258. 瑞希センパイっ、算数出来るんですね!
「ノノちゃん、大活躍だったね」
「これ以上ない完璧な悪役やったな」
「ちょっと道化っぽかったけどね」
「それはアイツやし、しゃーないわ」
その後も他のクラスの発表が控えていたが、特に知り合いがいるわけでもなく、それほど興味を惹かれなかったことに加え、文化祭そのものも終わりが近いと先にアリーナを後にした。
なんでも一年生のステージは後夜祭で表彰のようなものがあるらしい。恐らくノノの一年D組がブッチギリの優勝で間違いないだろう。他のクラス知らんけど。
仮にそうでなくとも、なんの問題も無い。
彼女たちが見せたステージは、最高だった。
「あれ、ノノちゃんたちだ」
「衣装のまんま出て来たのか」
アリーナのすぐ外に人だかりが出来ていると思ったら、衣装を着たままのD組一同が現れ労いを受けている。そのなかにはノノの姿もあった。
男女限らず大勢のファンに囲まれ、写真をせがまれている。少し困り顔なのは、恐らくそのほとんどが知り合いではなく、ステージの上で輝いていたノノと一言交わしたいと集まった観衆であることに起因することは違い無さそうだ。
すると、俺たち二人に気付いたのかノノは、周囲に断りを入れ雑踏のなかを掻き分け、こちらへ満面の笑みを引き連れ歩み寄って来る。
「センパイっ! ありがとうございますっ!」
「お疲れ、ノノ」
「なんかっ、ごめんなさい。ノノ、準備で忙しくてセンパイたちのクラスにも遊びに行けないし、それなのに観に来てもらっちゃうし」
「別に構へんて。面白いモン見せて貰ったわ」
「えへへっ……ノノ、頑張りましたっ!」
照れたように目を細める。
比奈より少し低い身長。一端の申し訳なさを孕んだ腰の低い姿勢に、思わず彼女の頭へ手が伸びてしまった。
「あっ…………んんっ……」
「よう頑張ったな」
「もっ、もうっ……子ども扱いは嫌ですよっ?」
「うるせえな。褒めてんだから素直に受け取れ」
「わっ、分かりましたよぉ」
口ではそう言いつつも、満更でもない様子であった。隣で少し羨ましそうに見つめている比奈が横目に入らないわけでもなかったが、まぁそれはそれとして。
この数週間、彼女がどれだけ今日のために頑張って来たのか、そのすべてを知っているわけではないが……それでも、ノノがクラスにもたらしたものを、少しでも汲んであげるくらいのことは。
「倉畑センパイも、ありがとうございますっ」
「ノノちゃん、とってもカッコ良かったよ」
「えぇっ? 面白いの間違いじゃないですかぁ?」
「ううん。カッコよかった」
「そっ、そうですかっ? うへへっ……」
比奈からの思い掛けない高評価に、ニンマリと頬を緩ませるノノ。初めての出会いから二学期の頭まで、あまり良好とは言えない関係性だった二人だが……もはやわだかまりややり辛さのようなものはまったく窺えない。
比奈も比奈で、ノノから何か受け取ったのかもしれないな。考えてみれば、比奈がいま、一番必要としている要素を、ノノはすべて持っているようなもので。
ステージで輝いているノノがただ一人のノノであったように、彼女も彼女であることの大切さを、もっともっと自覚してくれればいい。それが比奈自身も、俺も。皆も求めているということを。
「写真撮りませんかっ? 衣装も着納めなのでっ」
「おう。ええで」
「じゃあわたしが撮るよ~」
比奈がスマートフォンを取り出し、身体を寄せて来るノノ。近いな。もうちょっと躊躇しろよ。
今日だけでいったい、何枚の写真を撮ったのだろう。昔は映るのも嫌いで、チームの集合写真もわざとそっぽ向いたり、徹底して避けているくらいだったのに。
でも今は、悪くないなと思う。
思い出を切り取る、というのもまた違うが。
「写真家の言葉に、こんな言葉があるんだけど」
「うん?」
「「写真を撮っておきなさい。どうせ、みんな忘れてしまうのだから」……………わたしは、そうは思わないけどね。でも、楽しかった思い出を見返せるのって、凄く幸せなことだと思うよ」
スマホを掲げる比奈が、そんなことを言う。その言葉が意味するもの、比奈が伝えたいことは、恐らく半分も理解出来ていないのだろうが。
でも、そうだな。俺も忘れるつもりはないけれど。この二日間、俺が真っ当な人間としてそこに居たという事実を、少しでも肯定してくれるなら……悪くは無いのかも。
……写真。写真、か。
「ほらっ、見て。良い笑顔」
「おいっ、いつの間に撮ったんだよ」
「だってもう、撮っちゃったんだもん。陽翔くん、こんなに自然な笑顔が出来るんだから。やっぱり、形に残した方が良いよ。ねっ?」
