソ。抵抗できねえ。ただでさえ可愛い顔してるのに、襟元がすっきりしたせいで大きな瞳が余計にハッキリと見える。


 なんなんお前。

 ポテンシャル最大限に発揮するな。



(でも顔真っ赤……)


 余裕気取っておいて口角がプルプル震えている。

 無理をしているのも、どうやら本当らしい。


 文字通り捨て身の勝負と。

 ならもう、応えるしかねえじゃねえか。



「……じゃ、お望み通り付き合ってやるよ」

「ふんっ。顔赤くしといて説得力無いっつうの」

「お互い様や。で、どこでメシ食う?」

「アンタが選んで。なるべくオシャレなところね」

「生意気言うな。貴様なんぞす○家で十分や」

「こんな気合入った格好で牛丼食べろっての?」

「それに関して俺に言うのはお門違いやろ」


 なんでタイマンの勝負みたいになるんだろう。意地の張り合いは辞めようと言ったばかりなのに。



 ……でも、これくらいの調子が似合っているのかもな。


 お互い格好や髪型を整えて大人びたって。

 結局は一人ひとりの向き合い方なのだから。



「仕方ないわね。あそこのカフェで良いわよ」

「言うて高そうやけど大丈夫か」

「あら。奢ってくれないの?」

「……絶対に無理と言いたいところだが、余計なところで現実に帰るのも侘しいモンやな。しゃーねえ、今回だけ大目に見てやる」

「ありがと。で、こっちの感想は?」

「ああ? 可愛い顔して可愛い服着んな。殺すぞ」

「…………あ、そうっ……ッ」

「目ぇ逸らしてんじゃねえ雑魚が」

「ザコじゃないっ! うっさいバカっ!!」



 ギリギリ俺の勝ち。

 好き勝手させて堪るかアホ。

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