ノノと二人で映る、少し気まずそうな、なんとなく自信の無い笑顔。傍から見る分には、あまりにも滑稽で目を背けてしまいたくなるけれど。
これも含めて、俺という人間か。
過去も未来も。そして、今も。
比奈やノノに言えた口じゃないな。昔の自分を忘れようとして、記憶の奥底にしまい込もうとして。決してゼロではなかった楽しい思い出も、無かったことにしようとして。
あの頃の俺も、ちゃんと認めてあげないとな。
全ては生まれ落ちてから地続きに繋がっている。
そうしたら、答えも見えてくると思う。
「あら、ここに居たのね」
「長瀬センパイっ! 皆さんもっ!」
すると、何処からともなく愛莉、瑞希、琴音の三人が現れた。お揃いということは、彼女たちもノノの舞台を観ていたのだろうか。
「琴音ちゃん、帰ったんじゃ……」
「…………瑞希さんに捕まりまして……」
「だって、あんなおっきいぬいぐるみ持って全力疾走してたらそりゃくすみんだって分かるし。なんで帰ろうとしたのかは教えてくんねーけど」
「それはまぁ、その…………と、とにかくっ、舞台は拝見しましたので。コメディとして、素晴らしい完成度だったと思います。原作へのリスペクトもあり、非常に見応えも……っ」
「琴音ちゃんさっきからずっとこんな感じなんだけど。またなんかしたの?」
「まず俺を疑うな」
一人、あからさまに居心地の悪そうな琴音であった。愛莉の影に隠れ、コソコソとこちらを窺う。
せっかくなら俺たちも誘ってくれれば、というのは野暮か。その時間含めて、比奈との約束だし。
「愛莉はもうええんか」
「あぁ、真琴? 友達と合流するって言うから、そこで別れたわ。一応、こっちにも誘ったんだけどね。アンタがいるって話したら、行かないって」
「あっ、そっすか……」
本格的に嫌われている。
そこまで気に障るようなことした覚え無いんだけど。
「皆さんお揃いですし、もっかい撮りましょうよ!」
「じゃー、あたしがハルの横なっ!」
「いやいやっ! ここは主役のノノがですねっ!」
「なら、公平にじゃんけんと行きましょう」
「やだよっ! あたし絶対負けるもんッ!」
「大人しく引くのが身のためだよ、瑞希ちゃん?」
「ひーにゃんまでなんなのさァーっ!?」
わいわい騒ぎながらも、俺を中心に身体を寄せ合う6人。すっかりノノも、いつもの6人だな。
「……やっぱり、こうなるのよね」
「あ。なんや急に」
「別に、なんでもっ……ハルトは良いわよね」
「だから、なにがだよ」
半ば諦めたようなため息交じりの声。
まぁ、分かってはいるつもりである。
結局六人が集まると、こうなってしまうのだ。
愛莉が言いたいことは、俺とてそう変わらない。
「……変わんねえだろ、なんも」
「……ハルト?」
「お前と二人で居た時間も、皆で居る時間も……今の俺には、同じくらい大事なんだよ。まぁ、その、なんだ。もうちょっと待ってろ。俺も
「…………なら、良いけどさっ」
少しだけ不満そうではあるが。
彼女も彼女で、同じようなことを考えている。
それだけではないことも、やはり知っている。
彼女にしても、瑞希も、比奈も、琴音も、ノノも。ここには居ないが、有希にしても。
俺は忘れたりしない。一人ひとりとの確かな絆があるからこそ、俺たちはこうして、俺たちで居られるということを。
写真に残せば救われるなんてほど、単純な話でもない。それでも、俺は信じている。例え少しずつ、俺たちの在り方が、関係が変わっていくとしても。
本当に大事なものは、いつも
俺たちが俺たちであることは、きっと形に残さなくても、そこに残り続ける。だから、これはきっと保険でしかない。或いは、俺のエゴでしかないのだ。
忘れないために、残すのではない。
その一つ一つが、俺の宝物だから。
宝物は、多ければ多いほど良い。
好きなものが、沢山ある。
それって、可笑しなことでも何でもないだろ。
「はーい、撮るよー。100-99はー?」
「いちーっ! って、2じゃないんかいっ!」
「おぉーっ。瑞希ちゃん、ナイスツッコミ」
「瑞希センパイっ、算数出来るんですね!」
「えぇ。意外な事実ですね」
「馬鹿にし過ぎじゃねッ!?」
いつも通りの6人が、眩しく映る。
変わったものも、変わらないものも。
全部ひっくるめて、いつもの光景だ。
そうやって、少しずつ変わって。
混ざり合って。手を繋いで。
こんな時間が、明日からも続けば良い。
出来るだけ長く。いつまでも、いつまでも。
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